第31話 実は、その時、彼らは Ⅲ
「おかしい、なぜ私がセールスや宗教勧誘みたいな扱いを受けなければならないんだ、秋山」
尾行の翌日の朝、下駄箱横の廊下で、秋山虎は波瑠に壁ドンされていた。
このシチュエーションではまったく嬉しくない。
穴山が走り去ったのを見届けた後、もういい頃合いだろうと、待機していた物陰から出た虎は、波瑠から思いっきり八つ当たりされたのだった。
「波瑠先輩、俺、先輩に教えてもらったこと、今だから納得できてはいますが、やっぱりいつも事実を突きつけるのが突然すぎるのではないかと……」
彼女の発想や行動力は素晴らしいものがあるが、少々どころか、かなり関係者や当事者に対してそれについての説明が足りない、といつも思う虎だった。
「そうか、現実を直視させようとして、私はいつも急ぎすぎてしまうのかもしれないな、これは反省だ」
壁ドンを解いて腕を組むと、神妙な顔をした。
自覚はあるのだろう、彼女は珍しく素直に彼の意見を受け入れている。
「しかし、これで本人の協力は仰げなくなったから、全てはお前の力にかかっているぞ、秋山」
「はい?」
「お前のクラスの体育の時間になったら、すまんが仮病でも使って特別棟の屋上で待機していてくれ。そこで穴山が化け物に襲われるから、お前の
急ぎすぎていると反省していたわりには、いきなりこれだ。
理不尽だとは思いつつも、虎はこれが彼女の『絶対予言』によるものだと、なんとなくわかったから納得できてしまう。
慣らされている、慣らされてしまっている。
それでもまあ、先輩『諸葛孔明』が、俺『趙雲子龍』に指示していると考えれば悪くはない。
物は考えようかもしれない。
これが良いあきらめ方というものだ。
「了解です。屋上ですね」
「まだあるんだ、心して聞け。ここからが大事なんだからな」
至近距離に迫った波瑠の顔にドキッとする。
さっきから思っていたが、他人との距離感も、もう少し考えたほうがいいんじゃないだろうか、と虎は心の中でつぶやいた。
まだ、そんなことを考える余裕があったのだ、この時までは。
恐ろしい指令がこの後下るなんて、彼はわかっていなかったのだから。
「告白しろ」
「はい?」
「何度も肯定形で疑問を返すんじゃない、穴山に『告白しろ』といっているんだ。わかっているのか、いないのか、どっちなんだ?」
「どちらかといいますと、おっしゃってる意味が、よくわかりかねます」
精一杯丁寧な言葉を選んで言った後に、それが無意味であったことを彼は悟る。
「そうか、抽象的な言い方で悪かった。この場合の告白というのはな、罪とか過去の行いとかの吐露ではなく、好きな意中の相手に、好きであることを伝えることだ」
真顔で丁寧に説明されてしまった。
わかり易過ぎてツッコメない。
完全に詰んでいる状態に、虎はもう頷くことしかできなかった。
「よし、大丈夫なんだな。それでな、告白っていうのは台詞が大切なんだ。急には思いつかないだろうから、私のとっておきを伝授する」
波瑠は、多くても覚えきれないだろうと言うと、三つの台詞を教えてくれた。
『俺と付き合ってください』
『絶対守る』
『俺じゃ駄目か』
最初のは、相手と自分の関係性を控えめに促し、二つ目は自分の意志を強く示し、三つ目は相手に決断を委ねる姿勢を表すのだと意味深に説明はしてくれたが、虎には、単なる彼女のお気に入り告白台詞ベスト3にしか、思えなかった。
もちろんそんなことは言えなかったが。
今はもう頷くだけの人形に過ぎない虎だった。
だが、冷静に考えると、いや冷静に考えなくても、どうやらこれは、あの彼女、穴山の望みから生まれたイケメン四人衆から彼女を略奪愛する作戦のように思える。
虎は、いくら化け物からの救出後の効果があっても、キャストが自分である時点で無理だと波瑠に言いたくなったが――
「後は流れにまかせろ、彼女の話を聞いてやれ、化け物が現れたら守ってやれ。お前の八握剣なら、お前ならできるはずだ。そして彼女を呪いから解き放ってやってほしい」
「え……俺なら……できる?」
「彼女の笑顔を気にしていたお前ならば、きっと悪い夢を終わらせてやれる。お前には不本意なことかもしれない、お前に酷いことをさせるのだということは、わかっている。しかしこれはお前にしかできないんだ。頼む」
自分は単純なのかもしれない、しかし、こんなことを言われてしまったら、もう結果はともかくとして
虎は、わけのわからない決意に満たされていた。
「ああ、そうだ、あの二人に今準備させているんだが、屋上でどうしようもなくなったらな……」
虎は、この後、さらにもっととんでもない指示を聞き、自分の決意を後悔することになった。
―――――――
「みんな、本当に今日はご苦労だった」
波瑠が、ティーサーバからカップにハーブティーを注ぎながら、三人を労った。
虎が最初にこの部屋、社会科準備室に来た時と同じ香りだ。
カモミールティーと言って、リラックス効果があるのだと、彼は彼女に教えてもらっていた。
「浅井、遠山、トランポリンの準備ありがとう」
言いながら、二人にカップを手渡す。
「私は組み立てを手伝ったくらいですね、直が先生の許可と協力を取り付けてくれたおかげです」
「上手く借りられたのは、前から先生が『問題ないか確認したい』って言ってたの知ってたからだよ。それだけ」
なるほど、あのトランポリンの仕込みにもドラマが存在したらしい。
『問題ないか確認したい』一品であるのは少々引っかかるところではあるが。
「それから秋山」
「は、はい」
波瑠は虎に呼びかけると、ティーカップを持ち、彼をじっと見つめたままで動作を止めた。
それからニコリとすると、言葉を続ける。
「よくやった」
短い、文字にして五文字しかない言葉がこれほど重みがあるとは。
彼は無言で頷くと、渡されたティーカップの香りを味わいながら、五文字の味を噛み締める。
「そうだ、これも皆に言っておかなければだな。穴山の入部、認めてくれたこと、感謝する」
「先輩、それは今更ですよ」
市花の言葉に虎と直もにっこりして同意する。
こうして、二人を加えての最初のミッションは成功に終わったのだ。
「今回のミッションで、キョウケンとしての皆の絆が深まったようだな。これはこの上ない成果だ、……そうだ、提案したいことがあるのだが」
「先輩からの『提案』とは珍しいですね、何でしょうか?」
「皆、これからは、お昼を社会科準備室でとらないか? 一応、食事については許可はとってあるんだ」
「喜んで、と言っちゃいますが、しかし、いきなりですね、先輩」
虎と直も、同意する気は満々だったが、確かにこの市花と同じ疑問は抱いていた。
そんな三人の顔を見て、先輩は一瞬上方を見て考え込む風だったが、すぐに視線を三人に戻すと話を続ける。
「やはり一応説明しておくか。心配なので、少しだけ未来を見てみたんだが、明日から屋上が閉鎖されてしまう」
虎には屋上が閉鎖されるというのは納得だった。
あの化け狐との戦いで、ひどいことになった床や柵を思うと、危険な場所として学校側はそうせざるを得ないだろう。
しかし、どうしてここで屋上の話題がでてくるのだろう。
「屋上と昼食とどういう関係があるんです?」
「屋上は、行き場の無い穴山の憩いの場所だったんだ」
「でも、彼女はクラスにもう居場所があるんじゃないですか?」
「その居場所は明日無くなる。原因はどうしてかはわからない。ただ、クラスの人間と目を合わせていない穴山の姿が、私には見えたんだ」
「波瑠先輩が見た未来ってことは、絶対にそうなるんですよね……」
佐保理の顔が浮かんだ。
屋上封鎖に一役買っているのは自分に違いない。
望んでやったことではないけれど、虎はなんだか責任を感じるのだった。
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