第153話 源晴子7 ヨッシー
「『
丸眼鏡を掛け灰色のスーツを着た長い銀髪の男が興味深そうな目で私を眺めた。
おそらく二十代。落ち着きのある風体から、学生ではないと思うけれど、オジサンという程でもない外見から、そのくらいの年だと私は勝手に考える。
その細目は一見優しそうな印象を与えるが、表情が窺えないといえば窺えない。
何より、
父親が度を越えた問題行動をしていたのだとしても、それで命を奪うというのは人のすることではない。
だから、油断はできない。
今いるところは、畳敷の和室。
私から見て正面には床の間のようなところがあり、掛け軸が掛かっていて、その前には刀らしきものが飾られている。他の三方は襖。
周りが静かなことから、郊外の屋敷の一角と思える。
自分の身の危機を感じるせいか、私の中の晴子が今日はかなり活発に活動している。
不思議と私は拘束されていなかった。
ふり向くとすぐ近くに、あの観音はいたけれど。
その逆側には、観音と対照的な白い和服を着た男。
髪も白く老人なのかと思いきや、その顔には皺は無く、色素の薄い顔はしているものの若者のようだ。
先ほどから無言で、その外見も相まって不気味さを醸し出している。
『先見』とは、語感から『絶対予言』のことだと思われる。
父親が観音に話してしまったのだろう。
使いようによっては富をもたらすこの力。
興味をもたれても不思議は無い。
だが、父親の前では勘が良い風を装っていただけだし、伝わっているとしてもどこまでできる力なのかは不明なはず。
私は誤魔化そうと思えば可能であると考えていた。
だから言ってみた。
「知りません、そんな力」
「おや、観音。聞いていた話とは違うようだが?」
細目がさらに細くなった。言葉にも苛立ちが垣間見える。
「晴子ちゃん。主には素直に答えた方がいいわよ。命が惜しければ」
観音がプレッシャーを掛けてきた。
私はここで、自分が生かされたのは彼らの言う『先見』の力に目の前の彼が興味を持ったからだ、という事実を再確認させられた。
父親の命をためらい無く奪った輩だ、私の命も同様に違いない。
私は何と言うべきか迷い、沈黙する。
自分の一言に自分の命がかかっている。
この命は晴子にもらったようなもの。無駄にはできない。
「あなたのお父さんから聞いてるのよ。全部娘のおかげだって。娘の言うとおりに買えば競馬はあたり、野球やサッカーのくじでも外れることはない、もちろん会社の経営もだってね」
会社の経営というのは初耳だけれど、観音の手前、父親は見栄を張ってそう言ったのだろう。相手が自分のことを把握しているのも知らず。
ともあれここまでは想定どおりだった。
だが、彼女の次の言葉が私を凍り付かせる。
「それにその体から迸る恐ろしいまでの霊力。誤魔化せはしないよ。あるんだろう、先見の力……?」
「えっ!?」
思わず驚きを口に出してしまい、私は激しく後悔する。
この時私は確信した。
彼女も、大牙達と同じような存在。
主と呼ばれる前に座る銀髪は、政さんと同じ陰陽師なのだろう。
こうなると、隠しきるのは至難の業。
いやもうバレてしまったと考えるのが順当か。
それでも……晴子だったらきっと自分の父親を殺めたこんな奴らに屈することは無い!
「もしそんな力があっても、あなた達のためには使わないわ!」
私の啖呵を受け流し、銀髪の男はクックックッと不気味に笑う。
「なるほど、力があるのは間違いなさそうだな。観音ご苦労、急ぐわけでも無い、娘が自分から力を使いたくなるまで、閉じ込めておけ」
「承知いたしました、主」
スッと観音が右手をあげる。
私の周囲の空間がゆがむ。
頭が痛い。
私は頭を抱えて目を瞑る。
すぐにこの頭痛は収まった。
目を開けた私は、自分が薄暗い土壁に囲まれた牢獄の中にいることに気がつく。
格子の向こうに観音がいた。
廊下に据え付けられた蝋燭の灯りが彼女を怪しく照らしている。
「逃げようなんて思わないことね」
それだけ言うと、彼女の姿はスッと消えた。
……
見回す。
三方向が土壁に囲まれ、一方が格子になっていて、その向こうは観音がいた廊下の向こうにまた壁。
ここは明らかに地下室のようではあるが、不思議なことに空気の流れを感じる。
どこから風が入っているのかは、すぐにわかった。
土壁のうち、格子と逆側の壁には上方に窓代わりの穴があり、外と繋がっているようだ。
一瞬出られるかと淡い期待を抱いた私であったが、残念ながら高い位置にあるのと、そこにも格子があるのがわかり落胆する。
悲しさのせいかお腹がグーッと鳴る。
今日は帰宅後すぐに拉致されたため、晩ご飯を食べることができなかった。育ち盛りの身には厳しいものがある。
「ご飯とか、出るのかな」
切なさに思わず声に出して呟く。
「食事の心配をしてる場合ではないであろう!」
どこからともなく私にツッコむ声が聞こえた。
お腹がすきすぎて、とうとう空耳が聞こえるようになってしまったのか。もう寝よう。
私は床を少し払ってから、ごろんと横になった。
土っぽくて抵抗はあるけれど、お風呂に入れて貰えそうもないし、この状況であまり気にしても仕方ない。
「これこれ、無視するでない!」
また幻聴が聞こえる。
何と言うことだろう。せめて晴子の声なら納得はいくのだが、妙に時代がかった言い方の変な声だ。そう、ヤチのような……。
「ヤチ!?」
私はガバッと起き上がると、首を左右に今一度周囲を見回す。
誰もいない。
空耳か。
悲しくなってもう一度倒れ込もうとする私。
「だから、無視するでない!」
今度は確かに聞こえた。
私は面倒臭くなったので声の主に直接聞くことにした。
返事がなければ空耳だ。安心して眠れる。
「誰? どこにいるの?」
「ここじゃよ、ここ。上を見てみぃ」
即答。
私は声のする方を見る。
あの外に繋がる格子の所に小さな影があった。
「ええい、もう面倒じゃ。降りて行く」
戸惑っている私に痺れを切らしたのか、ひゅっとその影は床に降りた。
廊下の明かりに照らされてようやくわかる。
声の主は、白い猫。
「あなた、ヨッシーじゃない! えっ、ヨッシーがしゃべってるの?」
見覚えのあるその風貌。
直感的に、あの洞窟跡で出会った猫だと私は考えた。
見た目可愛いけれど、撫でると嫌がるしぐさをすることから命名、ヨッシー。
今の私は晴子、だから。
連れ帰ってから、政さんの喫茶店で飼ってもらえるのかと思ったら、飲食処では御法度だと言われて、それは叶わず。
やむを得ず、こっそり家に連れて帰ったのだがいつのまにかいなくなってしまったのだ。
「ええい、驚くか確認するかどっちかにせい」
白猫はよく分からないことで怒っていた。
とりあえず謝ったほうが良さそうだ。
「ごめんなさい、その、まさか猫がしゃべるなんて思わなかったから」
「
「ああ、ほら、だって大牙は先に大牙として会ってたし、最初はびっくりしたんだよ……って、何で大牙のこと知ってるの!?」
「最初におうた時に念話で話しておるからの。妾がそなたについておったのも、きやつに頼まれたがゆえ」
「えっ、じゃあ、あなたも式神なの?」
「式神ではない、ないが……この体となっては似たようなものやもしれぬな」
猫がどことなく、遠くを見ている気がした。
聞きづらくなった私はそれ以上はやめておいた。
「ところで、ヨッシーは、どうしてここに?」
「ヨッシーではない!」
「えっ!?」
「元々名前があるのだ、つや、という」
「そっか、ならしかたないね。ごめんなさい、つや」
ヨッシーを気に入ってただけに残念ではあったが、猫自身が主張するなら仕方ない。
「まあよい、それよりも、妾がここに来た理由であったな。そなたに伝えるためよ。そろそろ白虎めらがここに来る。用意をせい」
彼女がそれを言うか言わないかのうちに、ドン、という音がして地下が揺れた。
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