第80話 接触
「じゃあ、部活いこうか、市花」
掃除当番を終えて、市花に声をかける。
今日は直が委員会があるとのことで、一人で待たせるのも申し訳ないので、佐保理には先に部室に行ってもらっている。
珍しいことに、大人しく行ってくれたが、考えてみると、今日も蒲生が来るからかもしれない。
結局、昨日は、ああだこうだ、皆で言いあったものの今回の事件の結論的なところまでは行き着かなかったのだ。
最後に波瑠が言っていた。
この
一つめは、『フーダニット』。誰がやったのか。
これについては、一年生の女子生徒の可能性が高い、くらいしか今のところ言えない。一年生の教室から出てきたから、一年生というのも結論づけが早すぎる。つまり、女子生徒としか言えないレベル。
上履きという証拠から、幽霊ではなく実在の人物であるとは言えそうだが、蒲生によると個人の特定は難しそうである。
実は、姿を見せた彼女を操っている別の存在がいる可能性も否定できない。誰が、というのを特定するには情報が足りない現状だ。
二つめは、『ハウダニット』。どうやってやったのか。
十種の力を使っているに違いない、というのが皆の共通した見解ではあった。
有り得ない屋上の足跡、一分で消えた人影に、一夜で消えた血痕。
これを全てトリックで説明するのは不可能だと思われたのだ。
全員想像力を逞しくしてみたものの、空を飛ぶ能力だ、いや霊を操る能力だ、違う違う蒸発できる能力だ、どれもなんか嫌です、と意見がまとまらなかった。
鍵の掛かった屋上にすんなり登ることができる能力はあるはず。
また、屋上から落ちて、あの血の量は、あきらかに即死もしくは重傷。
この状況から復活、もしくは状況を無効化できる能力もなければならない。
さらに、出会った人物は、いずれも姿をあっという間に消している。姿を消せる能力もあるのだ。
これを満たす十種の能力。
今日も議論は終わらなそうである。
三つめは『ホワイダニット』。どうして、何の目的でやったのか?
これについては、悪戯目的だとしか思えない。
やっているのは、飛び降り自殺だ。
死にたければ一度で十分。
つまり死ぬことが目的ではない。
何度もするというのは、明らかにそれを人に見せようとする意図を感じる。
しかし、毎週こんなことをする意図は一体何なのだろうか?
学校の評判を下げようとする何者かの陰謀?
わざわざ十種を使ってやることではない気がするのだ。
それとも何かに気付かせようとしているのだろうか?
波瑠先輩はこれが一番重要だと言っていたが、重要なだけに一番難しそうである。
どうして彼女は毎週決まって水曜日に投身自殺するのだろう?
「市花?」
反応がないので、再度呼びかける。
彼女は、今日も珍しく大人しい。
昨日も意見をあまり言わず、ほぼずっと押し黙っていた。
やはり、波瑠の言うとおり、体調が思わしくないのか。
「ごめんなさい、秋山くん。ちょっと私は寄りたいところがありますので、先に行っていただけますか」
「あ、ああ。わかった、皆には俺から言っておくよ」
お願いします、と言い残すと、市花はそのまま教室を出て行った。
……
こんなことは今までに無い。
気になる、なりすぎる。
体調が悪くて、言えない内容かも知れないとは頭を過ったが、好奇心の方が勝ってしまった。
後を追って教室を出る。
市花は階段を降りるところだった。
急いで階段まで行くと、彼女が一階の角を左に曲がるのが見えた。
一年生の教室のある方である。
虎も階段を降り、左に行こうとして、あわてて、首を引っ込める。
廊下を少しいったところで、市花が、体操着の小柄な女子生徒と対面していた。
既に部活の時間であるからか、幸い他に人影は無い。
虎はこの場所で聞き耳を立てることにした。
体操着の色から、相手は一年生。
市花の方をじっと見つめていた。
二人の話し声が聞こえてくる。
「何ですか、先輩、急に呼び出されても困ります。私、今日部活があるんです」
この声、どこかで聞いた気がする。どこだっただろうか?
「すぐに済みますよ。大人しく真実を話してくだされば」
「真実……?」
「あなたですね。毎週水曜日に屋上から飛び降りているのは」
直球。
しかし、市花は、彼女が犯人であると、どうやって知ったのだろう?
「……何のことですか?」
「私の目はごまかせませんよ、
そうか、あの市花の双眼鏡は撮影も可能だったのか。
でも、どうして皆に言ってくれなかったのだろう?
虎は不思議に思った。
「別にあなたを責めようと思ってはいません。あの時……あなたが血塗れの服を着て、泣いていたのが気になったんです」
虎はこの言葉に、あの夜、階段で市花が呆然としていたことを思い出した。あれは、今言ったものを見たからか。
そして、相対している女の子の声は、あの夜の階段の彼女と同じ、全てがつながった。
「……ほっといてください……」
「ほっておけません」
「どうして……ですか? 先輩とアタシは何の関係もないじゃないですか」
「……私にはわかりません」
「わからない? それでどうしてアタシに関わろうとするんです!」
「……私にはわからないのですが、私の中の別の私が、なぜかこうしろと言うのです。それではいけませんか?」
「……先輩、頭オカシイんじゃないですか?」
「よく言われます。けれど、それは上級生に言う台詞ではありませんね。許せません」
「許せなかったら、どうするんですか?」
「罰として、あなたの抱えている悩みを話してもらいます」
「だから、オカシイって!」
「一応警告しておきますが、私の手元にはあの日のあなたの写真があります。明らかに屋上に立っているところですから、申し開きはできません。私としては、これを生徒会には渡したくないのですが、やむを得ないのならば……全てあなた次第ですよ」
「クッ……」
「嫌でしょうね。それともうひとつ、あなたの
「クッ、クックックッ……アッハッハハハ」
「な、なんです!? 何がおかしいのですか?」
「何かと思えば、先輩~、全部あなたの作り話、妄想と言えるじゃないですか。デジタルなら写真なんていくらでも合成できるって聞きます。それに十種? 何のことですか。アタシはそんなの知りません。証拠何もないじゃないですか。その理屈でアタシを脅迫? 笑わせますね、アハハハハ」
何と言うことだ、市花が逆に論破されている……。
「あなたとなんて会ったことありませんよ。最初は話をあわせただけです、面白かったので。では失礼します」
それだけ言って、体操服の彼女は、下駄箱の方へ向かっていった。
「秋山くん、そこにいるのでしょう? 出てきなさい」
「え!? い、市花、気付いてたのか?」
「気配を消すのが下手過ぎです。おそらく彼女にも気付かれていましたよ。警戒されてしまったではないですか!」
「す、すまん……」
「ただ、今のは私の追い込みも不十分でしたので、秋山くんのせいだけではありませんが」
「せい、であるのは変わらないの、な……」
「邪魔をされたのは事実ですからね。ですが収穫はありました」
「収穫?」
「彼女は思ったより賢い。シラを切られないように、皆の眼前で、現行犯でつかまえなければならないことがわかりました」
「そんなことできるのか?」
「私に作戦があります。あの小憎たらしい上杉さんに、ぎゃふんと言わせてみせますよ!」
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