第3章 蛇比礼 ~変わる少女
第32話 光と闇
「あ、穴山さん、ちょっととらに……近づき過ぎじゃない?」
社会科準備室に、直の声が響き渡った。
「えー、だってダーリンなんだから、いいじゃない」
虎の隣で紅茶の香りを楽しんでいたキョウケンの新入部員、穴山佐保理。
彼女はティーカップを脇に置くと、虎の腕にここぞとばかりに手を回す。
「よくないのっ!」
「あ、直ちゃん、もしかして妬いてるの?」
「え、あ、その、えっと、何とか言いなさいよ、とらっ!」
直の矛先がこちらに向いた。
自分が何をしたというのだろう。
虎は、この理不尽な現状にため息をつく。
今日波瑠先輩の入れてくれたダージリンという紅茶は、香りも味も紅茶オブ紅茶と思える程の優れた一品であるのに、これではじっくり味わえない。
「お前たち、そういえばまだ言っていなかったが、部室ではイチャイチャは禁止だからな」
「「イチャイチャしてません!」」
虎と直の完璧なユニゾンに、市花が「うんうん、それがイチャイチャですよ」と拍手する。
佐保理もそれを見て、くすりと笑うと、遅れて拍手していた。
披露した二名はもうどうしたらいいのかわからず、下を向いている。
「穴山も、もうすっかりキョウケンに慣れたようだな」
「ありがとうございます、先輩。それで、折角なので、今このお話のついでに教えていただきたいのですが」
「何だ、何でも遠慮無く言ってくれ」
「キョウケンってどんな部活なんですか?」
ティーカップを持つ波瑠の手が止まった。
虎は、来る、これは来るぞ、来ちゃうぞ、と佐保理の身を案じつつも妙な期待をしていたのだが、さにあらず、波瑠はゆっくりとカップを机に置いて下を向いたまま低い声でつぶやき始めた。
「おかしい、二度も同じ確認を受けると言うことは、実はウチの部活はそれほど存在を認知されていないと言うことだろうか……」
「せ、先輩?」
目の前にいる人物の急変に、佐保理が戸惑っている。
もはや、こちらの声は届かぬようで、波瑠は変わらぬ姿勢で誰に言うともなくしゃべり続けている。
「確かに文化系の部活動なんて、体育会系に比べて大会とか無いし、派手さに欠ける。そもそもアピールの場がほとんど無いんだ。数少ないその一つである文化祭の発表だって、全然人が来ない。浅井にのせられて客寄せで展示の脇で開いた恋愛占いコーナーの方が大入りだった。というか、完全に恋愛占いコーナーだと思われていた節もある。いったい何だったんだあの行列は、全然終わらないと思ったら階段のところまで続いているとはな。浅井があまりに生き生きと列の整理しているから、一瞬私はお前に
いつまで続くのだろう、この自虐的な独り言は。
虎も直も佐保理もどうしたら良いものかわからず、ハラハラしながらただ毒を吐く彼女を眺めることしかできない。
ただ一人、落ち着き払って鼻歌を歌いながらティーカップをくるくるさせている人物を除いては。
「おい、市花、落ち着いてる場合じゃないだろ。どうすればいいんだ、これ」
「あれは、闇北条ですよ」
「闇北条?」
「先輩時々リミッターが振り切れるとこうなるんです。何しろ未来見えちゃう人ですからね。そこは我々凡人には計り知れない苦労があるのですよ、わかってあげてください。大丈夫です、溜まっていた分を吐き出し終わったら、いつもの冷静な先輩に戻られますから」
「そんなもんか……」
市花は、虎達が入部する前からキョウケンにいたのだ。
きっと何度も彼女のこの発作的症状を見てきたのだろう。
「そういえば、私も『
「あーあれは、十種は関係ないぞ、単なるあやつの性格よの」
「なるほど、それはほっとしました」
何気ない横からの声に、安心したように頷いた佐保理だったが、次の瞬間、それが聞いたことが無い声であることに気づき、周りを見回す。
「どこを見ておるのだ。こっちじゃ、こっち」
再度声をした方を見ると、白い小さな影がふっと視線上に現れた。
そして、机の上でのびを一度すると、毛繕いに勤しみ始める。
佐保理は、顔を近づけたり遠ざけたり右から左から観察していたが、ゴクリと唾を飲み込むと、そっと右手を伸ばして、横から撫でてみる。
「く、くすぐったいぞ、急に何をするのじゃ」
「ね、猫がしゃべってる!?」
驚いて手を引っ込めた。
「お、つや様、久しぶりだな。会いたかったぞ」
「ちょっと、とら、猫がしゃべってるのよ。あ、つや様だっけ。いや、そういう問題じゃないよね、これ。何をそんな落ち着いてるの。というか、その口ぶりは、話したことあるの?」
そういえば、直はあの時……だから初めてなのか。
先ほどまでの対立が嘘のように、彼女は仲良く佐保理と抱き合い、猫が話しているというこの事態に二人して怯えている
しかし、困った。
何と説明したら納得するだろう。
普通に考えれば、いかに白い綺麗な毛並みのモフモフで愛嬌がある外見の猫とはいえ、妖怪猫又的な印象は拭えない。
話し方が、古風なのもその印象に拍車をかけてしまいそうである。
二人のあの反応の方が人として当然ではないだろうか。
虎がこのように思考の迷宮に陥っていると――
「何だ秋山、お前はもう、つや様と話したことがあったのか」
声の人物に全員が注目する。
波瑠が復活していた。
余人に落ち着きを与える声に仕草、先輩はこうでなければいけない。
さっき見た彼女は、きっと幻だったのだろう。
「あの山で、
直に憑依した時の記憶がちらりと頭をかすめたが、ここはまだ言わないほうが良いだろうとぼかしておく。
「そうか、お前は気に入られたのか。よかったな。本当に気まぐれなんだよな、つや様は」
「波瑠先輩も知ってたんですね、つや様のこと」
「もちろんだ、言っただろう、つや様はキョウケンの部員だと。隠していたわけじゃないぞ、いきなりだとそこの二人みたいになると思ってタイミングをみてたんだ。浅井だって知っている」
「私としては、キョウケンの仲間というよりは、
市花の瞳がキラリと輝く。
「
「小動物系女子として売り出している私としては、モフモフの有無の違いはあれど、彼女は同じカテゴリーの
あの朝の先輩のように、ビシッと真っ直ぐにつや様を指さして
「ふふん、この姿の可愛さは一定の層への訴求力がとてつもないものであるのだぞ。そなたのような肉球も無い『どう見ても小学生女子』如きで敵うわけがなかろう」
つや様は相手にせず、不敵に笑っている。
「何を言っておられるのですかねえ。この幼い外見は純粋さを示すもので、潜在的に殿方全員が惹かれるものですよ。支持層の数は私の方が圧倒的に上回ります」
「おーい、浅井、私はお前の言いたいことは大体わかってるから、そのへんにしておけー。他の三人が反応に困ってるぞ」
女性二名は、市花の発言になんとも言えない表情を浮かべている。
直も、親友だからと言って全て把握しているわけではないということか。
虎は大体わかってはいたものの、自分の態度如何によっては、意図せぬレッテルづけされそうで、完全停止中。気が抜けない気分だった。
「おっと、私としたことが、大変失礼いたしました。今の一部始終はお忘れくださいね、皆さん。『クラスのみんなにはナイショだよっ☆』です」
もう、頷くしかない一同だった。
「では、そちらの
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