第37話 伝説
「秋山、ゴミ捨てを頼む。ここのゴミ捨て場はさっき見たらいっぱいだったから、ちょっと離れたところにはなるが、別のゴミ捨て場に捨ててきて欲しい。場所は立て看板を見れば分かると思う」
ポカポカの陽気に恵まれたことが大きいことはあるが、澄んだ風が、空気が心地よい自然の中でのバーベキューは大成功だった。
肉に情熱を燃やす少女達の姿。
網に並べた肉が見る間に消化されてゆく。
少し焦げ目のついた、ネギをかじりながら、自分は絶対に草食系だと、彼は思い知らされた。
今は、食後、少し時間を置いた後の片付けモード。
キャンプ場の片隅にある屋根のついた炊事場で、直と佐保理が鉄板と網を仲良く洗っている。
彼女達の談笑が聞こえる。
あれだけ、普段自分を間に口論を戦わせることが多いのに、と虎は不思議でならなかった。
市花は、政さんと残った墨の始末をしているようだ。
彼女にしては真面目な顔で、火の気がないか慎重に確認している。
虎は、めったに見せない彼女のその表情に、彼女の新たな魅力を発見した気がした。
波瑠は、彼女達に片付けの分担の指示をした後、虎と一緒に、ゴミをまとめていた。自分達のゴミだけでなく、迷い無く周りのゴミを拾う彼女に、彼は感動を覚え、行動を共にできることに喜びを感じたのだった。
「お前だけに行かせてすまないな。その分、私は他の皆の手伝いをするから、許してくれ」
すいっと虎の目の前に迫りながら、申し訳なさそうに言う彼女。
相変わらずの距離感に今日もドキドキしながらも彼は頷いた。
でも、彼女と二人きりのチャンスにこれだけ聞いておこうと思った。
「波瑠先輩、今、ちょっとだけ、いいですか?」
「何だ?」
「ずっと疑問だったんですけど。残りの十種の探索、先輩の『絶対予言』で未来を見れば、場所とかわかるんじゃないですか?」
「……そうだな、そうかもしれない」
彼女は、虎から目をそらすと、つぶやくように声を発した。
「じゃあ、どうして……ああ、その、ちょっと必死すぎるかもしれないですけど、俺……」
「お前の気持ち、わからなくはない。だが、私は『絶対予言』を気軽に使うことに躊躇いがあるんだ。私が見た時点で未来は確定する。望む未来、望まない未来に関わらず。それが、望まない未来だったら、私はどうすればいい。お前は、自分の死を納得してくれているようだが、私は納得できていないんだぞ」
顔を下に向けたままこちらを見てくれないが、彼女の口調から彼女がどんな顔をしているか虎はわかるような気がした。
彼女の最後の一言が、胸に刺さる。
「波瑠……先輩……」
「この前穴山の未来を見ておきながら、こんなことを言うのは矛盾するかもしれない。自分でも変なことを言っていると思う。しかし、今言ったことが私の嘘偽り無い気持ちだ……わかってほしい」
「こちらこそ変なこといってすみません。ゴミ捨て行ってきます」
「……うん」
彼女はにっこり頷いた。少し目の周りが赤い。
虎は再びドキッとしたが、この雰囲気は壊したくなかったため、彼女に向かって手を振ると、ゴミ袋を持ち上げてサッと踵を返し、彼女に教えてもらったゴミ捨て場に行くべく、急ぎ歩をすすめた。
きっと照れ隠しなのはバレバレだろうが、彼女になら、いいだろう。
ゴミ捨て場はほど無く見つかった。
両手に持った袋を置いて、一息つく。
「さて、じゃあ戻ろうかな……ん?」
視界を遮る林の向こうにのぞく湖面に、人の姿が見えた気がしたのだ。
虎達がバーベキューをしているこのキャンプ場は
そもそも、今日このキャンプ場にやって来たのは、バーベキューが目的なのではなく、市花が知り合いから情報として得た『根国湖で怪物を見た!』という噂の調査のためである。
――――――――――
「根国湖って言いづらい名前だな。何か由来があるのか?」
「秋山くん。根の国、正式には、根の堅洲国と言いますが、これはいわゆる日本における死後の国、黄泉の国の事なんですよ。きっと地底のイメージなんでしょうね。だから根の国」
「死後の国か」
天国、地獄の日本版なのだろう、と虎は考えた。
自分も七月か八月には……いやいやまだそう考えるには早い。
虎の気の迷いを知ってか知らずか、市花の説明はよどみなく続く。
「秋山くんは、日本を産んだ神様って知ってますか?」
「いや。神話とか、俺あんまり詳しくないんだ」
「イザナミっていいます。彼女は、日本を産んだあと、主神アマテラスを初め多くの神を産み落としますが、カグツチという火の神様を産んだことで死んでしまいます」
「神様って死ぬのか?」
「そうみたいですね。彼女はそれから死後の国、根の国の神様になるんです」
「世界的にだって、エジプト神話のオシリス神や、北欧神話のバルドル神みたいに殺されちゃった神様もいるんですよー。神の死は普通です普通」
横から佐保理が補足してくれた。
彼女はよく部室で本を読んでいるから、こういった知識が豊富なんだろう。
市花は佐保理のこの援護射撃にとても嬉しそうだった。
「ほら世界的にも問題ないみたいですよ。わかりましたか、秋山くん」
逆らえない雰囲気に頷く。
彼女はそれを認めると説明を続けた。
「では続けます。ちょっと話が外れますが、今我々が住むこの地方『
市花は虎の前で紙に漢字を書きながら説明してくれた。
「胎盤?」
「男の子には生々しいかもしれませんが、お母さんのお腹の中で、赤ちゃんとお母さんをつないでいる部分です。生まれるときに役目を終えて、赤ちゃんと一緒に外に出てくるんです」
「なるほど……」
「イザナミが日本神話の主神であるアマテラスを産んだときの胎盤が埋められた地がこの江名だと言われています。今でもそれにちなんだお祭りとかあるんですよ」
「奉納舞とか綺麗だから、とらも一度見てみるといいかもしれないわね」
直が少し斜め上を見てうっとりしながら勧めてくれた。
きっと、祭りの風景を思い出しているのだろう。
ちょっと気になる虎だった。
「ということで長くなりましたが、この地に縁のあるイザナミ、彼女がおわす根の国に繋がっている湖とされているのが、この根国湖です。子供を産んだときのことを懐かしんで時々遊びに来たりするんですかね。日本のお母さんは」
自分の国から時々遊びに来るお母さん。
そう考えると、旅行好きな自分の母親のようで、この時少しイザナミという神に親しみを感じた虎だった。
――――――――――
「おっと、それどころじゃない」
回想から現実に意識を戻す。
さっき見た人影、もしかして、と思うと、確認せざるを得なかった。
先ほど、ちらりと見えた方向に向かって林の中に入り、懸命に走る。
「あれ……」
気がついたら、てかてかと光るまだら模様の紐に周りを囲まれていた。
ぬめぬめと鈍く光を反射して蠢く無数の紐。
そのどれもからチロチロと赤いものが垣間見える。
とらは動けなかった。
どの方向を見ても同じ。
あまりに数が多いため、濁った川の流れのようにも見える。
蛇に睨まれた蛙というが、蛙ではなく、人間であっても動けまい。
「くそ、こうなったら」
懐に忍ばせていた八握剣を抜く。
白く輝く刀身。
威嚇のつもりだったのだ。
しかし、それは逆効果だった。
周りの紐が次々と彼に向かって牙を向く。
「うあああああああああああああああああ」
彼の叫びが、林の中に響きわたった。
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