第152話 源晴子6 御影観音
その日私は
父親には私のお手伝いのことは話していない。
良い言い方をすれば喫茶店のバイトなのだろうが、親としていい顔はしないと思ったのだ。特にお金に困っていない今の状況では。
だから、私はあくまで素性の良い友達と放課後遊んでいる振りをしていた。
基本は門限を守り、遅くなる時には連絡する娘に対して、彼は人が変わった今でも鷹揚に接してはくれた。
もっとも、私は今の彼にとって重要な存在ではあるから、ご機嫌取りの意味でだったかもしれない。
私は彼に求められたとき、その役割だけはキッチリ果たしていた。
しかし、この門限を守る私に対し、父娘二人の生活になってからは彼の方が遅いことが圧倒的に多かった。
帰宅時に漂う強烈なお酒の臭い。
私は辟易していたものの、今は彼は私の父親。
だから、玄関で前後不覚になっている彼に肩を貸して、ベッドまで運んで寝かせるくらいは頑張ってあげた。
晴子には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
父親は、お金を持っていることがその筋に知れ渡ったせいか、そのうち友人と称する人々と一緒に帰宅したり、そのまま家でもお酒を飲んだりすることが多くなった。
私はもういない母親の代わりにお酒を出したり、つまみを出したり、甲斐甲斐しく働いていたが、それを父親は申し訳なく思ったのか、住み込みのお手伝いさんを一人雇ってくれた。
お手伝いさんは、
ただ、他人であることは確かで、最初は抵抗が無かったとは言えない。でも、それは、彼女と話すうちにどこかへいってしまった。
とても話しやすく、きさくなタイプなのだ。
その上頭の良い人なのだろう。何でも知っている。
三人で食事をとっているとそれがよくわかる。
気さくといっても押しつける感じ、押し寄せる感じではなく、とても自然で、父親が彼女を雇った理由がよく分かった。
私が学校が終わってから帰宅するまで何をやっているのかも変に確認したりはしない人なのだ。適度な距離を保って接してくれるのがとても有り難かった。
彼女は父親の相手をするだけでなく、タイミングが良いときには私の宿題の面倒も見てくれた。
彼女の説明は教科を問わずとてもわかりやすいもので、いつも終わってから掛かった時間を確認して驚く私だった。
大牙達と一緒に
こうして、私は家族がひとり増えたように思ってしまった。
晴子と母親にはとても申し訳なさを抱きつつも。
失礼かとは思ったが、どうしても知りたかったので、理由を尋ねると、家族の介護で最近まで家のことに構いっきりだったのだと、それだけ教えてもらえた。私も察するところはあり、それ以上踏み込むことは控えた。
でもそれなら、と思ってしまう。
しかし、これは晴子でない私の個人的な感情。
それは、私が決めることではない。
目の前の二人が決めることだ。
だが、もし彼がそれを決めたとき、相談されたら私はどう答えたら良いだろう。
晴子や、晴子の母親だったらどう言うだろうか。
私は答えの出ないまま今日も彼女に接する。
二人でいる時に観音さんからそれとなく、この家が裕福なのは会社でも経営しているのかと確認されたことがあった。
これはもっともな疑問だとは思ったが、『絶対予言』によるものだと単純には答えられない。
彼女の様子で、父親は今のところ、私の力について彼女に話していないとわかったからだ。
まだ彼女をそこまで信頼していないということなのか、それとも彼女には自分の力に見せたいからなのか、彼の意図は私にはわからない。だが、娘としては父親である彼の判断を尊重しなければいけない、そう思っていた。
……
この日はちょっと様子が違った。
いつもだとカードキーで扉をあけると、
それに玄関からつづく廊下にも電気がついていない。
私が灯りをつけるまでは真っ暗だった。
ひっそりと静まりかえっている。
おかしい。
この時間であれば、父親が帰宅していなくても、
それに最近は、
何かあったのだろうか?
玄関の扉は閉まっていたし、廊下の様子を見る限りいつもどおりではあるが油断はできない。
私の心の中の晴子が警鐘を鳴らす。
灯をつけてしまった以上、何者かがいるのであれば、既に私がここにいることは察知しているはず。
周囲を見回し、様子を窺いながら一歩一歩進む。
今のところ、特に気配は無い。
流石に囮の経験も長くなってくると、何となくわかるようになるのだ。自分を襲おうとする者がいるときは、それ相応の気配がする。
となるとやはり取り越し苦労だろうか。
私はそうであることを祈りつつ、リビングの扉をあける――
暗闇の中、入り口からの光に申し訳程度に照らされて、ソファの上に座っている人影が見えた。
「お父さん?」
呼びかけるが返事が無い。
座ったまま寝ているのだろうか?
私は疑念に包まれたまま、それを晴らすために手探りでリビングの灯りをつけた。
父親は、やはり動かない。
やや前屈みになっていて、表情は窺えない。
「お父さん?」
さっきよりも大きな声で呼びかけたがやはり反応が無い。
これはどう考えてもおかしい。
私はそのまま父親に近寄ると、彼の肩をトンと軽く小突いた、つもりだった。
いくら何でもこれで目が覚めるだろう。
しかし、私のこの予想は裏切られる。
彼の体は、一瞬ゆらりと揺れると、そのまま重力に引かれ、横に倒れていった。
ボサッ。
ソファーが鈍いうなりを立てる。
異様な様子に、躊躇している場合ではないと駆け寄った私は、彼を揺さぶる。
起きない……しかも、体が冷たい、心臓の鼓動も感じない。
顔を見ると、彼の瞳孔は開いたまま……。
「これって……」
あの時の、晴子と似ている。
一体何が!?
私は、訳がわからなくなっていた。
その時――
「そうよ、その体にもう魂は入っていないわ」
聞こえ慣れた声。
だけど、どこか冷たい。
思い当たることを信じたくなかったため、声の主を確認するのを躊躇した。
声の主は、それを私が父親の生に固執しているからだと思ったらしい。
「諦めが悪い子ね、もう死んでるって言ってるのよ」
ここまで言われては、疑念の余地は無い。
私はふり向く。
考えていた通りだった。
扉のところには、黒い和服姿の
「
「ええ、そうよ」
堂々と、悪びれもせず、感情の無い顔で彼女は断言した。
「どうして? どうしてこんなことをしたの? お父さんが何をしたっていうの?」
「あなたの父親は、金にモノを言わせてやりすぎたのよ。それが気に障った人がいてね。巡り巡って私が処刑人となったってワケ」
彼が尊大になっていたのは認める。
私の前では良き父であろうとしていたから、裏で何があっても娘の私に分かるわけは無い。
しかし、それでも娘だからこそ、納得がいかない。
晴子として納得してはいけない。
私は彼女を睨み付ける。そして連呼する。
「人殺し……人殺し人殺し人殺しッ!」
だが、彼女には全く響いた様子も無く、無表情のまま。
「宿題を教えてるときも思ってたけど、あんた馬鹿な子ね。事実を言われても何ともないわよ。これが私の仕事なんだし」
「くっ……」
「茶番はこのくらいで、本来はあなたの命も奪うのだけれど、あなたの力のこと、私の
主? この言葉に何故か
私の心は隙だらけだっただろう。
「じゃあ、おやすみ」
彼女の目が怪しい光りを放った。
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