第41話 再会
「ふっふっふー、ダーリン、今日は私の勝ちだね」
一日の最後の授業が終わり、虎が教室から廊下に出ると、佐保理が待ちかねたといった様子で、そこにいた。
「今日はそっちのクラスが先だったか、無念だ」
あわせて悔しがる虎に、彼女はとても嬉しそうな顔。
先に終わった方が、別のクラスの前で待つ。
これは、佐保理が入部してからの、彼らキョウケン二年生での暗黙の了解となっていた。
当初は佐保理への配慮があったのも事実ではあるが、最近は、気にならなくなってきている。
虎達が先に待っている間に、ふと教室をのぞくと、そこでは佐保理が、委員長の斉藤や、他の女子、時には男子と会話しているのが見えることが多くなっているのだ。
見つかりそうになって危ないと首を引っ込めつつ、隣の直がひそかにガッツポーズをしているのを虎は見逃さなかった。
部室では、虎を挟んで対立することが多い二人なのに、まったく女子って難しい、と虎は考える。
「あれ、直ちゃんは?」
いつも一緒にいる直が珍しく不在なのに気がついたらしい。
「ああ、今日は委員会の仕事があるとかで、それが終わってから行くって言ってた」
虎のこの言葉に、佐保理の瞳が不穏に輝いた。
「チャーンス!」
「おいおい、何が何だかわからないけど、お手柔らかにお願いしますよ、お嬢さん」
「ふつつかものですが、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
おじぎをする。
「何を二人で、しかも廊下で、お見合もどきしているのですか。ひょっとして結婚もどき、夫婦もどきですか? そういうことは、可能であれば、北条先輩と直がいる前で、キョウケンの部室でやっていただかないと、私が楽しめませんよ。困ります」
教室から出てきたばかりの市花が、横からツッコミなのか、何なのかよくわからない言葉を二人に投げかけた。
そうだった、ここではクラスの視線もあるのだった、と虎は恥ずかしく思い、反射的に縮こまる。
「大丈夫、ダーリン、責任はとるから!」
漢らしい台詞を、女の子の方から言われてしまったのだった。
「秋山くんは、将来絶対女性のお尻に敷かれるタイプとして有望ですよね、楽しみにしていますよ、うんうん」
市花は言うことは辛辣であるが、腕を組んで頷く表情はとても感慨深そうだ。
虎のことを、褒めているのかけなしているのか、全くわからない。
「と、とりあえず、部室にいこうぜ」
二人に降参した彼には、もう、この一言しか言えなかった。
キョウケン部室、すなわち社会科準備室のある特別棟に行くためには、教室のある学年棟と、特別棟をつなぐ渡り廊下経由となる。
この渡り廊下は、一階から三階まで、それぞれを結ぶものが存在するが、三階は屋根がなく、一階は壁がない、そのため天候の悪い日にはどの学年の生徒も二階の通路を通るのが通例となっていた。
誰しも、傘を刺したりは面倒なのである。
その二階の渡り廊下のところで、佐保理が、突然前を歩いている人物を指さした。
「ダーリンあの人、どこかで見た気がしない?」
その先を見ると、肩越しの長さの、綺麗なストレートの黒髪の女子生徒の後ろ姿。
右肩には何やら黒く細長い袋を背負っている。
長さ1メートル以上はありそうだ。何が入っているのだろう。
どこかで見たような気もするが、思い出せない、どこでだっただろうか?
「思い出した! ほら、あの山で出会ったあの子だよ」
「あ!」
ようやく合点がいった。
「なるほど、あの方が十種の能力者というわけですね」
市花も含め納得している間に、対象の彼女は特別棟側に辿り着いた。
「面識のある俺と佐保理でアタックしてみるから、市花は先輩にこのこと伝えてくれないか」
「わかりました。ご武運を祈ります」
「まかせてー、ダーリンと私のゴールデンコンビは伊達じゃないから! あ、カップルでお願いします、カップル!」
「何だか、私のいつものポジションを、取られてしまった気がしますね……なかなかやります、穴山さん」
流石の市花もこれにはやや苦笑い気味だった。
手を振る彼女を残し、二人は先ほどの女子の後を追いかける。
「ちょっと、そこの君、待って、待ってくれ」
階段の踊り場で、呼びかけに反応して振り返った黒髪の彼女は、やはりあの時の少女だった。
「おや、貴方がたは……同じ学校だったのですね」
気が付いてニコリとする。
曇り一つ無い笑顔は、再会を祝してくれているように思えた。
それもあって、虎はためらいなく、言ってしまったのだ。
「あの、君は、もしかしてなんだけど、呪われた力とか、もってない?」
「ダーリン、私思うんだけど、いつも突然すぎるよ」
珍しい佐保理からのツッコミに心奪われ、そうだろうか? と一瞬過去を振り返る。
あの屋上に、階段での再会。
なるほど、彼女に対しては多かったかも知れない。
半分以上波瑠先輩のせいではあるが、そう思われても仕方がないか。
おっといけない、今は目前のこの子に聞いているのだった。
そんな虎の心の中は知るよしもなく、黒髪の彼女は、首をかしげて言うのだ。
「呪われた……力? 何のことですか?」
それは優雅な所作で、あの佐保理の「格好いい」という評価が虎にもわかった気はしたのだが、そういう問題ではなかった。
彼女は、とぼけているのか?
それにしては心が平静過ぎるように見える。
彼女と自分たちで、力についての認識が違う、ということだろうか?
そのあたりを聞いてみようと、虎は続ける。
「湖のところで、蛇から助けてくれただろ、あの力のことなんだけど」
「なるほど、
今度は涼やかな顔の中にも、少し憂いが見え隠れしている。
「清姫? お姫様なの?」
佐保理は佐保理で、遠慮がない。
清姫、たしかに、動物と語らう能力や解毒する能力とは結びつかない言葉だ。
聞きたくなるのはわかる。
だが、かのフレンドリーそうで優雅な大和撫子をしても、まだ出会ってばかりなのだ。そこは考慮すべきだった。
「私の個人的な感情ですが、そこには触れられたくないのです。お引き取りください」
踏み込んではいけないところだったらしい。
しかし、こっちにも譲れないところがある。
「そうも、いかないんだ。俺の命がかかっている」
彼女は、じっと虎の目を見つめる。
「その目は、嘘の無い目……どうやら本当のようですね。それは穏やかではありません。しかし、私の側にも譲れない理由があります。きっと、理解されないこと、ですから」
黒髪の彼女はとても悲しそうな目をしていた。
やはり呪われた能力なのだろう。
何か、どうしても明らかにしたくない理由がそこにあるらしい。
互いに譲れない。
どうしようもない平行線。
虎が日を改めようかと思った、その時
「理解されないなんて、言わないで!」
佐保理が目に涙を浮かべ、訴えた。
そのまま泣きじゃくる。
虎は、突然のことに動けなかった。
黒髪の彼女は何を思ったのか、つっと近づいて、佐保理の頭を胸に抱くと、そのまま優しく、ゆっくりとゆっくりと髪を撫で始めた。
「貴女は本当に優しいのですね」
「うっ、うっ、ご、ごめんなさい、私……でも悲しいし」
そのまましばらく、佐保理が泣き止むまで、彼女はそうしていた。
虎はもう、彼女達の脇で、見守ることしかできない。
そして、佐保理がそろそろ落ち着いたかという頃、思い出したかのように黒髪の彼女は言ったのだ。
「気はすすみませんが、彼女に免じて、貴方にチャンスを」
「チャンス?」
「私との勝負に勝てたら、貴方に協力します」
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