第79話 捜査 2

「皆そろったな、では始めよう」


 放課後の社会科準備室に、波瑠の声が響き渡る。


 虎、直、佐保理、市花、そして、蒲生が一斉に頷く。


 木下先生はその様子を片隅から暖かく見守っている。

 波瑠先輩に教えてもらったが、先生は、実は十種のことを知っているらしい。


 入り口側に据え付けられた、借りてきたホワイトボードの真ん中には、こう書いてある。



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 七不思議「屋上から飛び降りる女子生徒」対策会議


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「ちなみに、黄色と徳子は来ないということで、いいんだよな?」


 波瑠が再度、蒲生に確認する。


「はい、あの子は、こういうの苦手ですし、会長は『お目付役はひとりでいいだろう』と、そうおっしゃっていました」



 黄色は人と話すのが苦手なのか?

 それでよく生徒会が務まるものだ。



「徳子は、我々がまた何かしでかすと思ってるんだな……」


「その、悪い意味ではなく、目的のために手段を選ばない、と思われている。そんな感じです」


「気をつかってくれてありがとう、蒲生。徳子は心配してくれている。そう思っておくよ」


「はい、お伝えします」


 蒲生は和やかに頷いた。



「さて、今回皆に集まってもらったのは他でもない、全員の智恵を結集して、謎を解くためだ……えーっと、席はこのままでいいんだよな?」


 唐突に変な確認が来たが、無理は無い。

 長机の席配置がいつもと違うのだ。


 片側は入り口側から窓側に向かって、佐保理、蒲生、直。


 もう一方は同様に、波瑠、虎、市花。


 窓側奥に、木下先生。


 人数が多いから、ホワイトボードがあるからというのはあるが、最終的には佐保理が蒲生にくっついて離れないので、自然とこうなった。



 直は、佐保理がそっち側ならと、気を遣って移動したのだが、想定外の状況に悩ましい顔をしている。


 そういえば、彼女は佐保理と蒲生の間柄を良く知らないのだったと改めて気付かされた。


 蒲生は蒲生で、直のことを、つや様だと思っているふしがある。


「その節は、お見苦しいところを、ご迷惑をお掛けしました」


「は、はあ……い、いえ……」


 このやりとり。

 二人が隣り合って座っているのは、別の意味でハラハラする。

 佐保理が、蒲生にくっついている状態は、複雑な気持ちにはなるものの、そっちの方が安心する虎だった。



「私はイイと思います! あ、ダーリ……秋山君、ごめんねっ」


 波瑠に向かって力強く宣言する佐保理。


 彼女は、なぜか、蒲生の前では、虎のことを、秋山君、と呼ぶ。

 謝っているのは、直のことなのか、それとも自分のことなのか……。


 波乱含みの逆サイドではあったが、他のメンバーから特に何もないのを確認して、波瑠は話を進める気になったようだ。



「まあ、よさそうだな。では行こう。まずは、状況の整理だな。時系列的に並べるとこうなる」


 波瑠がホワイトボードに書き出した。


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 怪しい人影の出現順

 ※()は目撃者


 1.特別棟(木下先生、北条)

 2.屋上 (浅井、秋山)

 3.中庭 (木下先生、北条)


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「『1.特別棟』と書いてはいるが、最初は、実は学年棟の一階だったんだ。木下先生と私が見回りをしていると、とある一年の教室からいきなり誰か出てきてな、誰何すいかしたところ、目の前でふっと姿が消えた。ジャージの色と体型から、おそらく女子であることくらいしかわからなかった」


「消えた? それってあの黄色いパーカーの子じゃないですよね? あ……」


 姿が消えるというキーワードに、確認したくて言ってしまった後で、関係者がいることに思い当たる。


「それでしたら、私の方で知っています。あの日、あの子はその時間、既に自宅にいたと言っていました」


 しかし、蒲生が否定しないところを見ると、やはりあの黄色の十種は姿を消すことができるものなのだろうか?



「秋山は良いかな。それから私と先生は、手分けして学年棟の一階を見て回ったんだが、誰もいない。それで諦めて、特別棟に行こうかと相談していたら、丁度、中庭を横切って特別棟の方に行く人影を見たんだ。それで今度は、特別棟に行き、一階から三階までくまなく探した。しかし、気がついたら、もう遅かったというわけだ」


「ひょっとして幽霊ってオチは……ないですよね?」


 この一言を口にした瞬間、佐保理は蒲生に抱きつき、直は耳を塞いでいた。


「そうではないと断言はできないな。そうであるとも言えないが……お前達……まあいいか次に行こう」



 佐保理と直を見てため息をつきながら、波瑠は『2.屋上』を指さす。



「『2.屋上』は浅井とお前のほうが詳しいと思うが、屋上に人影が見えたんだな、秋山」


「はい、俺は肉眼でしたけど、月の光で、ばっちり見えました。な、市花?」


「え、ええ、そうですね」



 気のせいだろうか?

 今日は市花の口数が少ない気がする。



「浅井、調子が悪いのか?」


「いえ、大丈夫です、先輩……お続けください」


「ふむ、無理はしないようにな。それで……『3.中庭』は、音がした直後に、私と木下先生が、特別棟の三階から、中庭に横たわる人影を確認している。暗くてよくは見えなかったが、これも体型などから、私には女子のように見えたな」


「最初に逃げ出した彼女ってことですか?」


「可能性としては高いが、そこまでは断言できない。『1.特別棟』でも『3.中庭』でも、はっきり顔まで見えてないからな。事件が起きるようにと、灯りを極力絞ったのがアダになったものだ」



 そうなのだ。

 当日は、とにかく警戒されないように、大人数がいることを気付かれないようにと、波瑠から全員に注意があった。


 あれが裏目にでるとは、波瑠でなくても悔しい。



「その後は、遠山と穴山を除く全員が見ているから詳しい説明は省くが、中庭に大量に流された血だけが残っていた。これは化学的にも血であると実証されている。音がして、中庭の人影を確認した後、私と木下先生は必死で駆け下りたから、一分は掛かってないと思う。その間に血だけ残して消えたのだ、謎の人影は」



 直と佐保理がちっとも来ないので、手分けして彼女達を捜索したところ、二人は学年棟二階の廊下の隅で震えていた。


 なんでも、皆が中庭にいるのに気がついて、一階に降りようとしたところ、人影っぽい何かが見えたので、無我夢中で走って行き止まりがここだったのだという。佐保理はしっかりあのバリアーを張っていた。


 何しろ怖がりの二人なので、信憑性が危ぶまれ、目撃情報としてはカウントされていない。



「あとは……しゅう、よろしく」


 木下先生にバトンが渡った。


「今朝のことだな。完全に消えていた。昨日チョークで印をつけておいたところ、見事に血痕は無くなっていたよ……本当にミステリーだな」



「それから今日の屋上の調査結果、蒲生お願いできるか?」


「はい、屋上に足跡はありました。それについては念のため、石膏せっこうをとっています。ただ、上履きのようだったので、個人の特定ができるかどうかは難しいかも知れません」


「幽霊では無く実在しているという重要な証拠になる。そちらは生徒会の方で頼む」


 波瑠の言葉に蒲生が頷いた。



「問題なのは、足跡があったのが、『2.屋上』で秋山君と浅井さんが屋上に人影を見かけたと思われる辺りのみに限定されていることです」


「そこなんだよな、難しいのは。犯人は、空から降りてきたとしか思えない」


 波瑠先輩があの時言っていたように、屋上は、蒲生が鍵を開けるまでは、密室だったのだ。階段側からは行くことはできない。


 となると犯人は外から登ったのか?

 そうであれば、時間がかかるだろうから、見張っていたキョウケンの二人、特に市花が気付いてもよさそうである。



「もうひとつ、足跡の主の上履きには、砂泥がついているはずなのですが、中庭のどこにも砂泥による足跡はありませんでした」


「蒸発した、としか思えない、か」

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