第83話 逮捕 1

「秋山くん、来ます。配置についてください。後は予定どおりに」


 市花が離れていった。


 言われなくてもわかる。

 廊下で気配がする。



 スッ、ズズッ、スーと最小限の音でゆっくり扉が開き、誰かが入ってきた。


 その人影は、暗闇の中、薬品棚の方に移動して行く。


 そして、薬品棚のところで立ち止まると、影はしゃがんで、下の方でカチャカチャ音をたてはじめた。


 そのうちカチッと音がする。


 ガラガラと棚の扉を開ける音。


 カチン……コン……今度は慎重に中で何かを探しているような音がする。


 音が……収まった。


 どうやら、目的の物を発見したらしい。

 影が立ち上がる。



 もういいだろう。



 パッ

 電気が付く。もちろん付けたのは虎だ。



 そこにいたのは


 ジャージ姿で小型ボンベを抱えているのは


 あの少女……



 上 杉 菊 理 



 だった。


 虎は、次の瞬間、彼女が動かぬうちにと、カメラのシャッターを連射モードで切る。


 いきなり眩しいフラッシュを浴びたせいか、彼女は目を覆う。


 ゴトン、ゴロゴロ……ボンベが床に落ちて転がった。



「な、何ッ!?」



 両手の隙間からバッチリこちらを見ている。

 虎は、彼女の注意を自分に向けることに成功した。



「えっ!?」



 カチッ、と音がする。


 彼女は驚いていた、その手にかけられた手錠を見て。


 その視線の先には市花。



「窃盗の現行犯で逮捕する。新たに学校が設置した監視カメラにも映っていますし、もう逃げられませんよ、上杉うえすぎ菊理くくりさん。かけられていた鍵を無断で、しかも強引に開錠しましたね。申し開きができるものならば、言ってみてください」



 容赦ない。

 よほどあの日のことが腹に据えかねていたのか。


 しかし、身長差のため、傍目には、子供がお姉ちゃんの手に無理矢理手錠をかけて遊んでいるようにしか見えない。



 いや、気にしてはいけないのだ。


 虎は言われていたとおりに、カメラを連射する。


 そして、気がついた。

 ファインダーの向こうで、ジャージの彼女が笑っているのを。



「逃げられない? 逃げられないと思うのかよッ!」



 その言葉と共に、上杉の姿が消える。



「な、何だ?」


 あわてて左右を見渡す。


 彼女は既に扉のところにいた。

 小脇に、市花を抱えて。



「アタシを捕らえることなんて、誰にもできませんよ、先輩」



 不敵に、市花に言うと、上杉は扉に手をかける。


 ……


 ガシガシ何回も左右に力を込めているが、扉は開かない。



「どうして、さっきは入れたのに……」


「ふふっ、開かないでしょう。扉には魔法が掛かっていますからね」



 今度は市花が不敵に笑う。


 きっと、佐保理の辺津鏡だ。

 虎は直感する。


 実は、顔色に出るタイプだからダメだと、他のメンバーの配置や、役割は教えて貰えていない。


 不本意ではあったが、その理由に抵抗することはできなかった。

 だが、市花の作戦ならば、従うだけでいいはずだと、そう思っていた。

 信じていた。



「仕方ない、この程度の扉なら……おらよッ!」



 彼女が足を繰り出す、何か爆発したのではと虎が思ったほど、凄まじい衝撃が扉に炸裂する。


 ……、しかし、扉は、べこりと一瞬へこみはしたものの、すーっと、元に戻っていった。



「無駄無駄無駄ですよ。戦車の砲弾やミサイルでも穴が開かないように、衝撃が吸収されるようにと、一時間程動画を見せて説明済ですので、あなたの十種の力であっても破壊不可能です」



 そういえば、佐保理はずっとタブレットで何かを見せられていた。

 これがその教育の成果。

 彼女の、イメージが具現化する力は、やはり恐ろしいものだと改めて虎は実感する。



「ちなみに、廊下側は全て同じです。だからあきらめてください。この密室からは逃れられません」


「ちっ……」


「あなたの十種は、やはり生玉いくたまですね。人に生命力、活力を与える、と聞きますが、これほどの身体強化とは」


「……何を言ってんだよ!」


「身に覚えがあるでしょう。自分の筋力、知覚力、回復力が人とは異なると。姿が消えたように見えるのは、あまりにあなたの動きが素早いから。屋上に昇れたのは、恐るべき跳躍力のため。屋上から地面に激突しても死ねないのは恐ろしい回復力があるから」


「そんなの、知らないよッ!」



 吐き出す様に言って、苛立つようにもう一度扉を蹴飛ばすと、上杉は化学実験室内を見回す。


 そして……何かに気がついたような顔をしてニヤリと笑った。



「ここ、そういえば、化学でつかう気体とか、薬品がたくさんあるのよね、アハハッ」



 スッと姿を消すと、さっきの薬品棚の前に彼女の姿が戻っていた。



「ちょ、ちょっと待てよ。何する気だ」


 思わず叫ぶ。



 彼女は、そんな虎のことなど一瞥もせず、棚から「ジエチルエーテル」と書かれた瓶を取り出した。



「た~っぷり入ってる~。酸化還元系の爆発力もいいけど、やっぱりお手軽な引火しやすいものが最ッ高! アタシ、化学大好きなんだから~」



 瓶を片手にニヤリと笑う。



「……」


 市花が彼女の顔を見ながら、沈黙している。

 彼女の意図を悟っているからだろう。

 どう考えても、これは、刺激すると、マズい。



「怖くて声もでませんか~? さっきの勢い、どこいっちゃったのかな~? 案外根性無しですね、先ッ輩~」


「……」


「その程度のヤツが知ったかぶりして、アタシのことを色々言うんじゃ無いよッ!」



 床にたたきつけられた瓶が、大きな音を立てて割れた。

 中の液体が、四方に飛び散る。



「これだけまけばそれなりに燃えるわよね。あとは、このあたりの薬品に引火すれば、ボンッ! キャハハハ」



 彼女はとても満足気に、棚にあった、マッチを取り出す。



「さあ先輩、手錠解いてアタシから離れるなら今のうちですよ。怖いでしょ? このままだと、死んじゃうんですよ、アタシと一緒に~」



 上杉は、とても楽しそうな顔で市花を口撃する。


 それに対して、市花は――

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