第137話 崩壊
「どうして君が俺にそれを聞く?」
「波瑠先輩と話してるの聞いてしまったんです。そして、俺、生駒先輩から全部聞いています。こう言えばわかってもらえますか」
沈黙。
ジョーさんは悩んでいるようだった。
「今のこの状況、不自然だってわかってますよね? 自分がクラスメートの生気を奪ってることも知ってますよね。ジョーさんは、それで……いいんですか?」
ここでようやくジョーさんが口を開いた。
「正直なところを言うと、多分意識を失うところまでは覚えてると思う。これが正しい出来事の記憶かどうかはわからないけどな」
「林間学校で、生駒先輩をおんぶして、先輩が嫌がって逃げ出したとかも、覚えてますか?」
何故かジョーさんに忘れていて欲しくないと思ってしまったらしい。
自分でも変だと思うことを聞いてしまった。
「ノリから聞いてるのか。懐かしいな。俺は嬉しかったんだよ、ノリをおんぶしたとき。だから彼女が降ろせと暴れたときは悲しかったんだ。ショックだったんだ」
嬉しかった?
波瑠先輩の方が良かったのではなかったろうか。
十種神宝『
波瑠先輩にも生駒先輩にも申し訳ないが、ジョーさんの真実を確認したくなってしまった。
「そのまま続けてください、お願いします」
「あの後、彼女がそのまま消えてしまったから、三人で相談して山を降りた。そしたら騒ぎになってて、ノリが行方不明だって言うじゃないか。慌てたさ」
これは生駒先輩の言っていた十種のオーバーヒートで、起きた騒ぎに違いない。
「そして、ハルと一緒にノリを探して、探し回って、見つけたときは嬉しかった。だから追いかけた。もう二度と離すもんかって。あの時は必死だった。車のライトが迫ってきて、とにかく彼女を助けないとって体を動かして……あの夜覚えてることはここまでだ」
忌むべき事故。
自分が死んだ後に自分がどうなったのかなんてわかるはずもない。
やはりジョーさんはこの時一度命を失っているのだ。
「その後、目覚めたときには、暗いところで、
「ジョーさんは、その、波瑠先輩と生駒先輩のどっちが好きだったんですか?」
「突然変なことを聞くんだな。そんな高嶺の花二人のどっちがいいかって聞かれても困る」
「えっ、波瑠先輩のことが好きだったんじゃ?」
「誰に聞いたのか知らないがそれはあってるようで違うな。ハルはモデル体型の美人だし、ノリは可愛いお嬢様系だろ。クラスで底辺の俺には、どっちも縁の無い存在だ。そう思ってたよ」
「二人がジョーさんを好きだっていうことは知らなかったんですか?」
「おいおいこの流れでそれを言われてもな。そうだったらいいなと思っていたことはあるが、俺が知るわけ無いだろう。心読めるわけじゃないんだしさ。松莉からも、ノリは部活の仲間として俺のこと見てるって言われてたしな。まーでも、同じ部活のもう一人のイケメンが松莉にぞっこんだったからその可能性はあったわけか、鈍感だよな俺は」
寂しそうな笑顔だった。
「なあ、俺はやっぱり死んでるのか」
唐突に聞かれた。
答えないわけにはいかない。
「はい……」
「そうか。松莉に言われるままに、クラスのやつの体になるべく触れるようにしてるんだが、触ったやつは決まって次の日学校を休んでる。あれは、俺が何かを吸っているのか。いつの間にかゾンビになっちまってるんだな、俺」
「多分……」
「クラスのやつの不調に気付いていなかったとは言わないが、あいつ、松莉が泣くんだよ。だから、兄として、それに抵抗できなかったんだ」
「……」
「潮時かもな。お前、そのために来たのか?」
その真っ直ぐな顔を裏切ることはできず、頷く。
「今なら松莉もいないし、丁度いいかもしれないな。介錯たのまあ……む!?」
ジョーさんが俺の後ろを見て顔色を変える。
そこには、顔を上気させた、松莉がいた。
彼女は叫ぶ。
「いいわけないじゃない!」
「松莉……」
彼女の後ろにすっと菊理があらわれる。
「ごめんなさい、先輩。彼女、凄い剣幕で止められなくて、あ……」
「何!? 妹って嘘なの? やっぱりお前は、私たちを騙してたのか!」
「騙していたのは謝る。でもな、俺はジョーさんを、お前のお兄さんを救いたいんだ」
「ジョー兄は私と一緒にいれば幸せなんだから、余計なことはしなくていいわよ」
「松莉……俺は……」
ジョーさんが何かを言いかけたとき、それまでの彼女の兄を見る暖かい視線が突然凍り付いたかのように見えた。
「このお兄ちゃんも失敗だったみたいね。まあいいわ、後でおうちでどうとでもできるんだから。その前に、目障りなゴミ二人を片付けようかしらね」
「な、何!?」
「でてきなさい、私の可愛い
彼女が手を振り上げると、指の先に、黒い
勾玉から黒い煙が沸き起こり、地面を這うように広がって行く。
すると、地面がぼこりぼこりとそこらここらで音を立てて割れ、その割れ目から人の形をしたものが何体か現れた。
危険を感じて腰の
「この学校はね、もともと墓地があるところに立ってるから、私の
「何だと」
彼女は周りの人影を
ざんばら髪にいずれもぼろぼろの衣類を纏い、ところどころ肉が避けて骨のようなものが見える。まるで、死体のようなそれを。
映画に出てくるようなゾンビ、そのものに見える。
「えっ!」
菊理の叫ぶ声にふり向く。
彼女の視線は一点に集まっており、その口からは信じられない言葉が放たれた。
「八重……」
振り乱した髪に、ボロボロの衣服。
年の頃が中学生くらいの女の子に見えるが、余りに汚くて分別がつかない。
「く、菊理?」
そんな様子も気にせず、松莉は
「何だかわからないけれど、偽兄からやっちゃって!」
ゾンビの群が一斉に襲いかかってきた。
こういうときはとりあえず、逃げる。
校舎の際まで。
敵に襲われる方向を限定するのだ。
何より背後がとられないというのは安心する。
辿り着いた。そして観察する。
ゾンビだけにか、それとも召喚されたばかりだからか、普通の人間よりも動きは遅いようだった。これならいける。
校舎を背にしつつ、近寄ってきた一体を袈裟斬りに。
嫌な感触がして、そのまま体がぼろぼろに崩れて散開し、消えた。
「な、何!? その剣はいったいッ!」
ゾンビと一緒に追いかけてきていた松莉は
「よし、いけるな」
左に右にと
佐保理の無限沖田総司に比べると余裕で捌けている。
これは、あのつや様との修行の成果、その後の戦いでの経験の影響もあるだろう。
あとは、離れている二体。
松莉の脇にいるジョーさんと、それから――
「菊理、そこをどいてくれないか」
「どきません」
八重の前に彼女が立ち塞がった。
決意を込めた目をして。
「その子、八重なのか? だったらわかってるだろ、ジョーさんと同じだって」
菊理には作戦の説明をするときにジョーさんの事情は簡単に説明してある。
彼がゾンビであることは知っているはずなのだが……。
「それでも、割り切れません。八重を斬るというのなら、あたしはッ!」
「くーちゃん……」
菊理の後ろから少女のか細い声が聞こえた。
心が揺らぐ。
「先輩、迷いは命取りですよ」
突如として菊理の姿が消えたかと思うと、首の辺りに痛みを感じた
「ごめんね、大好きだよ、お兄ちゃん……」
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