第30話 実は、その時、彼らは Ⅱ
「それで、俺たち、いったい何やってるんだ?」
「静かに、秋山くん。待ち伏せですよ、待ち伏せ。ここは土地勘のある私と先輩に任せておけばいいのです」
市花に小声で嗜められる。
彼女と先輩と虎は校門脇の茂みの影に潜んでいるのだ。
声をあげたら、わかってしまう。
そう、今は放課後、これは待ち伏せ。
土地勘のある、というのは、先輩の波瑠も彼女も徒歩圏内に自宅があることを大げさに言っているのだが、自分は転校したてでもあり、学校から駅までの純粋な通学路以外の知識が全くないことから、それに反論できない虎だった。
「だいたい、朝お前達が穴山のクラスに潜入しながらも、何も情報として得るものが無かったと言うから、私までこうして来ているんだろうが、まったく。秋山、私はお前を男として見込んでいるのだぞ、自覚しろ」
こんなときでも、ささやき声とはいえ、波瑠の言は容赦ない。
何も無いわけではないと言いたくなるところではあったが、なんとなく自分が感じたという根拠では、また失望されるのが目に見えている。
虎はこのときも耐えるしかなかった。
「みんなー、穴山さん来るよ。私先に行っておくね」
茂みの前から囁くような直の声がする。
彼女だけ、見張りとして自由に動くのを許されていた。
これに先立って、「何で直だけ、俺も」と自分の存在価値をアピールしたところ、波瑠は虎を戒めるように言ったのだった。
「この中で最も要領が良く、どのような状況でもそつなくこなせるのは、遠山だろう」
虎は朝の委員長としての彼女の手腕を見ていた手前、全く反論できなかった。
さて、直が駆け去った後、三人はそこで驚くべきものを目にすることになる。
空中からいきなり男子生徒が二人現れたのだ。
なんと表現したらいいのかわからない。
見ていたら、蜃気楼のように空間が歪んだかと思うと、そこに既にいたのだから。
虎は声をあげそうになって、とっさに波瑠に口をふさがれた。
そこに例の女子生徒、穴山が現れる。
先ほどの二人の男子に対して何か訴えている、かと思えば、そのまま校門をくぐり、出て行った。
「よし、追いかけるぞ」
波瑠の号令一下、三人も茂みからはい出し、校門へ向かう。
校門に辿り着くと、くぐる前に虎は先輩に首根っこを掴まれた。
彼女は校門の脇から少し首を出し左右を見渡すと、問題無いと判断したようでその手を放す。
「先輩、痛いですよ」
「お前は本当に隠密行動に向かないな、今度から留守番決定だ」
校門を出て、左手にちょっと進んだところに直の姿があった。
三人に気が付くと、口の前に指を立てつつ、招くそぶりをする。
「どうした直?」
「もうちょっと声落として。穴山さんたちあそこから動かないのよ」
ちょっと先にいる彼女を囲む男子生徒の人数が四名に増えている。
声はよく聞こえないが、中でも最も小柄な人物の頭を穴山が喜んで撫でているのは見て取れた。
「いいなーあの子可愛い」
「母性本能をくすぐるタイプというやつだな。秋山、お前も見習え」
「そうですね、秋山くん、ここが頑張りどころです」
全員で無茶なことを言う。
虎は、今日何度目かの、ため息をついた。
―――――――
「みんな、ご苦労だった」
先輩が、ティーサーバからカップに紅茶を注ぎながら、三人を労った。
やや柑橘系の混じった紅茶の良い香りが部屋中に漂う。
そう、ここは、社会科準備室。
あれから、尾行の対象の穴山一行がマウンテンバーガーに入ったところで、追跡をやめ、学校に戻って一息ついているところである。
「よかったんですか? あの後も追わなくても」
紅茶を一口、のどを潤し、落ち着いたところで虎が尋ねた。
「目的は、十種が関係しているかどうかの確認だからな。アイドルのスキャンダルを追うゴシップ誌みたいに、穴山のプライベートを根ほり葉ほり探ろうというんじゃないんだ。大体相手は女の子だぞ。まったく男子というやつはデリカシーというものが無いから困る」
男子でひとくくりにされてここまで説教されては、黙っていられない虎だった。
「プライベートを覗くとか、そんなこと考えてないですよ」
「何? じゃあ何だというんだ秋山。お前まさか穴山に……ひとめぼれか?」
「え? それどういうことよ、とら!」
「秋山くん、クラスを超えた恋愛は、結構大変ですよ」
「違う違う違う、待ってくれ待ってくれ待ってくれ」
めいめい勝手なことを言いながら迫る女子三人を前に、虎は自分の態度を明確する必要性を感じた。
「気になったんですよ。彼女、今日教室で笑ってるふりをしてたんです。それが、さっきの奴らといるときは、普通に笑ってて、その理由がわからなくて」
朝の教室で、彼女を見たときに、虎の心にずっとひっかかっていたことだった。
彼女は、周りに笑顔を振りまいていたが、ちっとも楽しそうに見えなかったのだ。
「なんだ、そんなことが気になっていたのか。さっき穴山が笑っていたのは当然だろう。自分の世界の中だからな」
「自分の世界?」
「ああ、もう断定できる。あの四人の男子生徒は彼女が望む人物を作り出したものだ。十種の力でな。もっとも、あの様子では本人自身は気づいていないようだが」
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
「秋山、お前も見ただろう。目の前の空中に突然彼らが発生したのを。遠山によると外で合流した二名も同様のようだ。あんな現象、十種の力でもなければ説明がつかない。そして、浅井の知合いの見たバトルの件も含めて、彼女の周囲でのみそれが起きているのだとしたら、やはり彼女が十種に呪われていると考えるのが自然ではないか?」
確かにあの現象を見てしまっては、『発生』という波瑠の表現は適切に思えた。
そして、彼女の沖津鏡でも十種の気配が感知されているというのだから、十種の力だと考えて間違いはないだろう。
そう虎が納得している間にも、波瑠の語りは続き、結論に至った。
「穴山は無意識に自分が作った世界の中で楽しく過ごしている。あれをこのままにしてはおけない」
「でも、それは別にいいんじゃないですか。そのままにしておいても。格好良い男の子がいっぱい出てくるゲームとか好きな子、うちのクラスにもいます。趣味の時間でストレス解消しているのと変わらなくないですか?」
直はきっと、自分のクラスのその女子の顔を思い浮かべて、穴山に重ね、言いたくなったのだろう。その子も否定されたように感じて。
「一個人の趣味の世界で閉じているのであれば、それでいいだろう。個人の自由というものだ。しかし、現実に無い物を作り上げてしまう十種であるとわかっては、そうは言っていられない。今回の件は、本人に自分が作り出している意識が無いのが特に問題となる。今は穴山一人の世界で済んでいるが、このまま他に影響が無いとは限らないからだ。言っていなかったが、バトルのあったという屋上、床に大きな穴が開いていたんだ」
これで波瑠の懸念がようやく虎にも理解できた。
彼女の呪いの力が無意識に発揮されることが、一番の問題なのだと。
「わかってくれたか。我々にとっては十種も重要だが、今回のミッションは彼女を今の状況から救うことも目的となる。現実で犠牲が出ないうちにな。取り返しのつかないことが起きる前に片を付ける」
虎も直も、そして市花も波瑠のこの言葉に力強く頷いた。
「とりあえず、明日の朝彼女に接触しよう」
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