第134話 ひとりごと 10 猫

 そう、掲示板は私がやったことにした。

 周りの生徒の記憶を書き換えて事実をねつ造した。


 ここまですれば、見破るのは至難の業。

 目撃者が多数いるのだから。



 私が操作した生徒に連れてこられたハルに対し、私は迷い無く言い放つ。


「やっぱりくだらないわ。もうジョーなんていないのよ。だから、私はキョウケンやめる。あなたもやめたらどう? ついでに妙な男言葉使うのもね」


 それで十分だった。

 メイド姿のハルが、あまりのことに何も言えずに、ただ後ろで泣き崩れているのに気づきはしたが、もう振り返りはしない。


 ハルの心が守れるのなら、私なんてどうなってもいい。

 彼女の白さが保てるのなら、私は真っ黒にだってなってやる。


 私は本当にハルのことが、好きだったのね。



 この時は、もうこの学校に来るのはやめよう、本気でそう思っていた。

 べつに何かしたいとか、他のあてがあるとかではない。

 ハルに合わせる顔が無いと思っていたからだ。



 ……ここで、また別の出会いが私の運命の歯車を回す。



 特別棟の一階から出て、下駄箱のある学年棟側へ向かう途中の通路で、私はその声を聞いた。


「そなたか、先ほどから十種とくさの力を行使しておるのは」


 見回す。この通路には今自分しかいない。

 中庭には人がまばらにいるが、声はもっと近くから聞こえている。


「誰? どこ?」


「どこを見ているのだ。ここであるぞ」


 声の方向を見ている。

 どう見ても猫しかいない。

 む? 猫?


 試しに猫に手を振ってみる。

 前足を揺らして返してきた。


「ね、猫!?」


「あまり大声をあげると周りに奇妙な目で見られるぞ、ほれほれ」


 言われたとおりに周りを見ると、確かに、そこにいる生徒達から、視線を注がれているのを感じる。微かに私を侮蔑する心の声も聞こえる。


「もっともそなたであれば気にせずとも良さげではあるがな。心を操れるのだから」


「な! 何でそれを!?」


「知りたいか? 知りたいのならついてまいれ」


 大人しく猫に従うしかなかった。


 猫は中庭を横切って武道場の方に向かっていく。

 確か武道場は文化祭では展示にも催しにも利用されていない。

 こちらとしては都合が良い。


 しかし、となるとこのしゃべる猫はそれも知っているのか。

 何者なのだろう。


 先ほどから何度も猫の心の声の読み取りスキャンを試みているが、猫だからか、ハルと似たような感じで心に触れられなかった。



 あれこれ考えているうちにいつのまにか武道場に辿り着いていた。

 猫は立ち止まると、武道場の横の床をとんとんと前足で叩く。

 どうやらここに座れと言うことらしい。



「で、どうして私の能力がわかったの?」


 猫を警戒しつつも、先ほどの言葉から自分の能力について全て把握されていると考えられたので、隠し立てせず私は素直に尋ねた。


「いきなりよの。まあ、よいか。先ほどの騒動の一部始終を見ておったが、多少興奮しつつも、そなただけひとり目が冷静であった。それで、そなたが力を行使したのだと考えたのだ」


「それだけでは何の力かは断定できないと思うのだけれど」


「過去に同じ能力の持ち主と行動を共にしたことがある。周りの人間がそなたの言葉に全て従っておった。あの者と同じ、人を思い通りに操る能力に相違無い、そう考えたのよ」


 私と同じ能力者が過去にいた?

 どこまで信じてよいのかはわからないが、そもそも猫が話している時点で現実離れしている。信じるしかない。


「なるほど、では次。あなたの目的は?」


 気になっていた。

 これほど知られているのだから、悪意があるのであればこの猫にいいようにされていてもおかしくない。

 もっとも猫に私をどうこうできるのか? と言う疑問はあるけれど。


「それを話すには、まず、そなたの持つ能力の正体について話さねばなるまい」


「能力の正体?」


 考えたこともなかった。


「どこかで、勾玉まがたまのような形をした石を手に入れておらぬか?」


「勾玉……もしかして」


 私はスカートのポケットからあの石を取り出す。

 紫色の透明な石。

 林間学校のあの山で拾ったもの。


 当たり前のように入っていたが、別に自分で入れて持ち歩いているわけではない。

 この石は嫌なことを思い出させるから、何度も捨てている。

 しかし、その度に、いつのまにか身につけている衣類のポケットに入っていたり、家の机の上に置いてあったり、戻ってくるのだ。

 気味が悪いものの、どうしようもないので、最近は気にしないようにしていた。


「ふむ、やはり足玉たるたまか」


足玉たるたま?」


「そなたのその力の源。『心に落ち着きを与える玉』と伝承には言われるが、その実、認めた持ち主に他者の心を読み操る力を与える。十種とくさの神宝かんだからの一つ」


 そうではないかとは思っていたが、やはりこの忌々しい石のせいなのか。

 猫の言葉に納得しつつ、私は最後の耳慣れない単語が気になった。


十種とくさの神宝かんだから?」


「その昔、ニギハヤヒという神が所有していた十の神の宝を言う」


「神の宝……」


 荒唐無稽ではあるが、そもそも猫がしゃべっていること自体も荒唐無稽。

 やはり私の意思で信じるも信じないもない。

 実際に目の前で起き、体験できているのだから。


「神の力は人には過ぎた代物、ゆえに力は呪いとなる。そなたは今日だけで無く、何度も辛いめにあっているのではないかの」


 猫の声はとても優しかった。

 私は目頭が熱くなるのを感じた。


「それはそなたが人の心を失っておらぬがゆえ。足玉たるたまに選ばれたはそなたの賢さゆえであろうが、賢きものが必ずしも心強きものとは限らぬ。今日のあの顛末を見ていて思うたよ。そなたで良かったと。自らの外聞よりも友を選んだそなたを、わらわは尊いとおぼゆ」


「……ありがと」


 自分の辛さは誰もわかるはずがないと思っていた。

 それだけに嬉しかったのだ。

 例え相手が猫の姿をしていても。



「この流れで申し訳ないが、話を進めさせてもらうぞ、よいな。この猫に憑依した状態で話すのも力を消耗するのだ」


 憑依という言葉に驚きつつも、私は頷いた。


わらわの目的は、十種とくさの神宝かんだからを集めることにある」


「これを……集めるの?」


「うむ。そなたの足玉たるたまわらわの把握している十種は三つ。この地は霊力が溜まりやすいゆえ、じきに残りも未覚醒のものは覚醒し、そして集まってくるであろう」


「集めてどうするの?」


十種とくさの神宝かんだからを全て集めて儀式を行うことで、神の力を得ることができる」


 淡々と述べる猫の話の内容に恐ろしさを感じた私は、人としてその意図を確認せずにはいられなかった。


「神の力って、あなた何をする気なの!?」


「勘違いせんで欲しいの。わらわは別に神の力を手に入れて好きにしたいわけではない。妾の魂がかように仮初めとはいえ現界できているということは、封印が解けたということ。それに備え、対抗するために必要であるのよ」


「封印が解けたって、何か化け物が蘇ったってこと?」


「化け物。そうよな、その認識でよかろう。あれが完全復活すれば、人の歴史は終わりを迎えるのだから」


 化け物、恐ろしい何かが、世界を破滅させる。

 それを防ぐために、神の力を用意しておく、理屈は通っている。


「そなたには協力してほしいのだ」


「私にできること?」


「先ほども言うたが十種は引かれあうようにして集まる。そなたがここにおれば残りの七種も自然と集まろう」


「で、でも私もう……ここには……」


 私は躊躇いを隠せなかった。

 ここ、この学校に留まるということは必然的にハルと顔をあわせることになる。

 それはこの上なく辛いことだった。


「よく考えよ。あの娘にはそなたが必要」


「えっ!?」


「強がってはおるが、あの娘が繊細なことは知っておろう。思い人がいなくなり、例えこういう事態になろうと、そなたまでおらぬ状況となれば、あの娘がどうなるか考えたことはあるかの」


 わかっている。多分ハルの心は私よりもずっと脆い。

 ジョーを求めて、自分の中にジョーをつくらなければならなかったほど。


「それに十種とくさを集めることは、そなたの大事なあの娘も救うことにもなる」


 そうか世界が滅べば、ハルも。


「選択肢無いってことね……」


「もちろんそなたにも見返りはある。十種とくさの呪いは儀式を行うことで消滅する。悪くはなかろう」


「わかった。協力する。この忌々しい力が無くなるのは願ったりだし。そうだ、もうひとつだけ教えて、どうしてハルと私のこと、そこまで知っているの?」


「ずいぶん前のことではあるが、そなた達がわらわのことを話しておったから気になったのよ」


わらわのこと?」


「言っておらんかったな。わらわの名前はつや。そなたたちが調べておった岩山の女城主」



 こうして、私は、学校に留まった。

 そして今まで風紀委員として、生徒会長として、つやに従い十種とくさを探しつつ学校の秩序を守ってきたの。

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