第148話 源晴子2 ミダス
私の不幸はまだまだ続いた。
母親の葬儀を済ませた後、父親もおかしくなってしまったのだ。
彼にとっては私こそ『悪魔の子』ではなかったのかとは思うが、彼は私にそんなことは一切言わなかった。
娘の晴子の前では優しい父親でいようと努めているかに思えた。
代わりにというわけでもないが、会社に行かなくなり、ギャンブルにのめりこんだ。
ギャンブルといっても、カジノであるとか大層なものではない。
麻雀、パチンコ、競馬、その類だ。
妻という彼にとって恐らく人生で最も大切にしていたものを失った、その穴埋めとしての代償行為というべきものなのだろうか。
私はやはり彼が堕ちて行くのを止めることもできなかった。
堕ちるところまで堕ちてしまった父親。
ここで私はおそらく人生最大のミスを犯した。
今でも後悔している。
あの事故からずっと使わず、封印していた『絶対予言』を使ってしまったのだ。
養ってくれる父親が、この状態。
いずれ貯金も底をつく。
まだ浅はかな小娘である私。
自力で父親含めた家庭環境をどうにかできる訳はない。
どうしようもない状況で、すがるものがあの呪われた能力しかなかった。
『絶対予言』がもたらすのは確定した未来。
私は家で競馬新聞を見る父親を上手く誘導し、女の勘を信じてと言い聞かせて私の指定する馬券を買わせた。
あっという間に億万長者。
母親の匂いの残る家から、もっと大きな家に引っ越した。
私は、あの家を狭くても気に入っており、父親もそうだったはずなのだが、今は昔のことになっていた。
ただ、私が大事にされるのだけはずっと変わらなかった。
彼にとっては最高の金づるどころか打ち出の小槌、価値が増えることこそあれ、減ることがなかっただけだとは思いたくはないが。
悲しい。
人は努力しないで結果が手に入れば努力などしなくなる。
尊大になる。
そして、それは油断につながる。
晴子の父親を本当にダメにしてしまったのは私だ。
でも、もうやめることはできなかった。
……
「よう、晴子。またここにいたのか」
いつもどおり屋上で黄昏れていたら、後ろからあの軽い声。
ふり向くと、想像通り
「いてはだめなの?
「学校の屋上はさ、行き場の無いものが彷徨い溜まるところだからな」
「行き場の無いもの……」
確かにそのとおりだ。
あの事故以来私には行き場が無い。
源家は私の家ではない、母親の死、父親の堕落、私の家にするタイミングを完全に失ってしまったから。
学校も同じ。
義美と晴子のいない新しい学校は、私にとって学校ではなかった。
おそらく晴子の外見のおかげで、転校生の私に皆優しくしてくれているが、どうにもクラスに馴染めない。
友達をつくる気になれないというのもあるが、話しかけてくれる相手を知らず知らずのうちに、二人と比べてしまうのも大きい。
その結果として、扱いづらい美人の烙印を押されたらしく、男女双方からあまり話しかけられなくなった。
そう、屋上に来ているのは、そんな教室の中が耐えられないからだ。
ここまで考えて、ふと私は疑問に思う。
「あなたもそうなの?」
「どうだと思う?」
彼はニヤリと笑う。
「質問に質問で返すの、ずるいよ」
「お前をからかうの面白いからな」
「私を、もてあそんだわね!」
あくまでも軽い彼に、私は憤慨する。
「こらこら、人聞きの悪いことゆーな。悪かった悪かったよ。しかし、本当にぎこちないなお前は」
「えっ!?」
「気に障ったら申し訳ないけどさ、自分が美人であるのに慣れてないっていうか、初初しいというか」
彼は私の真実を見抜いている?
思わず胸を抑えるほどに、動悸が激しくなってきた。
自分ではどうにも、できない。
そんな私の様子を見て、彼はフォローが必要だと思ったらしい。
「いや、その、逆に好感度高いんだぞ。美人をはなにかけてないってことだからな」
彼のこの言葉で、少し楽になる。
考えすぎ、考えすぎと自分に言い聞かせながら深呼吸。
「……怒ってるか?」
何も言わない私に、不安そうな彼の顔。
何か言わなくては、でも何を言えばいいのだろう。
ああこれなんだ、とこの時私は思った。
いつも晴子だったらどう言うだろう、と考えてしまうのだ。
私の中での晴子は美人で、聡明で、強い女の子。
背伸びしては見るものの、元
「……なあ、そろそろ許してくれよ」
彼のこの言葉で現実に引き戻される。
「ごめん」
「何で謝る!? やっぱり俺が悪者っぽいだろ」
「じゃあ許す代わりに教えて……あなたはどうして屋上に来ているの?」
彼は頭を搔きながら、仕方ないか、とつぶやくと、こう続けた。
「行き場の無いものを探してるんだよ」
「……それって私?」
「どうだろうな、それはお前の話を聞いてみないとわからない」
彼のこの言葉に私は悩んだ。
そろそろ一人でいることに耐えかねていたのだ。
しかし、どう話せば理解してもらえるのだろう。
話したところで理解してもらえるのだろうか。
またこの思考のループに陥ってしまう。
「なあ、呪いって何だ? その手袋と関係あるのか?」
「えっ?」
「もうガキじゃあるまいし、普通は呪いなんて言葉は使わない。何かあるんだろ?」
彼は覚えていてくれたのだ。最初にあった日に私が言ったことを。
これが私に心を開かせた。
「誰にも言わないでくれる?」
「お前がそう望むなら」
澄んだ彼の目を私は信じることにした。
そして語った。
『絶対予言』のこと
バス事故のこと
私が本当は晴子ではないこと
彼は口を挟むことなく、黙ったまま話を聞いてくれた。
最初から最後まで。
「ハードな人生歩いてきたんだな」
「信じてくれるの?
「お前の目、嘘を言ってる目じゃないからな」
「ありがと」
「それに、やっぱりお前だった。
「えっ!」
気がつかなかった。
いつのまにか屋上のあちらこちらに黒い霧のようなものが湧いている。
揺蕩うそれは、私たちの目の前で、徐々に何かを形づくる。
それが何なのかわかるまでに、大して時間はかからなかった。
「お、鬼!?」
頭から出ている二対の角。
赤く大きなその体。
背の高さは教室の天井よりも遙かに高いと思われる巨人。
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