第149話 源晴子3 白虎
「出たな
彼の体全体から突然白い光が放たれる。
眩しさに耐えられず、私は手で顔を覆った。
光が収まったのを感じて手をどけると、そこには、
「と、虎!?」
白い虎は、大きくジャンプすると天空から鬼に襲いかかる。
首につきたてられる黄金の牙。
鬼は苦しそうに体を振るが、虎は離れない。
やがて、抵抗する力を失った巨体が倒れ、そして、光の雫となり消えていった。
「え、えっ!?」
虎は、一部始終を見ていた私の方へタタッと駆け寄ってきた。
私は思わず言ってしまう。
「た、食べないでっ!」
『食べるかよっ!』
あの声が脳に直接響いてきた。私を安心させるあの声。
「あれ……もしかして大牙?」
『そうだ大牙だよ……本当は
この時ふと私は思いつく。
「ひょっとしてあなたの名前って虎、タイガーだから?」
『悪かったな、俺がつけたわけじゃないぞ』
虎の姿のまますねている。
何だか可愛くなってしまった。
「じゃあ誰がつけたのよ」
『
「主?」
その時代がかった言葉に思わず聞き返してしまった。
『俺を召喚した陰陽師の主。見て分からないのか? 俺は式神だ』
「ごめんわかんない。式神って何? さっき十二天将とか言ってたけど、そんなこと言われてもわかんないよ」
『あーもういいや、この姿の意味無さそうだし戻る』
虎の周りが蜃気楼のようにたゆたい、ゆがむと小さくなってゆき、次の瞬間には元の姿の大牙がそこにいた。
「この方がいいだろう」
「うん、話しやすいかも」
「しかし、お前、虎が俺でも動じないのな」
「今まで、いろいろありすぎたから、慣れちゃってるのかも」
「あ、す、すまん」
本当に申し訳ないという顔。
「謝らないで、大牙。それよりも、さっきの鬼のこと、あなたのこと、色々教えて欲しいんだけど」
「それは、ちょっと長くなるし、あまり表で話す内容でも無いから、別の場所で話してもいいか?」
「別の場所?」
「主のところだ」
……
放課後、私が待ち合わせ場所に指定された校門前にゆくと、もう彼はそこで待っていた。
「ごめん、掃除当番でちょっと遅くなった」
「気にすんな、じゃあいくぞ」
「場所は、教えてくれないの?」
「どこに目があるかわからないからな、だがそろそろいいかもしれん」
「えっ!?」
「晴子、俺の目を見ろ」
この時の、彼の目は普通の人間と少し違っていた。
黒目が縦に細長い、まるで猫のような瞳孔。
あれ……何だか……眠いような……・
……
「おーい晴子、そろそろ起きてくれ!」
大牙の声に私は意識をとりもどす。
最初に見えたのは、ヤレヤレという表情の彼の顔。
「大牙? あれ……ここ……」
周りを見回す。
目の前には棚があり、ティーカップやコップが並んでいる。
見渡すと、後ろには小さな可愛い丸いテーブルがいくつか並んでいた。
どうやらここは喫茶店。
そして今私はカウンター席に座っていると思われる。
今は私と大牙以外には客はいないようだ。
「いつのまに……」
「やっと起きたか。あまり公にできない場所だからな、術を使わせてもらった」
「術? まさか大牙私が気を失ってる間にエッチなことしてないでしょうね!」
「何でいつもそっちで考えるんだよ、お前は……そりゃ、運んでくるときに体には触れたが、断じて邪なことはしていない。十二天将の名にかけて」
自分から触った事実を報告するくらいだから、彼の言うことは本当なのだろうけれど、私はやっぱり意地悪したくなった。
「本当に~?」
「お前なー、イヤラシいことを考えるやつがイヤラシいんだぞ」
「小学生みたいなこと言わないでよ、もう。それにしてもどうして喫茶店なの?」
「それは……」
「……!」
途中で彼が口ごもった理由がわかった。
いつの間にか目の前、カウンターの向こうに、ワイシャツにベストを着た背の高い男性の姿があった。
察するにこの喫茶店のマスターといったところか。
短髪に整った顔立ちだったが、私を驚かせたのは、どうみても彼がオジサンには見えないことだった。
私の勝手なイメージではあるが、喫茶店のマスターといえばナイスミドルなオジサンだ。
なのに、彼は、下手をすると大学生と言われても通用してしまいそうな外見。
「紹介する、俺の主にして、この喫茶店マスターの
「あ、よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる私。
大牙に紹介された彼も微笑みながら、会釈してくれた。
しかし、ここで私は違和感を感じる。
「もしかしてマスターさん……」
言いかけて止める。
もしそうであれば、失礼にあたるかもしれない。
この私の態度に何かを感じたのだろうか。
マスターは意味ありげに大牙に目配せする。
大牙は彼に頷くと、私に向かってこう言った。
「晴子、すまない。主は事情があって自分からは話せないんだ。だから俺が代わりにお前と話す」
大牙のこの口ぶりだと、マスターは全く話すことができないというわけでは無いらしい。
恥ずかしがり屋なのだろうと私は勝手に結論づけた。
「それはいいけど……」
ここで私はさらに疑問を抱く。
聞いてしまっていいものか、また悩んだけれど、
それにきっと、こんなに気になること、晴子なら聞くはずだ。
「マスターさんお店はどうしてらっしゃるんですか?」
「それはな……」
「私がいるからだいじょーぶなのよ」
「へっ!?」
後ろのテーブル席の方から声がした。
ふり向くと、そこにはメイド服姿の少女。
年の頃は、私よりも少し上、高校生くらいに見える。
服のせいもあるかもしれないが、可愛い印象。
三つ編みのおさげがそれに拍車をかけている。
「いたのか、
「そりゃいるわよ、私は政の守りの要なんだから」
服装から彼女はおそらくこの喫茶店で働いていて、大牙とは当然知り合いなのだろう。
「そこのお嬢さん、私は
「は、はい、よろしくお願いします。貴子さん」
条件反射で挨拶してしまう。
「もう大体分かったと思うが、こいつ、天乙が愛想の良さを生かしてウェイトレスやってるんだ」
なるほど、だから、マスターさんは無愛想でも問題ないのか。
「ちょっと、大牙。十二天将としての私の名前を連呼しないでよ。そんなにオシオキされたいの?」
貴子さんの背後に一瞬オーラのような揺らぎが見えた気がした。
「おっかないな。わかったよ、貴子」
「分かればよろしい」
あの傲岸不遜な大牙が、大人しく言うことを聞いている。
ここまでの話を聞くと、どうやら貴子さんも十二天将なのはわかったが……。
「あの、十二天将って何ですか?」
「あーそうだったな、本題に入ろう」
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