第135話 本題

「これが私的には全ての始まりのお話だったのだけれど、いいかしら」


 生駒いこま先輩はサイドテールをふわりとかきあげると、こちらを正面から見据えてきた。


 いいかしら、と言われても困る。

 とても抱えきれるような内容では無いから。

 しかし、今ここには先輩の他には自分しかいないのだ。

 少しでも抱えなければならない。二人の先輩のために。



 彼女はなぜこんな話を自分にしてくれたのか。

 考えるまでも無い、波瑠先輩の笑顔を取り戻したいという自分の言葉に反応したのだ。


 ここまでの話を聞いて彼女がどれほど波瑠先輩を大切に思っているかは理解できたからそれはわかる。

 わかるのだが、個人的にひっかかるところが多すぎる。


 やはり彼女に聞いてみるしかあるまい。

 課せられた使命に対する対価というわけではないが、迷いがある状態では八握剣の使い手として問題なようだから、答えて貰えるはず。



「すみません、生駒先輩、教えて欲しいことがあるんですが」


「いいわよ。答えられることなら答えてあげる」


「今の話にあった林間学校と文化祭で起きたこと、波瑠先輩は全部知ってるんですか?」


「あの七不思議についての会議の後、林間学校での事故と文化祭の掲示の所で起きた事件の真実については話してる。私の能力のことも含めてね。そうしなければチューのあの状態を納得しないと思ったから」


 なるほど、それで、波瑠先輩は会議の次の日から気の抜けたような状態になってしまったのか。

 二年が経過しているとはいえ、波瑠先輩はやはり繊細なのだ。


 だがそう考えると矛盾がある。


「でも、だとすると、不思議なんです。ジョーさんと会ったときに、波瑠先輩、ジョーさんが死んだことを直接知らないみたいな感じだったんです。『死んだって思ってた』って言ってました」


 これを聞いた途端、生駒先輩は深いため息をついた。


「秋山君。波瑠もジョーが好きだってことは、もうわかってるわよね?」


「は、はい」


「死んでしまった好きな人が、生きて目の前にいたら、それを真実にしたくなるわ。たとえ事実、記憶をねじ曲げてでもね。波瑠だって普通の女の子、分かってあげて」


 これには納得せざるを得なかった。

 会長も、ジョーさんに再会した一瞬はそうなったのだろうから。


「納得したようね。では続けるけれど、つやのことは話してないわ。つや自身の考えもあると思ったから」


「生駒先輩は、つや様のこと知ってたんですね」


「話したとおり、私を十種の所有者として導いたのはつやだからね。もっとも、ずっと一緒に行動してるわけではないけれど。彼女、気まぐれなのよ」


 思い出す、波瑠先輩も同じ事を言っていた。


「でも、乾の時も、冬美の時も、力を貸してくれた。必要なときにはそこにいてくれる、そんな感じ。私が波瑠と顔をあわせないようにしていたからか、波瑠の様子を良く教えてくれていたのも確かよ。まさかキョウケン側でも十種を集めようとしていたとは思わなかったけれど」


 乾の話でもそうだったが、つや様が自分たちに隠していることが多くて、正直裏切られた気持ちになった。

 それでも、この話を聞くと、一見気まぐれに見える彼女が何らかの意図を持って動いているように思える。


 生徒会にもキョウケンにも互いが動いているのを明かさないまま関わり、十種を集めさせていたつや様。

 単に集めるのが目的ならば、効率を考えて合流させるはずだ。

 それをしなかったのは、やはり、それぞれの組織のリーダー間の心情を考えてのことなのかもしれない。


 そう考えると、ここまでは許せる気がする。

 しかし、最大のわだかまりがまだ残っている。


 つや様の十種を集める目的が、化け物を倒すためだったとは。

 これでは自分を生き返らせてくれとは言えない。

 どうしてあのキョウケンで説明したときに言ってくれなかったのだろう。


 そうだ、付き合いが長いという生駒先輩なら、わかるだろうか?



「先輩のご意見を伺いたことがあるんですが、いいですか?」


「急に何? その顔だと、今話してる内容に関係しそうだけれど」


「俺の未来、多分波瑠先輩から聞いて知ってますよね?」


「ええ、『絶対予言』であなたがこの夏に死ぬことが見えたって聞いてる。あなたを生き返らせるために儀式に協力してほしいってお願いされたわ」


 波瑠先輩は自分のために、動いてくれていたのだ。

 聞いた一瞬喜びで胸がいっぱいになったが、儀式というキーワードと先を促す生駒先輩の顔に我にかえる。


「波瑠先輩は、十種神宝を全て集めてその儀式をすれば、死んでも生き返ることができるって俺に教えてくれたんです。つや様もそれを否定してませんでした。でも、さっきの化け物を倒したら、俺、生き返れないってことですよね」


「なるほど、あなたはつやに騙されたんじゃないかって思ったということね」


「はい……」


 これに彼女は一体どう答えるのだろう?

 儀式ができるのは一度。叶えられる願いは一つでは無いのか?


 無理な質問をしてしまった、と思っていたのだが、返ってきた答えは、虎の想像を超えるモノだった。


「私も儀式の経験が無いから多分としか言いようがないけれど、一時的とはいえ神の力を得るんでしょ。化け物倒すついでに一人や二人生き返らせるなんて造作もないってことではないの?」


「えっ……」


「これで全てに説明がつくと思うのだけれど、問題がありそう?」


「ありません」


 つや様も言っていた。

 何事もなし得る神の力を得るのだと。十種に蓄えられた力の分それを行使できるのだと。


 希望的観測かもしれないが、この理屈であれば、自分と菊理、二人とも生き返ることができるのではないだろうか?


 胸に支えていたものが、この時全部とれた、そんな気がした。


「これで全部? もう他にはないかしら」


 こちらの様子など気にせず、生駒先輩は促す。


 他というと、やはり、あのこと。

 先輩のここまでの話を聞いて沸き起こる最大の疑問。


「結局ジョーさんは、実は生きてたってことでいいんですか?」


「……」


 それまで自信あふれる顔をしていた生駒会長がこの時下を向いて押し黙った。

 どういうことなのだろう。

 死んだと思っていた好きな人が、生きていたのなら、喜ぶところではないのだろうか?


「ジョーはね、もう生きてなんかいないの」


「えっ!? でも、今日波瑠先輩と話してましたよ」


「ジョーの姿、ジョーの魂、そうなのかもしれない。でもね、ジョーは確かにあの時私のせいで死んでいるの。それは間違いの無い事実」


「じゃあ、あのジョーさんは」


「断定はできないけれど、おそらく理を超えてしまった存在」


 つや様と菊理くくりについて話したときのことを思い出す。

 一度失った命は戻らない、その理を超える力は――十種しか考えられない。


「あなたにはやはりこれも話さなければならないようね」


「どういうことですか?」


「ジョーの妹の松莉まつり。この前直接会ったときにも試したんだけど、心が読めないのよ」


 会長が相手の心を読めないと言うことは、佐保理の十種によって創られた者でなければ、十種の所有者。


「まさか、彼女が十種の能力でお兄さんをどうにかしたってことですか!?」


「断定して良いと思う。死を覆すことのできる能力でね」


 今日、兄のためにたくさんたくさん頑張ったと言っていたことを思い出す。

 頑張ったというのは生き返らせたということなのか。

 そんなことって。


「もしかして、俺の八握剣やつかのつるぎが必要な理由って……」


「ええ、考えてるとおりよ。私の願いはただひとつ。あなたの八握剣で、ジョーを滅してあげてほしいの」


「そ、そんな……」


「できないの? 必要なことは話したつもりだけど。私が斬って欲しい理由は、わかるでしょ」


 あの話を聞いてしまっては会長の気持ちは何となく分かる。

 心の底から愛するジョーだからこそ、今の不自然な状態が許せないのだろう。

 しかし――


「でも、別に悪いことしてるわけじゃないじゃないですか。あの子としては、大好きなお兄ちゃんだから、生き返らせたかったんですよね。それに、ジョーさんが生き返って波瑠先輩は嬉しそうだったし、その、生駒先輩だってきっと同じじゃないんですか!?」


 これがひっかかっていたのだ。

 松莉まつりという妹の性格は破綻しているけれど、それが兄への愛ゆえのものであるなら、他人に迷惑をかけない限り、誰が罰することができようか。

 今日だって、話しかけさえしていなければ仲睦まじい兄妹として二人にとっては楽しい日で終わったかもしれないのだ。


「ダメよ。もう犠牲が出ているから」


「えっ」


「最近倒れて保健室に運ばれる生徒が多くてね。生徒会として調べてたのよ。犠牲者はいずれも、あのジョーのクラスの人間だった」


「それって……」


「考えたくは無いけれど、周りの人間の生気を吸ってるんじゃないかしら」

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