第77話 肝試し 伍
「と、とにかく行こう、行かないと、直っ! 佐保理ッ!」
「「……」」
ダメだ。
全く言うことを聞いてくれない。
「これはまいりましたね……仕方がありません、背に腹は変えられませんか……」
市花のこの台詞に、暗闇の中、彼女の目に爛々と怪しい光がともっているのが虎は見えた気がした。
「な、何をする気だ……市花?」
「直……秋山くんから離れないと、あのことを言ってしまいますよ」
この言葉に、右腕側がぴくっと反応した。
「人気の無い教室。周りを気にしながら、そっと彼の席に近づく。そして、机の中に……あ、かばんの方がいいかな……」
「わああああああああああああああ」
直は、右手から離れると、大声をあげながら、廊下を向こうに走って行く。遠ざかる彼女の姿は暗闇の中に消えた。
「な、直!?」
「音をあげるのが早いですよ、直。これからがいいところなのに……」
「ちょっと待て誰の机なんだよ? 何しようとしたんだよ!?」
「相変わらず、乙女心を全く理解していませんね、秋山くん。それから直……ごめんなさい。では、次にいきますか。穴山さん、覚悟は良いですね」
今度は、左腕側がぴくっと反応する。
「裏庭で左右確認、誰もいない。しめしめ、よーし、じゃあやってみよう。辺津鏡、ダーリンプリーズ!」
「ひゃああああああああああああああああああああ」
奇声と同時に左手が軽くなる。
気がついた時には、佐保理の姿も廊下の闇に消えるところだった。
「ちょっと待て、どういうことだ!?」
「信じていますが、辺津鏡に祈ったりしないでくださいね、穴山さん。まったく、私も命がけですよ。しかし、これで邪魔者はどちらもいなくなりました。行きましょう、秋山くん」
「え、あの二人大丈夫なのか?」
「しばらく頭を冷やしたら戻ってきますよ。同じ方向ですし、二人一緒なら大丈夫でしょう。いざとなれば穴山さんの辺津鏡もありますからね」
「そうか、そういえば、そうだな」
もし、危ない場合でも、辺津鏡のあの勇者達がいれば、どうにでもなるだろう。
現に、全校生徒を敵に回した、あのどうしようもない状況でもひっくりかえしたのだ、彼女の十種は。
「まったく、あれほどの力があるのに何が怖いというのでしょうね。理解できません。私なんて、この乙女のヤワ腕のみですよ」
正論すぎて、佐保理の弁護はもはや不能な虎だった。
市花がヤワ腕かどうかは別として。
「時間をかけてしまいました。急いで降りましょう、秋山くん」
虎と市花は近くの階段を駆け下りた。
懐中電灯と、据え付けの非常灯を頼りに、踊り場、二階、踊り場、そして、一階に辿り着いたその時――
「うわっ!?」
急に目の前に現れた人影。
虎は、避けようとして転びそうになり、受け身をとった。
と思ったが、やはり勢いは殺せなかった。
床にビターン、乾いた音が響く。
顔胴腕脚足を一気に面でぶつけた音。
ある意味、ダメージ拡散的な意味では、うつ伏せの状態で受け身がとれた、と言えるのだが……。
「い、痛たたた……」
「秋山くん、大丈夫ですか!?」
階段の上の方から、駆け寄る音と光、そして市花の声が聞こえる。
「だ、大丈夫さ、俺、夏まで、死なない、から……」
「体はともかく、その発想が出てくるレベルなら頭は大丈夫そうですね……あなたは? 一年生?」
「……ごめんなさい……」
それだけは聞こえた。聞き慣れない、か細い声で。
というのは、虎が起き上がった時には、もう彼女の姿は、そこに無かったのだ。
「あれ? いなくなったのか?」
「はい……」
「せめて俺に向かってちゃんと謝ってほしかったな。まあ、擦り傷くらいだから、謝罪されすぎても困るけど。本当に鼻血出て無くてよかったぜ。ん……市花?」
気のせいだろうか、市花の体が小刻みに震えている。
「……な、何でもありませんよ。この時間に、私たち以外が校舎にいるのが不思議だと……そう思っただけです」
「そういや、そうだな」
廊下を左右見てみるが、どこにも人影は無かった。
「足早いんだな、さっきの子」
「早いといいますか……、一瞬で目の前から消えました」
「黄色だったのか? 声違うように思えたけど」
「あの子ではありません。声だけでなく、髪型も違いました」
断言する市花。
「姿を消せる、別の能力者がいるってことか?」
「わかりません……私も今自分が見たものが信じられない気分です」
この言も、そうであるが、ライトに照らし出される市花の表情も、いつになく戸惑いを見せている。
あの常に冷静な市花が、目の前で姿を消されただけで、こんな状態になるとは思えない。
「なあ……何かあるのか?」
「見間違いかもしれませんので、今はやめておきます。とにかく、中庭へ向かいましょう」
ここは市花に従うことにした。
二人で学年棟から出て、そのまま中庭に足を踏み入れる。
「あっちだよな……あ……」
ライトを手にもつ、二つの人影。
波瑠と木下先生であることはすぐにわかった。
虎と市花は、急いで駆け寄る。
「波瑠先輩! 木下先生!」
叫ぶ虎の声に、二人ともふり向いた。
「秋山と、浅井か、ご苦労だった」
「波瑠先輩すみません……遅くなってしまって」
「気にするな、こちらこそ、合流できなくて済まなかった」
「何かあったんですか?」
「見回っていたら、怪しい人影を見かけてな、秀と一緒に追いかけたんだが、取り逃がした。何と言ったらいいのかわからないが、そうだな、目の前で消えた感じだ」
「消えた?」
虎の頭に、さっき市花から聞いた話が浮かぶ。
「ジャージの色から一年女子だとは思うんだがな、失敗だった。どこかに隠れたのかもしれないと、特別棟をくまなく探索していたら、ドサッと音がするだろ、窓から外を見ると、確かに地面に人影が横たわっていたんだ。さすがの私もアレには驚いたな……」
いつもよりも口調が早い、これは彼女なりの焦りや恐怖を現しているのかも知れない。これで済んでいるのが流石の波瑠である。
自分がそんな状況を見たら、とりあえず叫んでしまうだろう。
そんなことを考えていた虎は、足元を見て驚いた!
地面が……青く光っている……?
「な、なんですかこれ?」
「ルミノール反応さ」
木下先生が、手に持つボトルを虎に見せた。
ライトの光が彼の眼鏡に反射してキラリと輝く。
「ルミノール反応って、何ですか?」
「秋山、お前というやつは犯罪捜査のイロハも知らないのかっ!」
「北条、普通は知らないと思うから、そこまでにしてあげてくれないか」
「し、
珍しくあっさり引き下がる波瑠。
彼女が木下のことを尊敬しているというのは本当らしい。
「要は、血液であるかどうかの検査だ。このルミノール溶液をかけて、青白く発光したら、血だってことになる。化学の
「で、でも、ということは……先生……」
「そうだな、あまり近寄らない方がいい。見るもんじゃない。まあ見たところで死体があるわけじゃないから、拍子抜けではあるんだが」
「私と秀が来たときには、もう彼女の姿は無かったんだよ、秋山」
「そんなことって……」
ふと、不思議に思って脇を見る。
市花にしては静かすぎるのだ。
彼女が泣きそうな顔をしていたのは気のせいなのだろうか。
そんな感じがして、その時は、何も聞けなかった。
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