第81話 対策会議

「市花はどうしてあの子、上杉が犯人だってわかったんだ」


 社会科準備室に向かう途中、市花に尋ねる。



「夜にとった写真をもとに、木下先生に、学校のデータベースで一年生の女子生徒の顔写真を調べてもらったのですよ」


「木下先生って凄いな。一年女子って言っても結構な数ありそうだけど、よくこんな早く見つけられたもんだ」


「物理の角隈つのくま先生制作の、AIで写真判定ができるプログラムを使わせてもらったそうです。あまり公に言えませんが、警察等から写真で照会が来たときに内部利用する目的のもので、学校公認とか」


「化学の服部はっとり先生といい、顔が広いんだな、木下先生」


「そうですよ、だらしないようで、生徒にも、他の先生にも慕われているのです、だらしないですが。プログラムを使ったのも、写真の子について変な噂が広がらないようにとの配慮なんですよ、だらしないのに……」


「褒めてるのに容赦ないな……そういや、彼女の十種の性能、良くわかったな」


「確定ではありませんが、近いとは思っています。そもそも今回確実に屋上から地面に激突して、目撃者からすぐに逃げられるレベルで復活しているのですから、傷が即時回復する能力は必ずあるはずです。幽霊ではなく、実体であることは、階段での遭遇を抜きにしても、足跡と血痕から明らかですからね」


 十種の能力という荒唐無稽なものに対して、ここまで理論的なアプローチができるとは、市花恐るべし。



「だから、死ねない能力とカマをかけたのですが、もう少し詰めてからやるべきでしたね、失敗です」


 そうだった。

 今回は相手の方が上手だったのだ。



「死ねない能力か……しかし、それに加えて、消える能力と、屋上に登れる能力があるんだよな」


 この二点を考えると、誰かが言っていた、蒸発する能力が近いように思えるのだが、それだと、飛び降りた後回復ができないか、そもそもダメージを受けない気がする。



「消えたのは、いずれも視界から見えなくなっただけですから錯覚等を利用すれば可能かもしれません。そもそも暗かったですしね。それから、屋上に登るのは、何かトリックを使えばできなくは無いと思います。ですが、死なないことだけは無理ですよ、秋山くん」


 これだから、市花には勝てないのだ。



「ということで、フーダニット『誰が犯人か』、我々にとっては『誰が十種の所有者か』、これは上杉うえすぎ菊理くくりさんであると確定して良いでしょう。方程式と同じです。決まった値から代入して潰していくのですよ、秋山くん」


「市花……俺の数学の点、良くないの知ってるだろ」


「秋山くんを追い詰めるのは楽しいですからね」


 先ほどまでの、沈んでいたような彼女の顔に笑顔が戻っていた。

 虎は、それだけで嬉しかった。



 ハウダニット『どうやって』は十種であるとして、問題は、ホワイダニット『どうして、何の目的で』か。


 市花は、『血塗れの服を着て、泣いていた』と言っていた。

 自分から飛び降りておいて、どうして彼女は泣くのだろう?



「……あいつ、上杉って、どうしてこんなことするんだろうな。自分から飛び降りてるってことはつまり……」


「そう、自殺です。少なくとも、最近毎週水曜日の夜、彼女は自殺しているんです」


「……」


「ただ、彼女の情報は木下先生経由で、既にかなり入手しましたが、自殺したくなるような状況とは思えないのです」


「どんな感じなんだ」


「中学二年までずっと病院に入院していて、退院後、勉強にも運動にも打ち込み、ウチの高校に入学。現在、陸上部で良い成績を残していて、県大会は堅いと言われている。賢く、気配りができるタイプでクラスメートにも受けが良い」


「確かに、それだと普通に上手くいってる人生だな」


「でも、自殺したがっている……だから、聞いてみたいのですよ、本人に」


「えっ!?」


「秋山くん、ホワイダニットの解決法には尋問だってありなのですよ。ハウダニットもあわせて解決です!」


「……」


 市花だけは敵に回してはいけない。

 虎はそう思った。



―――――――――――



「家庭科室で包丁が盗まれ、保健室からは薬が盗まれていた?」


 波瑠の声が、社会科準備室に響き渡る。

 それに対し、報告した蒲生はいつもどおりの涼しげな顔で続ける。


「木下先生と相談したのですが、やはり申し上げておいたほうが良いかと思いまして。変な噂が広がるといけませんので、他言はしないでください。いずれも現場での手がかりは無く、目下生徒会でも調査中の案件なのです」



 蒲生は付け加えるように言った。


 現場からは指紋等の犯人の痕跡は全く見つからない。


 家庭科室、保健室に出入りした生徒は不特定多数で特定は難しい。


 定期的にチェックしてはいるが、前回確認してから、家庭科、保健の両先生が事態に気付くまでにはそれなりの時間があり、その間の関係者全てのアリバイを洗い出すのはほぼ不可能。



「飛び降りの件もそうだが、学校としてはできるだけ大事にせず、内々ですませたいんだ。理解してほしい、北条」


 木下先生は申し訳なさそうな顔をしている。



「飛び降りについては、毎回それ自体が無かったことになっているため、残るのは噂だけ、まだ悪戯、愉快犯の類で済ませられますが、窃盗については判明すれば警察沙汰になります。凶器に薬ですから……」


「しかし、それなら何故、今のタイミングで私たちに教えてくれるんだ? 蒲生」


「あまりに隠していれば、何かが起きてしまった時、学校に責任が降りかかります。これは時間との戦いですので、捜査の手を広げたいという、会長と学校の思惑があります」


「徳子か。私も信用されたものだな」


「ですが、何より、浅井さんから聞いた推理で、これらの事象が点から線に繋がったからです」


「浅井!?」


「それについては、私から説明しますよ。北条先輩」



 市花は、その場にいる全員に、七つめの十種は死ねない能力であり、犯人は自殺しようとしているのだという、自説を説明した。



 彼女は、あの一年生については全く言及しなかった。

 虎は……そんな彼女が誇らしく思えてならなかった。


 きっと、あの子、上杉のためを思っているのだろう。



「なるほど、ホワイダニットは、自殺願望、ハウダニットは十種に何らかのトリック。完全ではないが一応全てに説明がつく、流石だ、浅井」


 波瑠が感心している。


「お褒めに預かり光栄のいたりですよ、北条先輩」


「ということは……包丁も薬もそのためか」


「ええ、そうでしょう。どうしても彼女は死にたい、死にたがっている。全てはそこにあります。それをどうにかしなければ、事件は解決しません……厄介なものです」


「どうしてだ、どうしてなんだ……死ぬって言うのは本人が痛かったり苦しかったりするだけじゃない、周りも辛いんだぞ」


 波瑠が机をドンッとたたき、下を向く。

 でも、震えている声でわかる。

 彼女は泣いているのだ。


 この状況、彼女の周りを囲む皆も、沈鬱な顔にならざるを得ない。

 そんな時――



「北条先輩、わからせましょう」



 市花。

 闇を切り裂くは、やはり巫女、聖女である彼女。



「あ、浅井?」


「きっと彼女は自分が十種のせいで死ねないことを自覚できていません。彼女に、自殺が空しいものであることをわからせるんです。どう頑張っても死ねないのだと」


「し、しかし、それでは……」


「おっしゃりたいことはわかります。彼女の気持ちはその後で、キョウケンとして皆で対応しましょう」


「わかった、毎回で済まないが、今回もお前の案にのろう。策は既にあるんだよな」


「もちろんです」


「よし、全員で聞こうじゃないか」



 ……



「ありがとうございます、木下先生」


 説明が終わった後、市花は、木下先生に感謝の言葉を捧げた。

 ニコリと頷く先生。


 虎にはその意味がわかった気がした。

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