第151話 源晴子5 天乙

大牙たいが、何か私の後ろについてきてる』


 夕闇の中を一人歩き、正直心細い。

 それなりに車の通る大通りなのに、この時間で、人が歩いていないのはおかしい。


 そして、何かが私の後ろを追いかけてきている気配。


『よし、もう少しひきつけろ』


 大牙から念話が入る。

 頭の中に直接彼の声が聞こえてくる感じで、向こうは私の念じた内容がわかるようになっているらしい。


 それって、私の考えてることがわかるってことではないの? と尋ねたら彼は、念話を繋げるのは気持ちだ、気持ちの無い念話は繋がらない、と答えた。


 仕組みはよく分からないけれど、伝えたくないことは伝わらないのであれば安心だ。

 冷静に考えると、彼は本当は神様だし、神様に伝えたくないというのも変な気もする。

 でも、私にとっては彼は大牙なのだから、ちょっと違うのだ。


『おい、聞いてるのか? 晴子』


『聞いてます、おとり頑張るから、ちゃんと守ってよ』


『お、おい、俺がお前を守れなかったことってないだろ』


『今日も、ってこと』


 大牙と話している間に、後ろの気配がさっきよりも近づいてくるのを私は感じた。


『もうかなり近づいてきてる、大牙』


『よし、少し先の右の小道に入れ』


『頑張る』


 気付かれてしまっては囮の意味は無い。

 私は背筋に感じる、えも言われぬ不快感に耐えながら、なるべく気付かれないように、急いだ。

 早く、早く、気持ちだけが急ぎ、鼓動はもう限界に近い。


 ようやく小道に入れた時、私は開放感でいっぱいだった。


『走れ』


 怖さを我慢していた分、限界まで力を振り絞り小道を奥に向かってダッシュ。

 足がすくんで走れないのではと思っていたが、火事場の馬鹿力というものは存在するらしい。


 後ろの足音が止まったのがわかった。

 ふり向くと、そこには、巨大な四つ足の化け物と対峙する大牙の姿があった。


「『送り犬』か、このあたりで女性が連日生気を吸われて倒れているのはお前の仕業だな」


 犬の化け物はグルルルと威嚇するように唸っていたと思うと、くるりと身を翻し、恐ろしい速度で駆け出した。


「ちょ、ちょっと待て! 逃げんのかよ!」


 待てといって待つ子はいないよ、大牙。


 私が慰めの言葉を考えていると、私たちから離れたところで急に犬の足が止まる。

 そして足を曲げてぐたりと地に伏すと、形が崩れ、四散し、消えた……。


「あー、天乙てんおつ、俺の出番取ったな」


貴子たかこって呼びなさいって言ってるでしょ!」


 犬の向こうから現れたのは貴子さんだった。

 今の彼女は天乙、即ち羽衣を纏った天女の格好をしている。

 当然とばかりに宙に浮いている。何だか羨ましい。


 実は彼女は十二天将と呼ばれる、式神の中でも最強の存在だそうで、今見せた万物を崩壊させる異能等、多数の反則的な強さの技を持つ。


 彼女に怒られると、大牙が大人しくなるのも、分かる気がする。

 このお姉様にオシオキされたらこの世から存在が消えてしまいかねない。


 そんな彼女が、どうして喜んでウェイトレスとして働いているのかが不思議だったので、ある時聞いてみたら、答えは『可愛い服が来てみたかったのよ』。

 納得はできたけど、あの喫茶店に来ているお客さんも、まさか可愛いウェイトレスが、完全無敵な神様だとは思わないだろうな。


「大体あなた、通路側塞がなくてどうするの、逃げてくださいって言ってるようなもんじゃない」


「だって瞬殺予定だったしよ、それに、晴子が危ないだろ」


 大牙にとっては何気ない一言なのだろうけれど、一瞬私は心を持って行かれそうになった。どうも私はこういうのに弱い。


「それは仕方ないか。じゃあ主のところに帰りましょう」



 私はあれから暇を見つけては政さんの喫茶店に入り浸るようになった。一見普通の喫茶店なのだけれど、裏では迷い神退治を生業としていて、依頼人クライアントが時々やってくる。

 彼らの要請に応じて、大牙や貴子さん等の式神が任務につく。


 さっき、私が襲われた『送り犬』のような町中に出没する迷い神については、なんと非公式に市から依頼されているとか。

 実は、政さん市からは半分公務員のような待遇を受けているのだという。


 『陰陽師すごい』と私が声を漏らしたところ、大牙が政さんを代弁して『平安時代と言わず、大昔から国に陰陽師の組織はあったんだぞ』と説明してくれた。


 迷い神で困っている人は沢山いる、こうしている間にも犠牲者が出ているかもしれない。

 迷い神退治は人の役に立つ仕事。


 話を聞いているうちに、私も彼らと一緒に戦いたいと思ってしまった。

 もちろん戦うと言っても、私に悪霊や鬼をやっつける力は無いから、何かお手伝いができないかというニュアンスで言ってみたのだったが、危険な仕事だ遊びじゃない、と大牙に即止められた。


 でも、それで諦める私じゃ無い。

 きっと晴子なら諦めない。


 それでも良い、と言い張る強情な私に貴子さんが、なら覚悟を試してあげればいいじゃない、と言ってくれた。


 そこまでは良かった。

 しかし、私はちょっとどころでなく後悔する。

 彼女から私に与えられたのは囮という役割。


 私は霊力だけは、普通の人と明らかに違うレベルらしいのだ。

 大牙に『偏差値70くらい?』と聞いたら怪訝な顔をされたので、『学校のテストだと何位くらい?』と聞き返したら、『ダントツ1位だ、県どころか国でも上から数えたほうが早い』と返された。



 嬉しい。嬉しいけれど、それが頭脳の方だったら良かったのに。

 美人を台無しにしてしまって晴子には本当、申し訳なく思う。



 あの鬼のように、どうもこの霊力というものを澱みや迷い神は好むらしい。

 霊力というのはエネルギー、彼らにとってはとても美味しそうに私が見える。

 つまり、迷い神に私はモテモテ。


 迷い神があらわれるエリアに私がいたら、確実に私は狙われる。

 私を狙ったところを、式神達が殲滅する。

 食事の瞬間というのは人や動物と同様に、迷い神でも隙が生じるということ。

 美味しいものを食べるときに、食べ物以外に気が向くわけがない。

 我が身を振り返っても納得はいくけれど、明らかに私は釣り餌。


 残念なのか、喜んでいいのかわからないけれど、私は囮役を最初から完璧にこなせていたらしい。

 貴子さんには褒められどおし。

 複雑。


 だけどこれが私の選んだ道だった。

 私でも人の役に立てる。

 それは嬉しいこと。



 式神といえども仕事ばかりしているわけでなく時にはお出かけすることもあった。

 政さんの車で、主に行き先はスピリチュアルなパワースポット。

 信仰を集める神社だったり、龍神が住むという伝説のある湖だったり、空気の綺麗な山だったり。


 大牙に『式神なのに遊んでて良いの?』と尋ねると『福利厚生の一環てやつだ気にするな』と言われた。


 パワースポットには澱みと逆で良い霊気が満ちていて、彼らにとっても霊的な力の回復に良いらしいのだ。

 『じゃあ私も』と言ったら、『陰陽師でもなけりゃ人間には関係ないぞ』と冷たい言葉でがっくり。



 政さん達はやはり私のことを気にしてくれているらしく、お出かけの行き先として、あの洞窟の場所も探して行ってくれた。


 例のバンガローがあるキャンプ場から、私の記憶を辿り、ようやく着いたそこには……洞窟はなかった。

 入り口があったはずのところは、山の一部となっていた。


 貴子さんと大牙が式神の力まで使って確認してくれたのだが、洞窟の痕跡は見つからず、おそらく、別の空間につながっていたのだろうという結論になった。


 この時の戦利品は、白い猫くらい。

 なぜか、私に懐いてしまったのだ。

 どんなに追い払っても着いてきてしまうのに情が湧いてしまい、最後にはやむを得ず、連れ帰ることにした。


 そして、車の中で猫を撫でながら思う。

 結局私はいつも確定された運命を知りながらも、ただ待つことしかできないのだと。

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