第40話 呪い
「つまりお前達は
虎と佐保理は林から出たところで、他のキョウケンメンバーと合流することができた。
彼女らも、虎の行方を探していたらしい。
今は、波瑠に、一部始終について報告をしているところだ。
「そうなります」
「いい人でしたよ。私のこと『優しい』って褒めてくれました」
「そ、そうか、良かったな、穴山。まあ、今回は秋山が既に蛇に襲われていた不可抗力だし、十種の力を使ってしまったのはやむを得ない。むしろ、『辺津鏡』で自分で願い描いたものを作り出し、そして自分で消すことができたのは素晴らしいことだ」
やはり、あのマングースは、佐保理が作り出したものだったのだ。
それも一体や二体ではなく、しかも本物のマングースのように、蛇と互角に渡り合っていた。
考えてみると、特別棟の裏でのあの戦いでは、自分の作り出した無数の沖田総司を操っていたのだ。
人でも獣でも生み出し、自分の思いのままに操ることができる。
彼女の呪いの力というのは底が知れない。
「先輩に注意されていたので、なるべく何も願ったり祈ったりしないように我慢していたんですけど、今回はもう我慢できなくて……ごめんなさい」
「それで正解だ。人を救うのに使わずして何の十種か。呪われた力とはいえ、お前の力だ。私が前に伝えたことを、理解してくれていれば、それでいい」
「はい!」
佐保理が喜んだ顔で頷いている。
虎はこの時気がついた。
波瑠は佐保理に十種の使い方の手ほどきをしていたのだ。
そして、自分は何も受けていない事を思い、寂しい気分になった。
やはり、自分のもの、ではないからだろうか。
心の中にモヤモヤするものを抱えて、彼がひとり押し黙っている中、話は続いてゆく。
「しかし、そうなると、おそらくその女性が十種に呪われし者の可能性が高いな」
「蛇を説得できる時点で、ただ者ではありませんね。今まで蛇と戦ってきた私的には恐ろしいとしか言いようがありません。復讐されてしまうのでしょうか、ぶるる」
波瑠の推論に、市花が珍しく真面目な顔をして応える。
その言っている内容は、相変わらず、ではあるが。
「蛇の毒に侵された秋山を復活させているのを考えても、そうだな」
「どういう能力なんでしょう?」
直がわからないという顔で疑問を投げかける。
蛇の説得に、毒の中和、確かにこの二つは両立が難しい様に、虎にも思えた。
「まだ一般化はできないが、状況から推測するに、動物の気持ちが分かる。操ることができる。そんなところだろうな。毒の中和ができるとすると、動物の能力も使うことができるのかもしれない」
「毒の中和が動物の能力なんですか?」
それは医療技術の領域なのでは、と直が再び疑問を呈する。
今日の彼女はいつもより積極的だなと、虎はふと思った。
「例えば、蛇は自身の毒に対する抵抗成分を血液中に持っているし、蛇以外でも、アメリカやカナダに分布しているキタオポッサムという見た目大きなネズミな動物が、蛇の毒への耐性を持っていたりする。それを、何らかの方法で秋山に与えた、とかな。あくまで、全て仮説ではあるが」
「なるほど、全て動物の能力で説明がつくというのはわかりました」
直が頷いている。
波瑠先輩の博識は、やはりキョウケン随一だ。
虎はそう感嘆しつつ、自分が蛇毒で感覚および意識を半ば失っていたときに、あの彼女に何をされたのか覚えてない事実に対し、薄ら寒いものを感じた。
佐保理も言われたとおりに素直に後ろを向いていたとのことで、真実はわからない。
自分は一体、あの時、何をされたのだろう。
「さっきからずっと黙ってるけど、とら、体、大丈夫? 先輩の説明聞いてるうちに、私は大丈夫かなって思えてきたんだけど、私が安心しても仕方ないし」
急にこっちを向いて直が言った。
「え?」
突然だった上に、考え込んでいたこともあり、虎はこんな反応しかできない。
「だって何されたのかわからないんだよ。もー、自分の体なんだから、もっと大事にしてよ。私の気もしらないで……」
考えてはいた。
それも自分のことだけを。
虎はとても恥ずかしくなった。
なるほど、彼女は自分のことが心配で、あんなに先輩と一緒になって考えてくれていたのだ。
……
自然とその気持ちは、虎の口をついて出ていた。
「ありがとな、直」
「あ、ええっと、余計なこと言っちゃったかな。そ、そうだ、先輩、これって、例の『戻す』能力とも関係があるんでしょうか?」
虎の感謝の言葉に照れたのか、それとも真っ直ぐに向けられた視線の扱いに困ったのか、あたふたしながら、直が波瑠に向かって尋ねる。
虎がすっかり忘れていた事柄を。
一見というか、完全に、何かを誤魔化すためではあるのだろうが、その状態であっても、この辺りの要点を思い出せるのは、直の凄いところだろう。
波瑠は、この二人の有様を好ましいものに思ったのか、微笑みを浮かべながら、それに応える。
「そこなんだよな。毒の中和の観点で考えると、元に戻している、とも言える。蛇を説得したのではなく、元の居場所に帰したのであれば、それも『戻す』ことになるだろう」
「ああ、でも、あの時保健室にいた女の子とは違いましたよ。今日あった子はなんていうか、もっと、そう格好いい感じでした」
他のメンバーのやりとりをじっと見守っていた佐保理が思い出したかのように言った一言。
あまりの核心に、他の一同の動きは、その刹那、完全に止められた。
直後、最初に動くことができたのは、やはり波瑠だった。
「穴山、そういうことは最初に言ってくれ、頼む。お前にしかわからないことなんだからな……ま、まあ、これで十種の所有者が別に二名いるとわかったのは良いこと、だがな」
「ご、ごめんなさい。そういえばそうでした」
反省している。
しかし、格好いい、とは佐保理らしい表現だ。
虎の記憶に残るあの彼女は、姿も所作も女性らしい、言わば大和撫子的な印象であったのだが、洗練されている有様は、女の子から見ると格好良いものなのかもしれない。
「キョウケン関係者の三つと合わせて、合計五つ。十種のうち半分まで来たってことですね。良かったですね、秋山くん」
市花が指折り数えてニコリと笑う。
「問題は、所有者である彼女達が協力してくれるか、だがな。おっと、秋山言い方が悪かったらすまない」
「構いません、先輩。そのとおりだと思いますから」
そうなのだ。
十種の所有者が全員、波瑠や佐保理のように、快く神宝を提供してくれるとは限らない。
こうして、今回のことで様々考えてみても、神のアイテムによりもたらされるだけあって、呪われた力とは計り知れない力。
それを手放したくない人間だっている可能性はある。
そもそも、波瑠も佐保理も虎に味方してくれるのが不思議ではある。
未来を見られる力に、願った物を現実に作り出す力。
波瑠は呪いというけれど、これだけ考えれば、普通に便利な異能にも思える。
あの時自分だけに見せてくれた、後悔の表情。
波瑠の力は確定した未来を見てしまうだけに、それが悲しい未来だったらと考えると、確かに呪いなのかもしれない。
佐保理にも、そんなことがあるのだろうか?
虎は、彼女をじっと見る。
それに気づいた彼女は、一瞬悩んだ顔をした後、元気づける必要を感じたのか、精一杯の気合いを込めて言うのだった。
「大丈夫よ、ダーリン。私も一緒にあの子にお願いするから」
しかし、その願いは――
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