第78話 捜査 1

「ふぁーあ……」


 眠い。虎にはとてつもなく眠い朝。

 自然とあくびが連発される。



 波瑠の指示で、次の日、虎達は朝早く校門前に集合した。

 もちろん、血痕の確認のためである。


 虎と直で全員集合、中庭に向かって歩いて行く。



「秋山、人前で口を大きく開けてあくびをするのはマナー違反だぞ」


「そういわ、ふぁーあ、れましても、波瑠先輩。いつもの一時間以上前起きはキツいれす、ふぁー」


「ええい、あくびをしながらしゃべるんじゃない!」


「すみません、先輩。一つ前の電車、結構早くて……」


「遠山……そうだったか、無理させてすまない。昨日は皆帰宅はおそかっただろうしな」



 電車組の虎と直は、電車が既に無い時間のため、木下先生が車で送ってくれた。それなりのスピードで飛ばしてもらったが、家についた頃には十時近くだった。


 他のキョウケンメンバー三名は、普段自宅まで徒歩ではあるが、夜遅いこともあり、いつのまにか召喚された政さんの車で各自の自宅まで送ってもらったようだ。

 だが、九時は明らかに超えていただろう。



「皆に無理させて申し訳なかったが、他の生徒が来る前でないと、意味がないからな。木下先生はもう現場に行かれている」


 波瑠は、先生本人には、秀と呼びすてなのに、皆の前では苗字で先生で尊敬語?

 不思議に思う虎だった。


 お兄さんも政と呼んでいるし、彼女の男性を呼ぶときのクセみたいなものなんだろうか?

 自分は……ひょっとして年下だからなのか?



 下を向いてあくびを殺しながら、そんなことを考えていると、目の前のその波瑠の足が止まる。


 既に中庭に足を踏み入れてはいるが、どうしたのか?

 虎は彼女の視線の前を見る。



 そこには二つの人影があった。


 這いつくばって地面を何やら調べている木下先生。こっちはいいだろう。

 何もなさそうに見えるところを、何やら懸命に調査している彼の意図はよくわからないが。


 問題は、その横で腕を組み、あごに手を当てて何かを考えている様子の、黒髪の長い綺麗なストレートの女子生徒。



「が、蒲生!」


「冬美さん?」


 これには、佐保理も反応した。


 すぐさま駆け寄ってゆき、そして、撫でられている。

 その様は、まるで仔犬のようだった。



「穴山さんは今日も可愛らしいですね、ふふっ……秋山君に、キョウケンの皆さん、おはようございます」 



 佐保理をあやしながら、こっちに向き直って挨拶。

 礼儀正しい蒲生らしいが……



「どういう風の吹き回しなんだ、蒲生。自主的な朝練なのか? ああ、でも剣道部はやめたんだっけか……ごめん」


「秋山君、お気遣い有り難う。でも、大丈夫です。私は今、生徒会書記として充実した毎日を送っていますから」



 微笑む彼女。

 良い顔をしている。


 生徒会長の生駒とはいろいろあったが、生駒の学校を思う気持ちに偽りは無い。

 真っ直ぐなのだ、ある意味公平性を大事にする蒲生と同じ。

 だから生徒会がしっくり来たのかも知れない。



「そうなのか、なら、良かったな」


「今日も、生徒会書記として、ここに来ています」


「なるほど、生徒会にも昨日の連絡が行っているという訳か。今日は黄色はいないのか?」



 波瑠が尋ねると、蒲生は困った顔をした。



「あの子は朝弱いので、無理です……」



 何ともあの脳天気そうな黄色らしい。

 そんなので生徒会が務まっているのが不思議ではあるが。



「そ、そうかお前も大変だな……その、徳子は?」



 若干言いよどんでいる。

 こっちが本命だったらしい。



「まだ、照れくさいそうです。きっと北条先輩も来るだろうから、私に任せるとおっしゃっていました。あまり生徒会の人数が多くても目立ってしまうだろうと、今日は私ひとりです」


「そうか、徳子らしいな……で、やはり、いつものとおりなのか?」


「はい、先ほどから、木下先生が探してくださっていますが、跡形も無いとのことです」



 懸命に血痕を探していた木下が、顔をあげる。



「昨日、印をつけておいたんだ。この辺りなのに、全く今日は反応しない。間違いかと頑張ってはみたが、ここは退いておくのがよさそうだな」



 なるほど、何も無さそうなところを懸命に見ていたのではなく、あるべきところに無かったというのが真実。

 虎は先生に対し、申し訳ない気持ちになった。



「では、もうひとつの現場へ参りましょうか」



 唐突に提案する蒲生。



「もうひとつの、現場?」


「屋上です。鍵はこのとおり」



 彼女の右手で、鍵の束が、シャンと音をたてた。



――――――――――――



 屋上への扉、あの分厚くなった扉を、蒲生が鍵で開ける。



「屋上への通路は、ここしかない。これがポイントだな」



 波瑠が誰にともなく言う。

 聞いて欲しいのだろうか?

 自分もわからないから、とりあえず、ここは訊ねておこう。



「どういうことですか?」


「唯一の通路に鍵が掛かっているということは、即ち、この屋上が、密室だったということだ!」


「密室……」



 大仰な物言いではあるが、確かに他に手段は無い。


 校舎外側の雨樋などを伝って頑張ればわからないが、昼ならば誰かに見つかる可能性があるし、夜ならば危ない。


 現実的ではないだろう。


 一度落ちた身としては、登るのも大変なことは想像できる。



「そうだ、皆さんお願いがあるのですが……」


「何だろう? 蒲生」


「私が扉を開けても、すぐに駆け込まないでください。まずは写真を撮るように言われていますので」


「どういうことだ?」


「見ていただければわかります。では、開けますね」



 蒲生が、扉を開ける。

 朝の眩しい日光がさす。

 しかし、感じる違和感――



「えええっ、何これ?」



 叫ぶのは、おそらくもっともこの中で屋上で時間を過ごした人物、佐保理。

 彼女には見過ごせなかったのだろう。



 目の前には、砂泥にまみれた、屋上の姿があった。



「どうしてこうなっちゃったの? 前はあんなに綺麗だったのに」


「穴山さん、落ち着いて。今回の事件解決のために、生徒会がまいたのです。落ち着いたら掃除しますから」



 蒲生が、飛び出して行きそうな彼女の首根っこをつかんで、ヨシヨシしている。

 佐保理はすぐに大人しくなった。



「今回の事件解決のためって、どういうことだ、蒲生?」


「足跡の確認ですよ、秋山くん。生徒会としては鍵が盗まれたり、合鍵がつくられた可能性も考慮にいれなければなりませんので。準備が大変でした」


「なるほど、さすが徳子だな。しかし、見たところ、新雪のように全く跡がない。これはこれでひとつの証拠だとは言えるが……完全に密室になってしまったということか」


「そうですね」


 手にしたカメラで、何枚か写真を撮りつつ、蒲生が頷いた。

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