第176話 どこかで聞いたことあるような
「よし、これで全員必要なものは購入したな」
「「「はーい」」」
これは、ショッピングモールの駐車場での一コマ。
イメージは遠足の引率の先生と、幼稚園児といった感じか。
佐保理のノリに慣れている
真理奈に聞いてしまった彼女自身の真実を思うと、彼女を見る度に色々考えてしまうが、こうして少しでも今の時を楽しんでくれていると思えば、少し気が楽になる。
衣類と食料品を買い込んで、今は木下先生の車に積み込んでいるところ。
木下先生の車はワンボックスカーなので生徒五人が余裕で乗れる。
この車種は何でも歴史仲間と学会に行ったり、地方の史跡巡りをするのに都合が良いかららしい。
先生には申し訳ないけど今回の買い出しにも都合が良かった。
休日は先生がその手の目的で出かけることが多いため、キョウケンの足はもっぱら
今日は、その政さんが長期出張で不在であり、まさかこのためだけに戻ってきてもらうわけにはゆかず、あれから全員で職員室に行き、木下先生を泣き落とした。
と言っても、もともと協力的な先生なので、ほとんど二つ返事。
急ぎの授業の準備も他の仕事も今日は特に無いからと言う先生。
本当かどうかはわからないけれど、キョウケン部員一同、先生の言葉に甘えさせてもらっている。
必要以上に理由を聞かないでいてくれるのが何よりも有り難い。
北条の家で皆で合宿するなら、家の方の言うことを良く聞いて高校生らしく節度を持って合宿するように、と言われたが、これはそういうことにしておいてくれているのだろう。
今日は車での移動の協力だけで、先生は一緒に泊まらないというのが残念でならない。
このように思いを巡らせていたら、思いも寄らない方向からツッコミが入った。
「秋山、お前だけ返事が無いが何か買い忘れでもあるのか?」
「無いです。ありません」
「本当か? 何だかお前だけやけに買うのが早かったから私は本気で心配しているんだぞ」
真顔で言われた。
それはそうだ。
レジで支払いする波瑠先輩と一緒になることを考えて、見られても困らない下着はどれかと悩んでいたら、いきなりその場に先輩が来るから、もうサイズだけで急ぎ決めてしまった。
レジで会計する際も先輩の目に極力触れないように体で視線を遮りながら必死に頑張った。
後から考えると、政さんというお兄さんがいるから、波瑠先輩は男性の下着なんて見慣れているに違いない。
でも、それでも……とりあえず、今見てもシャツもパンツも枚数とサイズは大丈夫そうだからいいとしよう。
「確認しました。大丈夫です」
「そうか、じゃあ我が家に向かうとしよう。皆、木下先生の車に乗ってくれ」
波瑠先輩の号令一下、後輩達は車に乗る。
助手席に先輩、その後ろに自分と真理奈、最後部は佐保理と直。
車にはいつも最後に乗る自分だけれど、何だか毎回とても配慮を感じてならない。
ドアを締めると、先生が車を発進させた。
それと同時に車の中にBGMが流れる。
「あれ、これどこかで聞いたことあるような……」
後ろから考え込むかのような佐保理の声。
「デスティニー・ドリーミー・ナイトのオープニングだよ、佐保理。
「あー、あの時の!」
実は少し言うのを悩んだ。
彼女の嫌な記憶を思い出させてしまうことにもなりかねないから。
でも、信じることにした。彼女はもう乗り越えていると。
「
佐保理本人に関しては全くの杞憂。
だが……
「
窓の外を見ながらため息をついている。
「すみません、穴山先輩。私が先輩方に状況の説明を先にしていれば、乾先輩は……」
「ああっ、こっちこそごめん。マリリンちゃんは悪くないよ。あの時、切り札だって言われて私も調子にのってたし」
自分の発言の意味にようやく気がついたらしい。
これはフォローしておかなければと自分も思ってしまった。
「そうだぞ、真理奈。もう、済んだことだし、きっと乾だって今頃家で言い過ぎたって思ってるさ」
「お二人とも……ありがとうございます」
「この戦いが落ち着いたら、また音楽室で弾いてもらうってのもいいかもな」
「ダーリン、それは名案かも」
「私も参加させて。細川さんのピアノ聞いたことないから聞いてみたいな」
最後には直も参加。
助手席の波瑠先輩も聞いてみたいというので、後日、キョウケン、もしかしたら生徒会メンバーに、
そのためには、今日からの戦いは負けられない。
車内の皆そう思っていたと、思う。
夏とはいえど、ショッピングモールでの買い物に時間はかかったのもあり、既に夕方というよりは、夜に近い。
ショッピングセンターのある辺りはこの市でも
そして灯りは少なくなる。
窓から見えるのどかな田園風景は少し寂しさを感じさせた。
それは、これからの戦いの予兆だったのかもしれない。
忍び寄る陰鬱なものを確かに感じていた。
「よし、女子は全員自分の着替えを確認して持って行ってくれ。秋山はすまないが自分自身の荷物に加えて、食料も頼む」
田園地帯の中にある、少し古めかしい屋敷といった建物。
あれが波瑠先輩の自宅らしかった。
田んぼの隙間の様なところにつくられた舗装はされていない駐車場。
止められた車から一同降りて、波瑠先輩の指示に従う。
ここは男の見せ所と張り切ったが、やはり全部は無理で、結局木下先生に手伝ってもらうことになった。
初めての波瑠先輩の家の敷居をドキドキしながら跨いだわけだが、中に入ってすぐに、何というか落ち着いてしまった。
趣があるというか、歴史が感じられるというか。
真理奈からは結界と聞いていたが、家自体に何かの効果があるのだろうか。
綺麗に磨かれた廊下の床板、埃一つなさそうな下駄箱。
何一つとってもここに住んでいる人の人柄が浮かんでくるようだった。
「皆の荷物は、そうだな奥の御座敷にまず置いてくれ、秋山と木下先生は申し訳ないけど、食料を台所に」
波瑠先輩に従い台所まで荷物を運ぶ。
「おおっ、ここは現代風なんですね」
廊下と台所を隔てる障子を開けた途端、時代が変わったように感じて思わず言ってしまった。
直の家やウチと変わらない、台所というよりはキッチンというのが相応しい
「秋山、お前は私の家を何だと思ってるんだ」
「玄関からここまで御屋敷って感じだったんで、びっくりしたんですよ。囲炉裏とか時代劇に出てくるみたいな釜とか想像してました」
「おばあちゃんが現役の頃はそうだったらしいけど、さすがに不便だしリノベーションしたそうなんだ。でもな、自動食器洗浄機とかはないんだぞ」
「それはどうしてです?」
「『文明を適度に使うのはいいが、必ず体を使え』っておばあちゃんに言われたんだ。おばあちゃんはもうここにはいないけど、何となく守っちゃうんだよな。まあ、私は機械を必要とする程忙しいわけでもないから、贅沢は言えない」
この家に来て感じたこと、流れる何かの謎が解けたように思った。
それは、波瑠先輩の尊敬する『おばあちゃん』が残した物。
波瑠先輩に受け継がれた魂なのだろう。
「先輩のお祖母さん、陰陽師だったんですか」
「
「先輩と同じ名前なんですか?」
「同じというか私の名前はおばあちゃんから貰ったものだからな」
「じゃあ、先輩も術みたいなの使えたりするんですか!?」
「陰陽師を襲名したわけじゃないんだ。術、鬼道って言うんだが、おばあちゃんは私には一切鬼道は教えてくれなかったんだよ。鍛えてやる時間は無いし何より嫁入り道具にはいらない、って言ってな。全く男女差別だ」
「あははは。でも、なるほど、考えてみると戦う時はいつも合気道でしたね」
「ああ、合気道は教えてくれたんだ。元々私の体は……素養がある、素養があったらしいから、それはもう鍛えられて身についたわけだ」
ふと思う。
陰陽師だという先輩のお祖母さんは、今の事態を想定していたのだろうか?
「よし、では、私は皆をもてなす準備をしておくから、一足先に戻っていてくれ」
波瑠先輩のこの一言で、尋ねる機会を失ってしまった。
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