第147話 源晴子1 悪魔の子
「おっと、先客がいたか」
屋上の扉がいきなり開いて、現れた男子生徒。
背は私と同じくらい、短髪で快活そうな印象。
彼は、一人座って黄昏れている私がいるのに気がついたらしい。
「いてはいけなかった?」
私は意地悪く彼に尋ねてみた。
初対面の相手に対し、自分でも驚くようなフレンドリーな言い方。
何故こんなに軽く口が動いたのかはわからない。
「いや、お前みたいな美人なら大歓迎だ」
相手も軽かった。そのまま私の横に座る。
今思ったが、この相手の軽さで自分も軽くなってしまっている感じがする。何となく。
「それって何かエッチなこととか考えてない?」
「ひでーな。男は朝から晩までエッチなこと考えてるわけじゃないぞ」
「え? 考えてないの」
「たまには世界平和のこととかも考える。あと株価な」
素直な彼のこの一言で私は吹き出す。
「何でそんな笑うんだよ。そんなに面白かったか?」
どうやら彼は大真面目らしい。
「株価は重要なんだぞ。人間の経済活動全てに関係してくるからな。ある意味世界平和に繋がっているとも言える。世界恐慌で第二次世界大戦が起きたくらい知ってるだろ?」
彼の考えは、私が思っていたよりも数倍まともだった。
ただ、中学生男子としてはどうだろうか?
「何だよ、こっちが話振ってるんだから、何か返してくれるのが人情ってもんじゃないのか?」
今度は人情で訴えかけてきた。
この人なつっこさ。なんとなく、義美のことを思い出す。
「おいおいおいおいおい、何で泣いてるんだよ。俺何かしたか?」
いけない、知らず知らずのうちに、泣いてしまっていたらしい。
「ごめんね、ちょっと思い出してたの、昔の友達のこと」
「思い出し泣きってやつか、でも頼むから場所を選んでくれ。これじゃ俺が泣かしたみたいだ。よしよししてやるから、なっ」
そう言って彼は隣にいる私の頭を撫でてくれた。
私は晴子を思い出して、また目頭が熱くなる。
「ちょ、なんで泣くんだよ。俺悪者か」
「ごめん……ちょっとだけ……泣かせて」
自分でも酷くなってしまったのがわかったので、彼の胸を借りて泣いた。彼は、優しく髪を撫でてくれた。
少したって落ち着いた私は急に恥ずかしくなった。
フレンドリーなのですっかり忘れていたが、冷静に考えると、いや考えなくても彼は初対面だ。
「本当に、ごめん」
「まったくだ、俺の時間を返してくれ」
「えー、美人と一緒ならいいんじゃないの?」
「自分から言うか普通。さすがにひくわ」
「さっきあなたが言ってたじゃない? 公認かなって思って」
「こいつは一本とられたか」
どちらからともなく笑い出す。
「お前も……色々抱えてるみたいだな」
優しい目をした彼に、私はちょっと言ってみたくなった。
「そうね、私呪われてるの」
きっとこれで彼は私を見る目が変わる。そしてこの場をさる。
望んではいないことを望んでしまう、素直じゃない私。
しかし、彼の行動は完全に私の意に反していた。
「そいつは、穏やかじゃ無いな」
にっこり笑う。彼は本当に裏表を感じさせない。
こっちも自然と自分を出すしかなくなってしまう。
「うん、困ってる」
「よかったらきくぞ?」
「……」
何と言ったら良いものがわからない私は沈黙してしまった。
「じゃあ、話す気になったら聞かせてくれ。そろそろ俺もいかないとだ」
彼は立ち上がる。
「あ、あの」
「何だ?」
「名前……教えて」
「ああ、俺の名前か、
「それまんまじゃない」
「親からもらった名前を大事にしてるってことさ。じゃあな、
手を振りながら私は気付く。
あれ、私は自分の名前を言っただろうか?
「親からもらった、か……」
……
そう、あれから私は
事故後、意識を取り戻した時にはもう晴子の体だった。
目の前にいるのが晴子の両親であり、私の両親ではないことで嫌が応にも自覚させられた。
しかし、そうして自覚はしたものの、彼らとどう接したら良いものか悩んだ。
幼馴染なのだ。晴子の家に遊びに行ったことはあるし、ご両親のことを全く知らないというわけではない。
晴子自身についても、小学校から同じだったし、最後はあれだけ毎日一緒に過ごしていた。
他の誰よりも、あの義美と比べたって自分の方が彼女のことを知っているのではとも思う。
でも、晴子はあくまで他人で私ではない。
私は晴子について全てを知っているわけではない。
だから、私は記憶喪失を装った。
それで逆に晴子の両親に心配されてしまうのは困ったが、致し方ない。幸い二人とも優しく、多くの友達を失った娘のことを哀れに思ったのか、聞けば何でも教えてくれた。
私がそしらぬふりをするのが辛いほどに。
体が回復して退院した後は、あの学校に戻ることは無かった。
晴子の母親の強い希望で、引っ越しの上、強制的に転校させられたのだ。事故のせいで学校に不信が出来たと彼女は私に言っていた。
ただ、バスに乗っていたクラスメートが自分以外全員死亡したというのは伝え聞いていた。
せめて自分の、瑞姫の両親に会いたかったが、どんな感じで会えば良いのか悩ましく思い、結局会いに行けずに終わった。
事故で唯一生き残った友人の源晴子が、どんな顔で対面すればいいのかわからなかったし、娘がこうして源晴子として生きていると伝えたところで、信じてもらえるとは思えなかったからだ。いや、そもそも言えるわけがない。
あれからヤチは全く姿を見せない。
分け
私は、見知らぬ土地で、自分でない体で、今日も生きている。
だが、この体を無下にするつもりはない。
大事な大事な友達の体なのだ。
これを受け継いだ私は、彼女のように誇り高く、友のために戦う強い女性であらねばならない。そう思っている。
しかし、運命は私に対しては冷たかった。
晴子の母が心を病んでしまったのだ。
これには段階がある。
まず、事故の直後、私一人が生き残ったことで、周囲からいろいろ言われたのだ。それが引っ越しの理由の一つでもあった。
言われ無き中傷というもの。
私は『悪魔の子』らしい。
呪われた私のせいでバス事故は起きたらしい。
確かに子供を失った親の心を伺い知ることはできない、しかし、それをどす黒い何かを人にぶつけるというのは何かが違う気がする。
さらに訳の分からないことには、子供の私に直接ぶつけるのは躊躇われたのか、全部『悪魔の子』の母親に向けられてしまったようなのだ。
この時期晴子の母は本当に暗い顔をしていた。
娘の私が見てもわかるように。
とにかく遠くへ、誰も知るものがいないところへ引っ越すことを彼女が望んでも無理は無かった。
引っ越し後、彼女の願いは叶った。
誰も彼女を責めるものはいないのだから、これは当たり前。
しかし、彼女のストレスが減ったわけでは無かった。
なぜなら、生活環境が変わるというのはそれだけでストレスなのだから。
以前の学校に近いところに務めていたことがアダとなった。
彼女は、家だけでなく職場も変える必要があったのだ。
慣れない職場は居心地が良くなかったらしかった。
結果として彼女は、ある日人知れず自らの手で命を絶った……。
私は、あの時、自分がどんな顔をしたらいいのか、全く分からなかった。ただ、私の中の本物の晴子が涙していたので、私も涙を流したにすぎない。
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