第33話 儀式

「私の名前はつやと申す。この地にゆかりのあるものだ。知っておるものは知っておろうから細かくは語らぬことにする、よいな」


 一同頷く。


 いつのまにか社会科準備室の長机の上に、つや様用の座布団が敷かれており、傍目には何かの宗教と間違えられそうな光景であった。


 直と佐保理も、既に、悟った顔をしている。

 ついに色々なものを乗り越えたらしい。


「こたびはそなた達に十種神宝とくさのかんだからについて語るため、今こうして猫の姿となっておる」


「十種神宝……私の『辺津鏡へつかがみ』もそのひとつなんでしたっけ」


「そうか、そなたはまだ知らぬのだったな。ならば、他の者は既に耳にしたことのある話になるやもしれぬが、一から話すことにする」


「あ、ありがとう、ございます」


「神代より伝わる神の力を宿す十の宝、それが十種神宝。鏡が二つ、剣が一振、玉が四つ、比礼が三種で、十種。それぞれが異なる呪いの力を有しており、全てを揃えることで死人を生き返らせることができる」


「そんなに凄い宝なんですね、これ」


 懐から取り出した銀の円盤『辺津鏡』を手のひらに載せて、佐保理は感慨深そうな声をあげた。


「神の宝ゆえ、人の力でどうこうできるものではないが、あまり手荒に扱わぬようにな。呪われたということは、そなたの魂と繋がっておるということ、何が起きるのかはわからぬゆえ」


「は、はい」


 慌てて大事そうにしまう彼女の素直さを、虎は微笑ましく思った。

 

「今ここに、『沖津鏡おきつかがみ』、『辺津鏡』の二つの鏡と『八握剣やつかのつるぎ』、あわせて三種の神宝がある、残り七種を集め、ひふみ祓詞はらえことばを唱えれば儀式は完了し、死人しびとを蘇らせる程の神力が得られる」


「つや様、変な訊き方になるけど、生き返らせるのに何か条件ってあるのか? 例えば死後二十四時間過ぎるとだめとか」


 これは、確定された死を受け入れ、十種による蘇生を教えられた虎がずっと抱いてきた疑問だった。


 波瑠にきいてみたことはあったが、『流石に私も経験が無いからな、まあ大丈夫じゃないか、神の宝だし』と軽く返されてしまい、悶々とする日々を送っていたのだ。とにかく保証が欲しかった。


「何事もなし得る神の力ぞ。わらわも蘇生はこの目で見たことはないが、およそ対象が欠片かけらも残っておらずとも、望む生前の姿に戻すことができるであろう」


「でも、変なこときくのね、ダーリン。実は誰か生き返らせたい人がいるとか? まさか、過去の恋人?」


 不思議そうにしていた佐保理が、突然思いついた顔をして、虎に迫る。


「恋人なんていないさ。そういえば佐保理には言ってなかったな。俺、七月、八月辺りに死ぬんだよ。先輩に『絶対予言』されてるんだ」


「ええええ、ちょっとダーリン、軽いノリでそんなこと言わないでよ。いきなり、私、未亡人?」


 佐保理が急に虎に抱きついてきた。

 上腕部に彼女の柔らかい感触を感じ、彼は真っ赤になって動けなくなる。


「穴山さん、どさくさに紛れてとらにくっつかないで!」


「あ、抜け駆けとかそういうつもりは今は無いんだけどね。そっか、直ちゃんは焦って無いとこ見ると、知ってたのね」


「ま、まあね。最初とらが死ぬって聞いたときは、私も今のあなたみたいだったかも。でも、宝の力を使えば生き返ることができるって聞いて安心したのよね」


「ふむふむ、これで、また一つ差が埋まったからよし」


「やっぱり何か企んでるんじゃないの……」


「お前達、説明中に関係ない話をして、つや様の機嫌を損ねるんじゃない。見てみろ、毛繕いを始めてしまったではないか」


 波瑠の指摘に全員の注目が猫のつや様にあつまる。


「む、べつに気にはしておらぬぞ。これは本能じゃ、本能」


 一同脱力する。


「紛らわしいよ、つや様。そうだ、ついでになるけど、さっきの説明で確認したいことがあるんだ、聞いてもいいか?」


 先ほどの彼女の説明で、どうしても気になった点があったのだ。


「よいぞ、申してみよ」


「『死人を蘇らせる程の神力が得られる』と言ってたけど、死人を生き返らせるっていうのはあくまで効果の一つであって、実は神の力って何でもできるってことか?」


 波瑠先輩の最初の話では、生き返りだと聞いていた。

 それだけではないとすると、ちょっと複雑な気分になるのだ。


「そなたの言うておる通りよ。神力とは願いをかなえる力。儀式を行った者が望めば巨万の富を生み出すこともできようし、この世を支配する力を得ることもできるのではないかな」


「神力でやりたい放題ってことか」


「いや、何でも思いのままにずっとできるわけではないぞ」


「どういう、ことです?」


「十種は願いを叶えたらその力を失う。ゆえに、かなえられる願いは十種に蓄えられた力が足りるだけ。自ずと制限されるのだ。人が神になれるわけではない」


「そうか、願いを叶えるのに、十種に蓄えられたエネルギーを使うってことか」


 十種神宝は、どうやら充電式の代物らしい。

 ということは蓄えた電池を使ってしまったら…… 


「力を使い果たした十種は再び力を蓄えるまで、すなわち呪いの力を発揮できるようになるまでに時間を要する。前に使用されたのは妾の時代。それから、この時代になるまでかかったということであるな」


 虎の思った通り、呪いの力は失われるようだ。


「妾の時代ってことは、戦国時代か。ええっと……」


「約四百年前よ、とら」


 見ていられなかったようで、横から直が教えてくれた。


「復活までに四百年か」


 使える容量までの充電に四百年かかる、気の長いというか、人の身では生きているうちに充電されることのない、浪漫のある充電池。


 元々神のアイテムであるし、行使できる力も死人の蘇生など相当なものなのだからむしろ西暦が始まって五回も使えるチャンスがあったというだけで多いとも思える。


 仕組みは納得できたが、それゆえに虎は、ここで引っかかったことは解消しておかなければならないと考えた。


「波瑠先輩と佐保理には申し訳ないけど、俺、どうしても生き返りたいんだ。儀式、お願いしてもいいか?」


 上手い言葉が見つからず、こんな言い方になってしまい後悔する。

 でも思いは伝わると、彼は信じていた。


「私は最初からそのつもりだ。お前も知ってのとおり、私は自分の呪いの力なんて無いほうが良いと思っているからな。解放されるのなら、それに超したことはない」


 波瑠の目に、迷いは無かった。


「ダーリンのためならもちろんいいよ! 呪いの力とか、まだ実感無くて、よくわかんないんだけどね。でも、力を失うとかで、私に変に同情とかは嫌だよ。あくまで私を見て欲しいから、覚えておいて」


 一見押しかけヒロインのような印象の佐保理であるが、この台詞の最後の辺りでそれが仮面であることに気づかされる。


「ありがとう、二人とも。直と市花もすまないが、俺が死んだ後、儀式の方よろしく頼んだ」


「病気なのか事故なのかわかんないけど、絶対すぐに生き返らせるからね、とら」


 死の要因が、他殺であることは先輩以外は知らせていない。

 少しそれに後ろめたさは感じつつも、それでも直がこう言ってくれるのは嬉しかった。


「もちろん、パーッと盛り上げて見せますよ! 秋山くん」


 市花は、きっといつもどおり、暗いムードにならないようにしてくれているのだろう。


 今日のこのやりとりだけで、四人の優しい心根がわかる。


 自分は恵まれていると、虎は心底思った。


「でも、俺その時は死んでるんだよな。八握剣持ち主いなくなるけど大丈夫かな?」


「その心配はないぞ」


「つや様? どういうことです?」

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