第29話 実は、その時、彼らは Ⅰ
時はさかのぼり、虎と直がキョウケンに入ったあの日、月曜日。
「それで妙な噂とはなんだ?」
北条波瑠先輩は、市花の言う『妙な噂』にかなりの興味を示しているようだ。
「隣のクラスの女子、穴山さんが本日一日にして有名人になったそうです」
「ほほう、どんな感じだ」
「不良生徒に廻し蹴り一撃、セクハラ教師に廻し蹴り一撃」
「格闘ゲームのヒロインキャラか!」
女子生徒が暴れる姿を想像した虎は、こうツッコミせざるを得なかった。
「痛快だな、それは。なかなか良い人材じゃないか。もし、部活に入っていなければキョウケンに欲しいところだ」
「あとはですね、数学教師の出す大学レベルの問題をすいすい解いちゃったり、恋愛に悩んで別れかけたカップルの悩みを一発解消したり」
「アニメの完璧超人キャラか!」
その女子生徒は意外に頭脳派でもあるらしい。
いったい、どんな子なのか?
すでに想像の限界を超えた虎には、このツッコミが限界だった。
やっぱり自分はツッコミ役にむいてない、と思い知る。
「……最後のは捨て置けんな。この私をさておいて」
「北条先輩、ひっかかるのそこですか……でも確かに不思議ね。穴山さんていえば、いつもひとりでいる子で、入学以来、授業以外で誰とも話してないって聞いてるんだけど」
直が自分の持つ、かの人物についての知識を披露する。
彼女はクラスの顔、委員長であることはもちろん、その頼りがいのある人となりもあって、他のクラスにも顔が広いのだ。
市花とは異なる面での情報通と言っていいだろう。
「でも、ここまでの話だと、実は彼女は凄い能力の持ち主でした、で終わりじゃないのか?」
「そう思うでしょ、秋山くん。ここからが本題なのですが、彼女と一緒にいた男子生徒。消えたそうなんです」
「消えた? 失踪事件とかか? 彼女にその疑惑があるのか?」
市花の言葉にサスペンスな匂いをかぎ取った虎は、やや興奮気味に矢継ぎ早に質問をした。
しかし、彼女は首を振ってこう言うのだ。
「違います、違います。文字どおりですよ。金曜日の登校時、偶然彼女が二人の男子生徒と一緒にいるのを見かけた子がいるんですが、下駄箱で手を振って彼女が教室に向かったとたん、二人の姿がすっと消えたそうなんです」
「市花先生。俺まだ夏には早いと思うんですが」
「黙って聞くんだ、秋山。コミュニケーション的にはツッコミというのは当然ありだが、今は時間がもったいない」
波瑠先輩の言葉は、このようにいつも反論の余地が無くて困る。
虎の顔色からそれを読み取ったのか、いつもどおり嬉しそうな様子のまま市花は続ける。
「あはは、怒られましたね、秋山くん。確かに幽霊の可能性もありますが、見間違いの可能性もあると、私に教えてくれた彼女は思ったんですね。それで、金曜日一日中、影から穴山さんを見張ってたらしいんです。そうしたら昼休みにとんでもないものを見てしまった」
「とんでもないもの?」
直まで興味を示している。
なんだかどんどん本格的な話になってきた。
「屋上で朝の二人の男子生徒が、武士の姿に変身して、もうひとり現れた槍を振り回す鎧を着た相手と、剣で戦っていた、と」
「学園モノライトノベルかよ! って言うか、無い無い無い無い、現実でそんなの無いぞ」
「そうだな、秋山。普通に考えれば、その見張っていた彼女を心配するところではある。しかし、これが十種のもたらした結果だとしたらどうだ?」
「あ……」
虎は、自分の浅はかさに気が付いた。
現実離れした経験など、日曜日までに嫌という程したではないか。
「まあ、まだ断定できるわけではないがな。調べてみる価値はあるだろう。
―――――――
「それで、俺たち、いったい何やってるんだ?」
「静かに、秋山くん。潜入ですよ、潜入。ここは人望のある直に任せておけばいいのです」
市花に小声で嗜められる。
そう、潜入といえば潜入。
合法的ではあるれけど。
今日は火曜日。
今は、ホームルームまで若干の時間があるくらいの時刻。
虎達は、隣のクラスの教室にいた。
つくりは同じであり、同じ学校内であるはずなのに、自分のクラスでなく、知らない生徒が多いだけで、緊張する。
もっとも、転校した当初は、学校全部がこんな感じだった。
すぐに慣れることができたのは全部目の前にいる直のおかげだ。
その直は、二人の目の前で、このクラスの委員長と『会談』している。
普通に話しているだけなのだが、役職者が二人並んでいると思うと、虎にはそう感じられた。
噂の生徒、穴山のことが気になったのか、直は「じゃあ行ってみよう」と妙にノリノリで、いかにも行きたくなさげな顔の虎の手を無理やり引っ張ってここに連れてきた。
状況を楽しむことをこの上なく愛する市花が喜んで同行しているのは言うまでもない。
両者とも、波瑠先輩の指令云々よりも、純粋にこういうことが好きなのだろう。
二人は互いに親友だと言っていたが、何となく頷ける気がする。
直は、扉を開けると、他の生徒の視線も気にせず、視線のあったこのクラスの委員長である女子生徒の前に歩を進めた。
「おはよう、斎藤さん、今大丈夫?」
「あら、遠山さん珍しいわね、委員会の集まりで何かあるんだっけ?」
「ううん、違うの。こっちの男子、秋山君、春に転校してきた私の幼馴染なんだけど、あんまり他のクラスの子とか知らないだろうなって思って、連れてきたんだ。今時間大丈夫かな?」
「ああ、いいよいいよ、明日の授業で使う資料、今のうちに図書館に取りに行こうかどうするか考えてたくらいだから」
「いつもながら準備周到ね」
「逆、逆、私忘れっぽいからさ、一日前行動」
直は、この子が隣のクラス委員長の斎藤さんだと紹介する。
虎は、よろしく、と彼女に挨拶しつつ、心の中で感嘆の叫びをあげていた。
なんと自然、これならまさか本意は噂の生徒の様子をうかがいに来たとは思われまい。
それからは、少し虎の身の上話などもしたが、いつのまにか話の内容は見事にかの女子生徒に移っていたのだ。
虎はあらためて、直の恐ろしさを知った。
なんという魔法。
それともこれは女子一般そうなのだろうか?
そういえば、キョウケンの女子陣の話もいつのまにか自分を責める内容になっていることが多い気がする。
こうして、虎がますます女子への謎を深めている中、急に周囲が騒めきだした。
扉が開いて、そこに立つ女子生徒。
彼女が噂の無双女子なのだろう。
彼女が教室の中に足を踏み入れて、席につくまでの間、入口近くにいた生徒から、通りの左右の席の生徒まで彼女に話かけている。
まるでアイドルを追っかけるファンのように。
斎藤が少し声のトーンを落として語る。
「ああ、あの子だよ、今話してた子、穴山さん。ちょっと大人しい子すぎるから、先生にも気にかけろっていわれてたし、私個人でも心配してたんだけど、本人にどう接したらいいのか、私もわからなくてね。でも、安心した。今までは羊の皮をかぶってたのね、きっと」
そうなのだろうか? 虎は疑問に思った。
一見周りと一緒に盛り上がっている風ではあるが、その顔はどことなく困っているようにも見える。
む……倒れた?
突然、机の上に突っ伏して動かなくなった彼女に、一瞬で周囲が静まりかえる。
「おっと、貧血か? やっぱり大人しいモードから急に激しいモードになれば無理が出てくるよね。ごめんね、遠山さん。ちょっと私、保健委員と一緒に彼女運んでくる」
周りにもその論法で説明し、倒れた彼女の名誉を回復すると、保健委員と一緒に彼女の両肩を支えて保健室に向かう。
なるほど、斎藤、彼女は彼女なりに、穴山という子を理解し、そのうえで自分の行動を決めているのか。
廊下に出て、彼女たちを見送った後、虎はまじまじと直を見つめた。
「クラス委員長って凄いんだな」
「へへ~、そうなのだよ。とら、もう少し私のことも尊敬しなさい」
「私は直の偉大さは知っていますからね」
「ありがと、いっちゃん」
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