第34話 所有者

八握剣やつかのつるぎの所有者はわらわだ。今はそなたに貸しておるにすぎぬ。気づいていなかったか?」


 そういえば、戦国時代のつやも『妾の剣』と言っていた。

 自分のモノだと主張していたのが、なんだか恥ずかしくなる虎だった。

 

「ですよねー。俺に特別な力なんてあるはずないっすもんねー。あーあ、異世界に転生してチートな能力でも身につけて俺TUEEEしたいなー。いっそのこと、死んだままなら異世界に転生できてたりするんかなー」


 虎は、この台詞を言った直後、頬に痛みを感じるとともに、勢いで後ろの本棚に叩きつけられた。



「な、直……?」



 目の前の直の目は真っ赤だった。


 虎を、はたいた右手をそのままにして。



 その目から、ひとしずく、ふたしずく、何かが頬を伝い落ちる。



「そんなこと、言わないでよ……」



「ダーリン、直ちゃんがしなかったら、私がしてたよ、今の」



 咎める口調の佐保理は、直を抱くようにして、その頭を撫でている。


 虎は自分が言ってはいけないことを言ったのだと、ようやく悟った。



「ごめん……直、みんな。俺、おかしかったよ」



「秋山、自分の犯した過ちがわかったようだな。だがそれだけでは足りない。自分がどれだけ幸せな人間なのかがわかるまで、とことん反省しておくんだぞ。それから、大事なのは力の有無ではない、何を成したか、だ。これも忘れるな」


 波瑠はそうは言いながらも、無言で頷く虎の頬に、優しく水で濡らしたハンカチを当ててくれた。


「男の子は、自分の力で無いものも、自分の力と勘違いしがちですからね。レア装備で固めても、中身が伴わなければ意味がありません。秋山くんにはいい薬になるでしょう。これもイケメンへの第一歩です」


 市花は、変わらずニコニコしながら、言うことだけは辛辣に、今の衝撃で倒れたティーカップの後始末をしている。


「ほほう、ライバルであるそなたと初めて考えが一致したのう。男の子おのこは、育てるものよの。妾の殿と同じくらい魅力的なおとこになるのだぞ」


 市花と、つや様は、めいめい自分勝手な意見を述べているかのようではあるが、いずれも自分の身を案じてくれていることは、虎にもわかった。


 キョウケンの仲間達は皆……それに比べて自分は……。


「みんな……ありがとう」


 泣きはらした直も含めて、皆がその言葉ににっこりと笑った。



 それから、先輩の「十分ほど休憩しよう」と言う言葉に、皆椅子に座り直して、めいめいスマートフォンのチェックをしたり、小説を読み出したり、紅茶のおかわりを飲んだりして、しばらく過ごしていた。



 時計が、宣言した時間になった頃合いに、全員の様子を確認し、概ね問題なさそうだと波瑠は思ったらしい。

 

「遠山、もう落ち着いたか?」


「はい、大丈夫です。とら……ごめんね」


「いや、こっちこそ、ごめん」


 これは、幼馴染みの二人の、いつもの仲直りの儀式だった。

 どちらからともなく笑う。


「仕方ない、今日くらいはイチャイチャを許してやるか」


「「イチャイチャじゃありません!」」


 二人のユニゾンが期待していた以上だったので、先輩は満足そうだった。


「よしよし、では、十種の説明についてはもう十分だろう。次は今後の方針について話そう」


「お願いします」


「私の『沖津鏡』の感知能力で、秋山とつや様の『八握剣』や穴山の『辺津鏡』の時のように地道に探っていくことになると考えていたが、ここにきて微妙に状況が変わった」


「状況が変わった?」


「この学校近辺に、おそらく、現在複数の十種がある」


「そういえば十種この近くばかりですね」


 少年探偵モノで、素人高校生なはずなのに、なぜか行き先で殺人事件が多発するのに比べればまだマシではあるが、それにしても連続すると妙な法則性を感じてしまう。


「十種は引き合うからな。上手く表現はできないが磁石みたいなものらしい、そうだよな、つや様」


「人のえにしなのかはわからぬが、妾のときはそうであったな」


 猫のつや様は何かを思い出すように、天井を眺めながら答えた。


「話を戻すが、おそらく、封印の解かれた十種の所有者は、既に十種の力を使いこなしている」


「どうしてそれがわかるんですか?」


「気づかないか? 穴山の件で、あれだけの騒ぎを起こしたにもかかわらず、キョウケンは何も言われていない」


「それって、生徒がほぼいない特別棟の裏で戦ったからだと思ってたんですが。見た人だって、あれが現実だとは思わないだろうし」


 自分の戦いの記憶を呼び起こしながら虎がぽつりと言った。


「秋山、お前な……屋上の床に、消しようのない穴やヒビができた上に、柵は壊されていて、おそらくそのために『無断で生徒が屋上に出ることを禁ず 生徒会』の張り紙までされてるんだぞ。少なくとも生徒会は認識、把握しているはずだ。裏庭がかなり滅茶滅茶になっているのだって、トランポリンを我々が借用し裏庭に設置したのを先生が知ってるんだから、どう考えても結びつかないほうがおかしくはないか?」


「そう言われると、そんな気もしますけど……」


「そういえば、私じゃない私がやらかしちゃったことを、クラスの誰も覚えていないんですよね」


 思い出したかのように、佐保理が自分の体験を話す。


「回し蹴りとか、回し蹴りとか、回し蹴りだな」


「ダーリン、回し蹴りは二回で、あとは数学難問解答とカップルの崩壊修復だよ。覚えててくれたのは、嬉しいけど」


「北条先輩が敵意を燃やしていた、あれですね」


 ここぞとばかりに、楽しそうな顔で、市花がはやした。


「浅井、お前よくそんなどうでもいいことを覚えているな。私は穴山とはめたくないからやめてくれ。そもそも本人じゃないんだぞ。しかし、やはりそうか、学校レベルでの記憶操作のようなものが行われているのは間違いないな」


「あれ、今気がついたんですけど、キョウケンの皆さんは、私じゃない私のしたこと、覚えてるんですね」


 この佐保理の一言に、彼女以外の全員の動きが一瞬止まった。

 その事実に誰も気がついていなかったようだ。


「なるほど、人を選んで記憶操作しているのか、まったく高度な。良く気がついたな、穴山」


「お褒めに預かり光栄です、先輩。それで、ついでになってしまいますが、もう一つ思い出したことがあるんです」


「何だ?」


 佐保理は、学校で倒れた二回。いずれも保健室で出会った謎の少女のことを波瑠に、そしてキョウケンの皆に話した。


「あの子が、先輩の言う十種の所有者なんでしょうか?」


「断定はできないが、『戻す』能力が十種の呪いである可能性は高いな。それが記憶操作なのか、どうなのか。もう少し、何か覚えていないか? 穴山」


「そうですね、あの子と話している間、何だか、心を読まれたみたいで、でも嫌じゃなくて、そう、ドキドキしてたんです、私」


「『心を読まれた』『嫌じゃなく』か」


 先輩が目を細めた。

 何やら不穏なものを感じる。


「先輩、何かわかるんですか?」


「今ある情報からだけでは何ともいえないが、もしかしたら記憶操作よりも、もっと恐ろしい相手なのかもしれない」

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