第82話 罠

「本当に来るのか、上杉のやつ?」


「説明したではありませんか。彼女に来ない選択肢はありません」


 暗闇の中で、虎と市花はひそひそ声で会話。



「でも何で、ここは俺と市花の二人だけなんだよ?」


 佐保理と直が複雑そうな顔をしていたのを、虎は思い出す。



「私の推測する彼女の能力から、危険なことになる可能性もありますので、他の女性陣には遠慮してもらいました。それだけです」


「お、俺はいいのかよ!? それに……じゃあ、お前はなんでここにいるんだ」


「決まっています。現行犯逮捕して、上杉さんに、ぎゃふんと言わせるためです」


「現行犯逮捕って、警察じゃないんだからさ……」


「秋山くんは知らないのですか? 現行犯逮捕は一般市民でもできるのですよ、法律的に保証されているのです。刑法第二百十三条ですよ!」


「お前、本当に何でも知ってるよな……」


「何でも、ではありませんが、秋山くんよりは、何でも知っているのは確かですね」


 言い返せない自分が悲しい。



「でもヤワ腕ですから……信じていますよ、秋山くん。もしものときは、私を守ってくださいね」



 ヤワ腕で始まる彼女の発言には、やはりツッコめない虎だった。

 代わりに、懐の八握剣の柄を強く握りしめた。



――――――――――――



「皆さんは、きっと自殺など考えたことが無いと思います。ですので、一応これから案の説明のために前置きとして話しますが、納得したら、話したことは全て忘れてくださいね。けして推奨するものでは、ありませんので。これは世間一般的に言って、残酷な内容です。苦手な方は、今すぐ退室いただけますようお願いいたします」



 市花の言葉に、一同息をのむ。

 この壮絶な宣言に、誰も言葉を発することはできないでいた。


 思わずにはいられない、市花は……まさか?



「自殺の方法は、いくつかあるんです。まずは、『自分を積極的、直接的に傷つける方法』。首つりによる窒息、飛び降りによる外傷、拳銃や刃物による自傷、感電死なんかもこれに含まれますね」


「屋上からの飛び降りに……包丁での外傷……」



 呻くように波瑠が呟く。


 彼女以外はしんと静まりかえっている。


 二人だけの対話のような……そんな不思議な空間。

 内容が内容だけに、だろう。



「ええ、今回の犯人は、既に実行済です。恐らく実行が容易な首つりは一番最初に試しているでしょう。そして、どんなやり方で頑張っても傷はすぐに塞がり、死ねない。もうかなり思い知っているはずですので、特にマンネリ化した飛び降りは他の手段が思いつかないときのみ、実行するのではないかと考えられます」


「他の手段が思いつかないときのみ?」


「調べてみたところ、確かに彼女は水曜日に飛び降りしていますが、飛び降りしない、つまり噂の無い週もあったのです。丁度その週は、包丁が盗まれた週、薬品が盗まれた週」


「そ、それは……まさか……」


「はい、どうしてかはわかりませんが、彼女は趣味のように毎週自殺しています。おそらく、思いつく他の手段がないときに、飛び降りしているのです。何かせずにはいられないのでしょうか」


「何てことだ……」



 絶句する波瑠。


 彼女の顔色はいつもより青いように思われる。

 優しさの塊のような彼女なのだ、無理もない。



「北条先輩、お辛いようでしたら、策のみをお話しますよ。所詮これは、私の推測にすぎませんので」


「いや、続けてくれ。いつもと同じだ。真実は後ほど明らかになるにせよ、相談相手についてのお前の話は大抵的を射ている。だから、今聞いても変わらないさ」



 占い師、いや女神は、巫女に続きを促す。



「……では続けます。他には、『死すべき環境に身を置き、間接的に死ぬ方法』があります。有名なのは、練炭による窒息、寒さによる凍死、食べないことによる餓死、このあたりですかね。いずれも相応の準備と環境、時間等が必要ですので、高校生の彼女には難しいでしょうし、これらの手段は選ばないと私は考えます」



「そうであってほしいものだな……しかし、そうなると、他に方法は……まさか、薬か!?」


「はい、そのまさかです。第三は、『薬物・化学物質の効果によるもの』、致死量を準備さえできれば確実性は高く、最もお手軽に死ぬことができます。クレオパトラの時代から貴人に愛されている手段ですね」


「では、保健室から盗まれた薬は……」


「全部飲んでしまったでしょう。薬の空ボトルは、先ほどの包丁と共に、おそらく校内のどこかにさり気なく捨てられているものと私は考えます」


「これは堪えるな。自分でしているわけではないのに、なぜか苦しいものを感じたよ……そうまでして、彼女は諦めきれないのか、自分の死を……」



 青ざめた波瑠の顔。


 恋愛相談の時のように、彼女にシンクロしてしまったのだろう。


 彼女の心友しんゆうとなるために。



「ここまでは理解したが、彼女へのアプローチはどうするんだ、浅井」


「罠を仕掛けます」


「罠?」


「保健室のあの薬をわざわざ持ち出したということは、相当自殺について彼女は調べていると考えます。そんな彼女の耳に、試してみたい方法につかう薬品が現れたら……」


「盗もうとするだろうな、なるほど」


「丁度おあつらえ向きにヘリウムガスが化学の実験用に入荷したそうですので、この噂を一年生に流します」


「ヘリウムガス?」


「純度の高いヘリウムガスは、酸素を含まないため、吸い続けると酸素欠乏状態に陥るのです。有名な自殺方法ですので、彼女も確実に知っているでしょう」


「複雑な気持ちではあるが、今回に限っては、彼女が狙ってきてくれることを期待せざるを得ないな」


「そこは大丈夫だと私は考えます。彼女は、飛び降り以外の手段を積極的に探しているはずです。既に死ぬことができないと、わかっていますからね。今週は、とくに私達に遭遇していることから、来週は、否が応でも避けるはず」


「ということは、化学実験室に網をはるのだな。しかし、彼女が姿を消すことの対策は大丈夫なのか?」


「それについては、大丈夫であると考えます。北条先輩、彼女の十種は、おそらく以前話題にのぼっていた、例の玉です」


「そうか! あの玉と考えると、屋上の謎も、姿を消す謎も、解けそうだな……だとすると、化学実験室に閉じ込められれば、勝機ありか。玉の力が脅威ではあるから、ちょっと危険な気もするが」


「秋山くんにナイトになってもらいます」



 ここにきて、市花は、虎の方を向いて微笑んだ。


 わかっている。


 このナイトは、姫を守り戦う騎士と言うよりも、ゲームでパーティーのダメージを一手に引き受ける、タンクとしてのナイトの意味であると。


 だが、それでもいいのだ。

 自分は、市花を上杉に勝たせたい。

 それは、上杉を救うことにもつながるはずだ。



「当日は、ここにいる全員にそれぞれの役割を果たしてもらいますので、よろしくお願いします」



――――――――――――



 ピッと、無線機のランプが点灯した。


「こちら、白ウサギホワイト・ラビット、異変ありですか? 状況報告乞う、どうぞ」


「こちら、チェシャキャット、アリスがそちらに向かいました、どうぞ」


「連絡ありがとう、こちらは準備に入ります、白の女王ホワイト・クィーンにも伝えてくださいね、どうぞ」


「検討を祈ります……どうぞ、あ、直ちゃんも何か話す?」



 ピッと無線機を切る市花。



「それ、意味あるのか、スマホのLYNEで良かったんじゃ」


「雰囲気は大事ですよ、秋山くん」


 虎は、佐保理がノリノリだったのを思い出した。


 直はいつもどおり、市花にのせられたのだろう。

 そうではあっても、繋がっていることで恐怖が半減することに変わりはない。


 ちなみに、コードネームは、市花が『白ウサギホワイト・ラビット』で、佐保理が『チェシャキャット』、直が『三月ウサギマーチ・ヘア』、波瑠先輩が『白の女王ホワイト・クィーン』らしい。


 虎は、『白の騎士ホワイト・ナイト』。

 格好良さそうな名前だが、何のキャラクターなのか、よくわからない。


 『アリス』は、待ち伏せの対象である彼女。

 現在、化学実験室こちらに向かっているとのこと。



「これだけで、夜の闇が怖い二人が普通に機能しているのです。安いものですよ」


 いつもながら思慮深すぎると虎は思った。


「さて、いよいよですよ、秋山くん。準備お願いします」

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