第150話 源晴子4 分け御霊

「俺と貴子たかこは、十二天将、まあお前達人間の言う神様だと思ってくれて良い」


「神様だったの!?」


 貴子さんが微笑みながら頷いてくれる。


 式神、と自分のことを言っていたから鈍感な私でも薄々は彼が人間ではないことに気がついてはいた。

 しかし、こう真っ正面から神様だと言われると、中身は一般人の私としてはこの反応になってしまうのだ。


「ああ、俺たちは本来こことは次元の違うところにいる。主のような陰陽師に術式をもって召喚されることで、分け御霊みたまとしてこの人界に定義される、だから式神っていう」


 スケールの大きな話になってきた。

 しかし、私は話の内容そのものよりも彼の語りに出てきた言葉に心を奪われる。


「『分け御霊みたま』って何?」


 ヤチが口にしていた言葉。

 あの言葉の本当の意味を知りたい。


「変なとこに食いつくのな、お前」


大牙たいが、いじわるしないで教えてあげなさいよ」


「へいへいわかりましたよ。『分け御霊みたま』っていうのは、簡単にいうと神の力の一部を分けたものだ。今ここにいる俺たちは神そのものではなく本体は別のところにいる」


 まだ、私の顔に浮かぶ、わからなさに気がついたのか、彼はこの後もう少し詳しく説明してくれた。


 要約するとこうだ。


 神がそのまま人の世に降りるには多大なエネルギーを要する。

 それにもし、神がそのまま降りて力を振るったのなら恐らく人の世は崩壊する。


 だがそれでは神の力の恩恵を人は受けることができない。

 神もその力をこの地で安心して振るうことはできない。


 そこで神と人は考えた。

 神の力の一部を分けて降ろすことを。


 御神体ごしんたいと呼ばれる媒介物に神の力の一部を降ろす。

 これならば、ある程度の霊力があれば神降ろしが可能であり。

 かつ、神の力を安定して行使することができる。


 御神体は、山であったり石であったり刀などの人工物であったりと様々ではあるが、いずれも降ろす神との縁がある代物。


 御神体を主に地に根付かせたものが神社であり、その地や訪れた者に霊的な恩恵を与える。各地に同じ神を祀る神社があるのは、分け御霊みたまによるものだと思えば理解しやすい。


 また、分け御霊みたまを御神体の代わりとなる触媒に降ろしたものが式神であり、人の身ながら術式によりそれを成す者を陰陽師という。


 その式神の中でも、大牙や貴子さんのような十二天将は群を抜いた存在であり、主のまさしさんはハイレベルの陰陽師なのだと、彼は誇らしげな顔をしながら最後に付け加えていた。



「ねえ、『分け御霊みたま』って、その術式とか分かれば、簡単に作れるものなの?」


「簡単には作れない。人間であれば修行を積んだ陰陽師や神官でなければ無理な領域だ。神自身ならそりゃ可能だろうが、この世界でそれを行うには別に条件が必要となる」


「条件、どんな、教えて」


「神の本体がこの世界に存在することさ」


 では、あの少女のようなヤチは神様。


 彼女が神だというのなら、洞窟で皆の記憶を消したり、私をこの体で生き返らせることができたのも全て説明がつく。


 しかし、あの洞窟のことからのことを思うと薄ら寒い心地がする。

 最初は恐れを抱いたものの、終始和やかな印象であったため、すっかり忘れていたが、彼女の目的は何なのだろう。


 『いずれ来る日』

 『十種を預ける』


 関係しそうな言葉で覚えているのはこのくらい。


 事故で一度死んだ私を、おそらく分け御霊の力全てを使って生き返らせたくらいだから、彼女が十種とくさ神子みことしての私を必要としているくらいはわかる。わかるのだが――


 いずれ来る日には、何が待ち受けているのだろう。



「何考え込んでるんだ、お前?」


 いけない、大牙と話し中だった。


 そうだ、彼は今日『絶対予言』について話した時、十種神宝とくさのかんだからのことを知っていそうな口ぶりだった。


 彼にはほぼ話している。そして信じて貰えている。

 私の心は決まった。


「今日あなたに話したこと、覚えてると思うけれど、私を『沖津鏡おきつかがみ』に呪わせたあの子、ヤチは神様で、私を晴子の体で生き返らせたのはその『分け御霊みたま』みたいだって、今の説明で考えてたの」


「そうか、話に出てきたヤチは神なのか。しかし、だとすると厄介だな」


「厄介? どうして?」


「お前に聞いた話だと、その神は、十種神宝とくさのかんだからを使って何かを企んでいる」


「企んでいる? でも、十種の力は神子に与えられるものみたいだから、ヤチに良いことがあると思えないんだけど」


 これが最大の謎だったのだ。

 最初はアニメや漫画に出てくる魔法少女のように、身につけた力で何かと戦わされる、もしくは何か使命を与えられると思っていたのに完全放置。

 神子みこの私が死ぬと困るということだが、彼女にとってのメリットは何なのか見当も付かない。


「十種神宝は、十揃えて儀式を行うことでその効果を発揮する。そして、その儀式を行うには、十種に呪われた十人の神子が必要」


「じゃあ、私が生かされたのは……」


「儀式の時までにいなくなられると困るからだろうな。神子は十種自身によって選ばれる言わば適合者。こればかりは神でもどうすることもできない」


「効果って……何なの?」


「神の力を行使できる。人間から見たら奇跡みたいなことが思いのままにできるって考えて良い」


「でも、神が神の力を欲するって不思議なんだけど」


「力の程度が違うんだ。十種神宝の儀式による奇跡はかなりの上位の神の力、ヤチという神がどの程度の神かはわからないが、神であってもその力を欲することに不思議は無い」


「ヤチは何を望んでるんだろう」


「そこよね。大牙と話して、もうわかってるとおもうけど神も性格いろいろ善悪いろいろなのよ。私利私欲はあって普通」


 ここで急に貴子さんが割り込んできた。


「どーいう意味だよ」


「あんたお人好しだからね。この子が神はみんなあんたみたいなのだって勘違いするといけないから、言っただけ」


「こらこら、何言ってるんだよ」


 赤くなってる大牙。

 貴子さんの言うとおり、どうやら大牙は神様の中でも素直な良い子なのだろう。

 ちょっとだけ格好良いかもって思ってた、あの荒々しい虎のイメージ完全に無くなったよ、ごめん。


「晴子ちゃんでいいかしら?」


「晴子でお願います。私、晴子じゃないとダメですから。でも、どうして……?」


「変に思ったかしら。ごめんなさいね、私達は、主を介して情報を共有しているの。あなたが大牙に話したこと全部知っているのよ。その体、この名前があなたのものでは無いということも」


 この言葉に、全力で大牙との会話の記憶を探る私。

 うん、大丈夫、変なこと……エッチがどうのくらいしか言ってない、多分。


「では、晴子ちゃん、あなたは十種神宝の神子。いつか十種神宝の神子が揃ったとき、そのヤチという神は再びあなたの前に現れるはず。その時が来たら、私達が力になるわよ」


 彼女の隣の大牙も頷いてくれた。


「貴子さん? あなたたちは一体」


「そうね、お話してなかった。わかりやすくいうと私達は、まよがみ退治のプロなのよ」


「迷い神?」


 屋上で鬼に向かって大牙が言っていた言葉だ。


「この世は楽しいことばかりじゃない。辛いこと、悲しいことが沢山あるでしょ。人のマイナスの感情、それは目には見えないけれど、行き場の無いもの、澱みとして溜まるの。溜まった澱みから産まれるのが迷い神。神としては低級だから、悪霊に近いことが多いけれど、溜まり具合によってはなかなか手強かったりするのよ」


「そっか、あの屋上は……」


「晴子の考えてるとおりだ、あそこには澱みが溜まりつつあったから、俺が行かされてたんだよ」


「私のせい……なの? 私が澱み?」


「あの時言ったこと気にしてたのか?」


「それは……気になるわよ」


「お前は十種神宝の神子だから、霊力が強いんだよ。迷い神は霊力の強さに引き寄せられる。そういうことだ。だからお前は澱みそのものじゃない。わかったか」


 そこまで言うと、大牙は私の頭をごしごしという強さで撫でた。

 私は、その優しさに……負けた。


「ちょっと、大牙、晴子ちゃん泣いてるじゃない」


「何? 晴子、今のどこに無く要素があるんだよ。喜ぶとこじゃないのか」


 泣きながら、賑やかに騒ぐ二人の横で、マスターが口元を綻ばせているのに私は気付いた。

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