第175話 お金は気にしなくて良い
「ヤチに操られていたら、ここには入って来れません。だから、先輩は合格です」
なるほど、許可されないからか。
「でも私は信じてました」
「えっ?」
「これまで幾つも道を戻り、巡ってきましたが、秋山先輩がヤチに操られたことはないんです。ひょっとすると『
「お前……まさか……」
「はい、私はヤチと戦い勝利する道を求めて、何度も、何度もやり直ししています」
これで理解できた。
彼女が何でも知っている理由が。
先の展開が、彼女の言ったとおりになるその訳が。
「
「いいんです。こうして今は私のこと受け入れてくださっていますし」
「それで、今回は上手くいきそうなのか?」
「
確かに彼女が導いてくれず、松莉にばかり目が向いていたら、ヤチの思うつぼだったろう。
「今確認したところ、北条先輩も穴山先輩もまだ大丈夫でした」
「そうか、良かった……」
「問題は、ここにいない他の五人です。あの様子だと
「
「加えて、ここにいない松莉と
事情を知り、この彼女の顔色の悪さを見て、ようやく事の深刻さが実感できた。
真理奈がずっと訴えていたのは、今まで何度も見てきたことだったのだ。
「ここからどうする。乾を追った方がいいか?」
「姿を隠された細川先輩を追うのは困難ですし、それにヤチに先手をうたれていたら、生駒先輩のご自宅には既に罠が仕掛けられている可能性もあります。危険です」
「そうか……じゃあダメ元で松莉か菊理のところへ行ってみるか?」
「次善の策ではありますが、五分五分の賭けです。十種一人では『
考えたくはないが、生駒先輩、冬美、『
あれ、次善の策……ということは――
「最善の策があるのか?」
「現状最善といったところですが、既に北条先輩に提案し、許可いただきました」
ごくりと唾を飲み込む。
どのような作戦なのだろうか。
あの波瑠先輩が首肯したということは、相当な作戦だ。
松莉の時の解決の鮮やかさを思うと期待が高まる。
「北条先輩のご自宅に籠城します」
「はい?」
「ですから、北条先輩のご自宅に籠城します」
「どういうこと?」
籠城が城に籠もるってことくらいはわかる。
でも、波瑠先輩の家に籠もるというのがわからない。
お城と違って普通の、家なんだろ?
こういった意味を込めたつもりだったのだが――
「言い方が悪かったですかね。北条先輩のご自宅でキョウケン合宿を行います」
「ちょっと待て、ますます分からなくなった。何か楽しそうな雰囲気に一気に変わったぞ。夜に男女で枕投げして、絆が深まっちゃいそうな甘酸っぱいのを感じたぞ」
「秋山先輩、前々から思っていたのですが……先輩は物わかりが本当に悪いですね。そして現実離れした妄想だけは素晴らしいものがありますね。先輩しか男子のいないキョウケンは先輩にとって十分ハーレムだと思うんですが。女子の先輩方割と押せ押せですから、そういうのに憧れるんですか?」
「大きなお世話だ!」
「真面目な話をしますと、北条先輩の家は、霊的な加護を受けています。いわゆる結界が敷かれてあって、おそらくヤチでも易々とは侵入できません」
なるほど、と納得しかけたが、あまりに北条先輩のイメージからかけ離れていることが理解を大いに妨げてきた。
「どういう家なんだよ!? 波瑠先輩何者だ!?」
「波瑠先輩の家系は、陰陽師の大家ですよ? ご存じないんですか?」
知っててあたりまえでしょ、という風にされると寛容になれない。
「知らない、知らないぞ、そんなことっ」
「これだから秋山先輩をいじめるのはやめられません」
彼女のこの台詞ではっきりした。
自分は彼女にもてあそばれたのだと。
何度も繰り返してるのだから、彼女に知られていないことのほうが少ないだろう。
「こらこら、そんなことしてる場合じゃないんだろ」
「秋山先輩、こういう場合だからこそ、心に余裕は必要ですよ」
この台詞……何故か生駒先輩の姿が浮かんだ。
ヤマトタケルとの戦いの時に、似たようなことを言ってくれた。
「そうだったな。さっきの乾のことや、先が見えないヤチとの戦いのことで、ちょっと思い詰め過ぎてたかもしれない、俺」
「特に秋山先輩の十種神宝『
「……どういう意味か、教えてくれるか?」
「『八握剣』は破邪の剣、ヤチの支配から人を開放することができるのです」
「それって責任重大じゃないか」
「秋山先輩なら大丈夫だって私信じてますから」
綺麗な彼女の瞳に吸い込まれそうになり、思わず目を背けてしまった。
「では、そろそろ時間も限界ですから、元の時間に戻りましょう」
……
「小木曽、全員の確認は終わったと思って良いか?」
「はい、ここにいる全員は問題ありません」
「そうか、良かった。そうだと信じてはいてもほっとするな」
波瑠先輩はこの上無く幸せそうに見えた。
今日は敵だの味方だのばかり考えて先輩も精神的に来るものがあったのだろう。
人を疑わなくて良いことは、やはり嬉しいことだ。
「
佐保理も本当幸せそうだった。
文字通り長年の夢がようやく叶ったというような顔。
微妙に表現が違っているような気がするが、これは真理奈が気をきかせて各人の理解がしやすいようにアレンジして説明してるのだろう。
「私、役にたちそうにないですけど本当にご一緒してもいいんですか? 北条先輩」
これは直。
松莉の時と同様に今回も戦いは避けられないだろうし、となるとやはり自分が十種所有者で無いことは気になるのだろう。
波瑠先輩からどんな回答があるのか、ちょっと気になっていたのだが――
「役にたたないということはないだろう。つや様が困るかもしれないしな」
「えーっ、私やっぱりそっちですか!?」
「ああ、これは失言だったか。そういうつもりではないんだ、許してくれ、遠山」
「大丈夫です。私が気を遣わないようにってお考えなのはわかってますから。例え人身御供でも、私頑張ります!」
やれやれ、つや様も酷い言われようだ。
「それで、今日から本当にやるんですか?」
「そうだ。もう既にヤチとの戦いは始まってるからな」
「あの……私着替えを取りに戻りたいんですけど……ダメですか?」
佐保理が恥ずかしそうに言う。
考えてみると、今日一日で終わるわけはないのだから、着替えは必要だ。自分もせめてシャツとパンツだけでも換えたい。
できればワイシャツも。
「それは危険だから許可できない」
「そんな……」
「だから、これから皆で一緒にショッピングモールに買いに行こう。食料も買い出ししなければならないしな」
「えっ!?」
「お金は気にしなくて良い。実は私はこう見えて結構お金持ちなんだ。私が決めたことだしな。今回は全て出す」
この時ほど波瑠先輩を頼もしいと思ったことは無かった。
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