第184話 畳運ぶぞ、畳

 真理奈まりなが玄関の扉を開ける。

 その途端、次々と石が家の中に投げ込まれた。

 まさに石の雨、怒濤の石。

 立てかけてある畳の影に慌てて隠れる。


 石は幸い、全て畳に全て当たったようだ。

 ドン、ドンと畳に衝撃を与えた後、ゴツ、ゴンと音をたてて、床板にぶつかりころがる。


 畳の向こう側、玄関の先を見る。

 玄関からの灯りに照らされて見える人影は全てゾンビの群。

 五メートルくらい前でゾンビが集団をつくっている。


「こっちがこう出るのを待ってやがったのか、チクショウ!」


「今です、秋山先輩!」


「応よ!」


 石の雨が止んだ、今がその時。


 ちゃぶ台を盾として、頭と上半身を庇いつつ突撃。

 幸い石は来なかったので、目測の五メートルあたりで、ちゃぶ台を放棄して、『八握剣やつかのつるぎ』を構え、横薙ぎに払う。

 辺りにいたゾンビが煙ととともに消滅する。


「ふー、真理奈の機転のお陰で助かったぜ」



 外に出るにあたり、おそらく玄関に集中砲火を浴びることは避けられない。

 なので玄関に外した畳を立てかけて防護壁とする。


 松莉まつりのゾンビにはいくつかランクがあるが、この攻撃に知性の高いランクのゾンビを投入するとは思えない。

 扉が開けば何も考えずに全員で石を投げてくる。


 それを耐えきれば、動きの遅いゾンビが次の石を放つまでに時間ができるから、その間に突撃を敢行し、ゾンビの群を蹴散らす。


 次いで、群に飛び込みつつ、攪乱しつつ動きながらでゾンビを捌けば、知性の低いゾンビはそのままこちらを攻撃してくるはず。

 そもそもゾンビの動きは遅いので、移動を繰り返すことで、石をなげられても回避可能。


 後は、松莉を操るヤチを発見し、『八握剣』で斬るだけ。


 待っていれば戦場を俯瞰している北条先輩が、発見してくれるだろうし、ヤチは自分の周りをゾンビの群で固めているだろうからゾンビの群の様子から前線の二人が当たりをつけることもできるだろう、と。


 完璧といっていい真理奈の作戦。


『戦国時代に、鉄砲相手の合戦でもこんな感じだったみたいです。あの時代の鉄砲は連射が効かないですから、弾を込めている間に蹂躙すれば……』


 説明が止まりそうになかったので、『なら畳運ぶぞ、畳』と、もう行動に移ってやった。


 何だろうこの既視感。


 キョウケンはそもそも歴史を扱う文化系の部活だから、歴女が多いのは納得できるけれど、今この砦で共に戦っている女子二人は、知識が傑出し過ぎているように思える。


 この二人に市花が加わったら……うん、佐保理と直はきっと俺の仲間だ。

 仲間がいれば怖くない!



 いや、今はそれどころではなかった。

 立ち止まっていたら、再び石の雨が来る。



 『八握剣』を握り直し、そのまま指示通りに付近のゾンビの群に再度突撃を敢行。


 満足な攻撃もできないまま、彼らは剣の一閃で塵に返ってゆく。


 元々は誰だったのだろう。

 どこに眠っていたのだろう。


 そんなことを考えていては、剣は振るえない。

 だから、俺は無心で剣を振るった。


 一閃一閃ごとに塵に返るのは、供養。

 屍を操るという死者への冒涜を、俺の剣が浄化するのだ。

 もう自分の心は揺らぐことは無い、そう思っていたのだが――



 あれ……あれはまさか……



 目に映るものが信じられず、一瞬動きを止めてしまった。


「秋山先輩ッ!」


 後ろからドンッと突き飛ばされて、バランスを崩し転がる。

 『八握剣』は何とか離さずに済んだ。

 急いで立ち上がる。


 後ろをふり向くと、真理奈の刀が大柄のゾンビの肩口を切り裂いていた。

 ゾンビは間もなく、塵に返った。


「油断しないでください。ゾンビの数、想像以上に多いです。足を止めたら集中攻撃をくらいますよ」


 背中合わせの会話。

 彼女はそう言いながら既に次のゾンビに剣を振るっている。


 言わんとすることはわかる。

 この家の周りを囲むゾンビの数は、ざっと見ても、五十、いや百以上はいそうだ。


 それなりに殲滅したつもりであっても、まだこの数。

 いくら動きが遅いとはいっても、これだけ数がいて、一斉に襲われたら、その動きの遅さは攻撃の手数でカバーされる。


 こちらの優位はスピード。

 それを捨ててはいけない。



 だけど――



「ジョーさんと……八重が……いるんだ……」


 見てしまった。見えてしまった。

 ゾンビの群の中に二人がいるのを。


 自然と目は二人を追ってしまう。


 知性はやはりなさそうだ。外見から、ランクの低い状態というやつで蘇らせられ、酷使されているのだろう……。


 松莉はようやく兄とわかり合えたのに。

 菊理はやっと八重の気持ちを確かめられたのに。


 綺麗な別れを知っているだけに、この現実を過酷なものに感じる。


 思い悩めば剣は曇るもの。

 それが先ほどの隙となった。


「それがどうしたというのです!」


「真理奈……?」


「そんなことは松莉が敵に、ヤチの傀儡となった時にわかっていたことでしょう」


 正論だ。全く反論できない。

 予想はしつつも、そんなことはないだろうと、自分はありえない願望を抱いていた。


「だ、だけど……俺には今の二人を斬るなんて……」


「わかりました。二人は私が斬ります。秋山先輩は、それ以外のゾンビを。ならばいいでしょう」


 そこまで言うと痺れを斬らしたのか、彼女は攻撃の速度を上げた。

 二体、三体、『日月護身剣にちげつごしんのけん』が舞い、彼女の左右のおさげが揺れる度に複数のゾンビが天に返ってゆく。

 俺たちと、囲むゾンビの間隔がどんどん広くなってゆく。


 剣を振るう彼女の姿は綺麗だった。

 手合わせしたことのある蒲生に比べると動きに優雅さは無いが、今の真理奈の剣には、一刀一刀に強い意思を感じる。


 迷いの無い剣。

 その剣の軌跡は、まるで、俺にあるべき道を指し示すかのように、思える。


 剣は斬ることしかできない。

 そもそもが相手の命を絶つために創られたものだ。

 対する者がゾンビであろうと生身の人間であろうと関係ない。

 振るうこと自体に覚悟を要する。



『あなたにその覚悟はあるのか?』



 彼女の剣は俺にそれを問うているようにも感じた。


 けれど、今は、答えをだせそうにない。

 そんなことを考えながら、剣だけは振り回していたときだった。


「秋山! 小木曽おぎそ!」


「波瑠先輩!?」


 いつの間にか、波瑠先輩が近くにきていた。

 呼吸が荒い、ゾンビを避けながら全力で走ってきたのか。


 真理奈と二人で、背あわせに先輩を囲む。


「北条先輩、見つかったのですね」


「ああ。時間がかかって申し訳なかった。あっちだ、ウチの庭の方にいる」


 屋敷の灯りと街灯に周りが照らされる中で、ひときわ暗い一角を波瑠先輩は指さした。何かぼおっと光っているあれは、鬼火か?


「わかりましたが……先輩はどうされます?」


「戻るのも大変そうだ、お前達と一緒に行く。すまないが、私を守ってくれ。もうひと頑張りだ!」


「「はいっ!」」


 返事だけは、良い感じにできたと思う。


 まだ迷いは残っていたが、そうも言っていられない。

 目の前のゾンビが、ジョーさんでも八重でも無いのを確認して、斬る。

 まったくゲンキンで嫌になる。命に違いなんてないはずなのに。


 真理奈の奮闘のお陰か、遮るゾンビをほぼ殲滅して退け、少し後には辿り着くことができた。

 できたのだが……。


「『八握剣』がある割には、遅い到着よの、待ちくたびれたぞ」


 鬼火が舞い、彼女の周りを照らしている。

 松莉、いやヤチは庭の池の畔の石に腰掛けて待っていた。


「大きなお世話だ、ヤチ。もうお前の周りにゾンビはいないぞ!」


「おぬしも愚か者よのう、瑞姫みずきよ。まあ、おぬしの思い人がここにこうしている時点で来るしかないとは思うておったがな」


「何ッ!」


「会いたかったよ……ハル」


 ゆらりと立ち上がる影。

 鬼火に照らし出されたのは……ジョーさんだった。


「そうそう、ついでにこの娘も盾代わりに用意させてもろうた」


 松莉との間に小柄な影が割り込む。

 あの夜、菊理くくりと涙の別れをした彼女、八重やえ



 ああ言っていたものの、この時、俺と波瑠先輩の様子を見て、真理奈は思い切れなかったのだろう。

 それが、敵の攻撃を許してしまった。


「ハルゥウウウウウウウウ」


 次の瞬間、波瑠先輩がジョーさん、いやジョーさんの形をした何かに抱きしめられていた。


 ゾンビの動きがこれほどまでに早いとは予想していなかったのだろう。

 波瑠先輩は驚いた表情のまま、ふっと目を閉じると、そのまま首の力が抜けていた。

 彼女は、意識を失ったのだ。


「波瑠先輩!」


 俺も間抜けだった。

 気付いた時には、鬼のような形相をした八重が目の前に迫っていた。

 『八握剣』を構え直す暇もない。


 しかし、そこで八重は、動かなくなり……塵となって消えた。


 後ろに、剣を突き刺したままで構える真理奈の姿。

 彼女は無言でそのまま波瑠先輩を抱くジョーさんに駆け寄り、剣を振り降ろす。


 ジョーさんの姿も、塵となって消えた。

 後に残るは倒れ伏す波瑠先輩の姿のみ。


 ここでようやく、俺は我に返る。


「真理奈……すまん、波瑠先輩を守れなかった」


「いえ、私も油断していました。それよりも、早く松莉を」


 促されて、『八握剣』を松莉に向けて振り上げる。

 松莉は、相変わらずの表情。


 何かがおかしい……

 そうだ、彼女は逃げようともしていないのだ。

 庭の池の畔の石に腰掛けたまま。


「どうした。早う斬るが良いぞ。我はもう目的は果たしたゆえな。この娘にはもう用は無い」


「何だと!」


「結界はとりのぞいた」


 その台詞とともに、何か、周囲の空気が変わった。

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