第36話 女の戦い
「十一月二十七日は射手座じゃないですよ」
虎の誕生日について、スマートフォンで確認すると、佐保理は後部座席に座る直に向かって反論した。
前回の
これから向かうのは山の上だから、オフロードにも強いこの車種はベストチョイスだと言って良い。
この車、どうやらわざわざ今日のために波瑠の兄、政さんがレンタルしてくれたらしい。「いいのよ気にしなくて」と彼女は言うものの、虎はかなり恐縮した。
割り振り的に、助手席に波瑠、その後ろに虎と佐保理、最後部に直と市花という具合に座っている。ちなみに、今日は、つや様はいない。
もちろん、席決めの際にいろいろあったのは、言うまでもない。
「前に占いたかったから調べたときは、確かに射手座だったんだけどな、今見てるのだと、何座になってるの?……あ、今のナシナシナシナシ」
直はひとりで忙しいらしかった。
「直、その占いの結果がとても気になるんだが……でも、俺もききたいな。ずっと、射手座だと思ってたんだけど俺何座なんだ?」
「十一月二十七日は
「なるほど、その本は十三星座占いか」
波瑠が前から口を挟む。
「十三星座占い? 何です、それ? 星座の数って普通十二じゃないんですか?」
「仕方ない、説明してやろう。地球から見て太陽が一年かけて移動する道筋、これを黄道という」
先輩は両手でぐるりと空中に円を描くと、右手の人差し指でその縁を一周させた。
「この黄道上にある十二の星座を特別な星座と見なし、昔から『黄道十二星座』と呼んでいたんだ。そして、太陽が各星座を通る期間に生まれた者はその星座に守護されるという考えで占星術が生まれた。それが十二星座占い。起源はシュメール時代からとか長い伝統があるんだぞ。ここまではいいか?」
『シュメール時代』が世界史に出てきた記憶はあるものの、世界最古の文明の一つである、くらいしか覚えていない虎だったが、とりあえずここは頷いておいた。
「十二のほうはわかりました」
「ならば十三は簡単だ。現在の黄道は、十二星座に含まれない蛇遣い座も通っている。だから、蛇遣い座も含めて期間を見直ししたのが十三星座占いだ。こちらはできてから約四半世紀。最新の天文学の定義に基づくという発想は面白いとは思うんだが、十三は忌み数だから西洋では人気が無いんだよな。おっと、断っておくが、私は伝統とか関係無く好きな方で占えば良いと思っているからな」
「わかりましたけど、波瑠先輩、占い師的に最後の発言はまずいんじゃないんですか?」
「相談に来た者の期待を裏切らないようにはしているが、私は厳密には占い師ではないからな」
「それは、そうですね……」
どちらかと言われれば、いや言われなくとも、知ってしまった今としては、『予言者』が相応しいのは虎もそう思う。
「占いは明日ヘの活力になればそれでいいのさ。『よかれとしたことが裏目に出る』みたいな運の悪い日もあれば、『誰かに才能を認められる』みたいな最良の日もあるだろう。悪いことばかりじゃない、そう思えるのがいいんだ。そういえば、穴山、お前星座間違えてないだろうな? 気になっていたんだが」
「私、九月十六日生まれだから乙女座で変わらないみたいです」
「なるほど、珍しいな。ちなみに私の誕生日は、お羊座から魚座に変わる。どちらにしても食べられる側のようだ。ジンギスカンがいいか、鮎の塩焼きがいいかと言われると悩ましいところだな、まったく」
虎は食べ物にされてしまった星座達に同情した。
「直と私は、十二星座だとふたご座で、十三星座だとおうし座ですね。牛肉ですよ、先輩。きっと最高級の飛騨和牛です!ステーキです、ステーキ!」
先輩のひとりバトルに対し、直を道連れに乱入する市花。
そうだった、彼女と直は、誕生日が近い。
それも、二人が仲良くなったきっかけの、ひとつらしいのだ。
「飛騨和牛ステーキ、対、鮎の塩焼きか。これは、値段的に勝てないな。しかも、二人がかり、ここは大人しく引き下がっておこう」
一緒にステーキにされた直は、流石に複雑そうな顔をしていた。
一方、市花はとても嬉しそうだ。
「しかし、秋山は、蛇遣いの介入によって、狙う側から狙われる側に変わるというのが面白いな」
「どういうことです?」
「おいおい、もう少し星座の浪漫に興味を持ってくれ。射手座はギリシャ神話の半人半馬の弓遣いケイローン。彼がその弓で、狙っているのは蠍座の心臓アンタレス、そういうことだ」
今度はシートの影でよくは見えないが、先輩が弓をひく仕草をしたのがなんとなくわかった。
「この蠍は英雄オリオンの殺人犯でな、蠍座となったいまでもオリオン座を追いかけまわしている。狙い狙われ、複雑な人間関係ならぬ、星座関係だよな、まったく」
蠍に刺されたら、そりゃトラウマになるよな。
この時虎は、読んだこともない物語の英雄に対して、同情した。
「ちなみに蛇遣い座の人物はアスクレピオスという医者なのだが、彼は射手座のケイローンの弟子だったりする。彼は死者を蘇らせることができ、操る蛇は蘇りの象徴だそうだ」
「蘇り、ですか」
「おっと、すまない。配慮が足りなかった。謝る」
申し訳なさそうな雰囲気が前の座席から伝わってくる。
「気にしないでください、先輩。どちらかっていうと、蛇が蘇りの象徴ってところが意外で、気になったんです」
「蛇は脱皮するだろう。これを昔の人は復活・再生だと考えたらしいんだ」
「なるほど」
「でもそれは、西洋の考え方で、東洋、中国の言い伝えとかだと、蛇は進化するものなんだけどな」
「進化? 恐竜にでもなるんですか?」
虎は、蛇が巨大化して手足がつく様をイメージした。
「りゅう違いだ。龍になるんだよ。伝説では、五百年生きた蛇は、
「先輩……お腹すいてるんじゃないですか?」
「否定はしない。バーベキューのために今日の朝食を減らしておいたからな」
「基本ですよ、秋山くん。女子は、男子のように好きなだけ食べるわけにはいかないんです。これは、女の戦いなんですよ」
なるほど、先ほどの、星座が食べ物になったのはそういう理由なのだと、虎は悟った。
「ところで、話の腰を折ってしまったのは大変申し訳なかったが、結局秋山の運勢はどうだったんだ、穴山」
それまで他の部員の会話を楽しそうに聞いていた佐保理は、この一言でハッと気づいてスマートフォンを確認する。
「良いのか悪いのかわからないですが、『待ち人来たる』って書いてあります」
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