第136話 猿芝居
「あれ? こんなところで、いやー奇遇だなあ」
放課後、下駄箱前の廊下、目の前にはあの兄妹。
やや、棒なのは、仕方が無い。
シナリオは考えてはいるものの演技の練習なんてしている暇はなかった。
しかし、待ち構えていてようやく掴んだチャンス。
モノにしないわけにはいかない。
「あんた、あの時のダメ兄貴!」
「ちょっと待った。ダメ兄貴はひどくないか? 二度目の相手に対して」
「うちのジョー兄に比べたらダメダメに決まってるじゃ無い。どうでもいいけどそこどいてよ、もう私たち家に帰るんだから」
想定通りの反応。予想通りのツンツンツインテール
ここはプランAのままでよさそうだ。
「せっかくだから少し話さないか? どうせ帰るなら暇なんだろうし、兄妹同士ならいいだろ?」
「兄妹同士?」
「ええっと、二卵性双生児の妹です」
隣から
今日の菊理は妹設定。
兄妹なら向こうも警戒を解くだろうということで、お昼休みに拝み倒した。部活を休んでまで参加してもらっている。このミッション、絶対に成功させなければならない。
「あなたも同じ高校だったのね。可愛い妹じゃない。私ほどじゃないけどね」
「あ、ありがと」
よしよし、妹同士はオーケーなようだ。
菊理が真っ赤になっているのは、照れているのか。
こんなに可愛い妹なら毎日……いけない、今はそれどころではなかった。
「お兄さんいいですか? ちょっとお話したいこともあるんで」
「ちょっとお話したいことって何?」
「松莉、そう喧嘩腰にならずにまずは聞いてみようぜ」
この一言で、一応松莉が黙る。
やはり彼女にとってジョーさんが絶対だ。
ここで、さらに、ジョーさんをのせるために畳みかける
「パターゴルフやりませんか? 二人であそこに来てたってことは好きなんですよね?」
「おいおい、ここ学校だぜ?」
「まあ、ついてきてくださいよ」
精一杯の笑顔でアピールする。
「ふーん、面白そうじゃないか、松莉。ついていってみないか?」
「ジョー兄がそう言うなら……いいけど」
よし成功。
菊理と目配せする。
「ではいきましょう」
下駄箱で靴をはき、ぐるりと校舎の横を回って、裏庭へ。
裏庭が見えた時点で、ジョーさんが疑問をぶつけてきた。
「どういうことだ? パターとボールはそこにあるが、それ以外何もないじゃないか?」
会長に手配してもらったパターが四本。校舎脇に並べられている。
その近くにはボールが入ったバケツ。
他には特に変わらぬ裏庭。それは間違いない。間違いないが――
「あまい、あまいですよ。お兄さん」
「何だと?」
「ここはスタートにしてゴール。我々はこれから学校を一周して、打数を競うんです」
グラウンドを一周してここまで戻ってくるコースを地面に書いて、他の三人に説明する。
「これは確かに面白そうだな。だけどそれって怒られないか?」
「許可はとってあります。問題ありません」
嘘では無い。生駒先輩に許可をとっている。
安全のため、他の生徒は彼女の操作で今のこの間も帰宅しつつあるはず。
会長の許可は学校の許可。彼女に逆らえるものは、いるとすれば十種の所有者くらいだ。
「面白いな。じゃあ誰からやる?」
「おっと、待ってくださいよ。四人だと待ち時間が多くて時間がかかっちゃいます。ここは、妹同士、兄同士でどうですか?」
「いいだろう。松莉もいいよな」
「ジョー兄がいいなら、別にいいよ、寂しいけど」
松莉は、彼女が言葉にしたとおりの表情。
「ちょっとの間だけだろう。たまには男同士の勝負もさせてくれよ」
撫でるジョーさんに、さすがのツンツンも顔がほころび赤くなる。
「ジョー兄、嬉しいけど、恥ずかしいよ。あっちのバカ兄に見られる」
この子もこんな顔をするのかと見とれていたら、菊理が、ズボンの裾をひっぱってきた。
「何だよ」
そのまま正面からくっついてきた。
ち、近い。
そして、ジャージの胸のあたりを指でつまむと、こちらを見上げながら言うのだ。
「あたしには無いんですか? ねぎらい」
「仕方ないな……頼むぞ」
撫でてやる。
菊理は満足そうに「これで頑張れます」と言ってくれた。
「では、レディーファーストでいきましょう。安全のために、我々兄組は少し時間を置いてからのスタートで」
「妹対決か、手は抜かないわよ」
「こっちも全力で行かせていただきます」
菊理の台詞に不安になる。
全力を出されたら、校舎に被害が及びそうだ。
心配そうな視線を感じたのか、菊理がウィンクした。
大丈夫だと言いたいらしい。
妹二人のスタートを見送る兄二人。
ここからが勝負どころだ。
菊理よ、松莉を熱くさせて、時間稼ぎを頑張ってくれ。
こっちはこっちで頑張るから。
菊理が先行して放つ第一打。
勢いよく地面の上を飛んで行く。転がっていく。
まだ威力が落ちないぞ、大丈夫か?
ダメ兄の心配は最高潮だった。
しかし、フェンスにぶつかった後、跳ね返っていたので胸をなでおろす。
ちゃんと自分の力をコントロールできているのだ、彼女は。
松莉も負けじと初打を打つ。
菊理並の勢いで飛んでいったように見えたが、こちらはフェンスに達するまえに良い位置でとまった。
これは、菊理の一打を見て、丁度良い一撃をイメージしていたということなのだろうか。考えるだに恐ろしい。
「そのまま、先に打ってどんどん進んでおいてくれ。あんまり近いと、兄達本気出せないから」
「わかった。ジョー兄も頑張ってね。このダメ兄に負けたら許さないからね」
「あいよ」
「では、……お兄ちゃん、先にいくね」
菊理のお兄ちゃんは破壊力がありすぎた。
演技だと分かっていても、飛びつきたいのを我慢するのが辛いほどに。
きっとわかっているのだろう。
彼女はべー、っと舌を出すと、そのままボールの方に走って行く。
松莉も名残惜しそうにしつつも、ジョー先輩に手を振り、彼女の後を追いかけた。
二人のボールは、何だかんだ近いところにあったようで、どちらが先に打つかで、話し合っているようだった。
結局、菊理、松莉の順に二打めを打ち、二人は自分の手を振ると校舎の角を過ぎて見えなくなった。
よし、松莉を引き離すことに成功した。
今だ。
「ジョーさん、ちょっといいですか?」
「何だ?」
「事故のこと、本当に覚えてないんですか?」
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