第187話 では続きをさせてもらおうか

「残念だったな。いや、愚かというべきか。所詮は人間の浅知恵よの」


 勝ち誇り笑うヤチ。

 つや様も俺もおそらくヤチ自身の力によって金縛りにあい、動くことはできないみたいだ。


 つや様の顔は涙に濡れていた。

 悔しいだろう。

 覚悟を決めて市花いちかを斬っただけに、その無念ははかりしれない。




 あの後、突然血まみれの市花が立ち上がった。

 その手に握られていたのは、『生玉いくたま』。

 所有者に恐ろしいまでの回復力を与える十種とくさ


 本来の持ち主は菊理のはずだが、『品物之比礼くさぐさのもののひれ』で『生玉いくたま』を制御したということか。


 今度こそ考えるまでもなかった。

 『日月護身剣にちげつごしんのけん』の霊力がヤチを消滅させる前に、ヤチは回復していたのだ。


 つや様は、すっかり気が抜けていたのだろう、『日月護身剣』を構え直すことも許されず、ヤチの手に落ちた。


「まあ、良い余興ではあったな。結局四百年ほど、我、いや私を良く眠らせてくれたに過ぎぬの」


 四百年?

 あの水晶の中にいるのが直……ではなくヤチの本体だとして。

 ずっとそこに眠っていた、眠らされていたということか。


 四百年前……社会科準備室での記憶が蘇る。

 直が言っていた。戦国時代が四百年前だと。


 戦国時代といえば、つや様の時代。

 あの、夢の中で出会った『絶望の時』と戦おうとしていたつやの。


 先ほどのヤチの口ぶりからすると、ヤチを四百年前に眠らせたのは、つや様だということになる。


 そうだ、生駒先輩がジョーさんとの思い出を話してくれた時、そこに出てきたつや様は、封印が解けてしまった化け物、人の歴史を終わらせる化け物に対抗するために、十種を集めると言っていたはずだ。


 波瑠先輩は十種の封印を解いたことを嘆いていたが、十種とともにヤチも封印されていたとすると話がつながらないか。


 四百年前に、つや様は、十種の力でヤチを封印した。

 だから同じように四百年後の今も十種を集めてヤチを封印しようとしたんだ。


 何てことだ、繰り返していたのは、真理奈まりなだけではなかった。


 なのに、なのに、この状況になって……



「これでわかったであろう。人間どもよ。おぬしらでは、神には逆らえぬということを……さて、では続きをさせてもらおうか」



 再びヤチが両手を掲げる。

 十種神宝とくさのかんだからが先ほどと同じように宙を舞う。



「ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり」



 十種神宝がひとつひとつ輝きを放つ。



「ふるべ ゆらゆらと ふるべ」



 唱え終わった瞬間、輝きが部屋の中に満ちあふれた。

 その輝きの中で、あの水晶が割れて、中の少女の目が開く。


 市花の方は、力を失い……そのまま畳の上に倒れていった。



「ふはははは、久しぶりのこの体。神代の力が戻ったようだ。ようやくこの時が来た。私はこの時を待っていたのだぞ」



 直に似た少女は、無邪気に、満足気に笑っている。

 白い和服姿、それは清らかな格好であるはずなのに、彼女は邪悪さしか感じさせない。

 神々しい白い光のオーラに包まれているのが信じられない。


 最悪の神が、十種の力で蘇ってしまった。

 これで未来は、闇にとざされるのか……


 波瑠先輩が、初めてヤチのことを、俺に教えてくれた時に言っていた。


『すまない、お前の未来をまた見てしまった』


 気にしなくてもいいですよ、どうせもう死ぬって決まってるじゃ無いですか、と精一杯のカラ元気を見せて笑う俺に、そうじゃないと彼女は言った。


 俺に未来が無いのがわかったのだと。

 確定した未来が見えるはずの『沖津鏡おきつかがみ』で、何も見えなかったのだと。


 こうしてヤチは蘇ってしまい、逆にそれこそが確定した予言だったことがわかる。



「絶望しておるのか? まあ、仕方あるまいな」



 ヤチはすっと右手をあげた。


 その手に引き寄せられるかのように、傍らに転がっていた『日月護身剣にちげつごしんのけん』が宙に浮かぶ。


 そして、瞬く間にその一方の端が彼女の手の中に収まった。

 その切っ先は彼女のオーラを反射し、怪しく輝いている。



「せめて、苦しまぬよう、楽にしてやろう」



 この言葉が発せられるやいなや、彼女の手は振り下ろされる。

 俺に向かって。

 金縛りは続いたまま、動くことなんて……できない。


 ふっと、意識が途切れ、気がつくと、床に伏していた。

 目の前の一面に血だまりが出来ている。


 力を振り絞り、首を下に向ける。

 そこには、剣の柄があった。


 少し動くと、背中の方にも何か固いモノが刺さっているような感覚がある。


 前後は繋がっているようだ。

 間違いない、貫かれている。


 痛みが全く無い。

 これは、ヤチの言葉どおり、やつの神の力で痛みを消しているのか。

 人の命をもて遊ぶ神の狂気の善意ッ。



「殿、殿ッ」


「無駄よ、無駄、後は死にゆくだけじゃ」



 つや様と、無情なヤチの声が聞こえる。


 そうか、自分は死ぬのか。



 このイメージは……四月に確か見ているイメージ。



 あの時は、この後下駄箱の横で、波瑠先輩に本当に頭に来た。

 綺麗な先輩だとは思ったけれど、その遠慮の無い言い方に我慢がならなかった。


 まさか、同じ部活に入って、一緒に山に行ったり、遊園地に行ったりすることになるなんて思いもしなかった。



 波瑠先輩のこと、多分好きだった。

 でも、その好きは何というかお姉ちゃんに対しての好きだった気がする。

 実際に姉はいないから本当にそうなのかはわからないけれど。

 『一緒にいると安心できる存在』、一言で言うとこれだった。

 男としてはどうかと思うけれど、弟としてなら許されるんじゃ無いだろうか。



 波瑠先輩のことを考えていると、キョウケンの他の女子の顔も浮かんでくる。


 

 佐保理……も好きだったんだろうな、俺は。

 ワンコかニャンコかというくらい人なつっこい子だった。

 俺の、気がつくと女の子を撫でるクセは多分佐保理が発祥の地だ。

 俺がどんなことになってもきっと俺のことを好きでいてくれる。

 『信じられる存在』だった。



 市花も気になっていた。ずっと。

 菊理の時に、守ってくださいと言われたときは完全にハートを打ち抜かれて困った。

 普段口の悪いことのギャップ萌えなんだろうかな、あれは。

 その口の悪いのも、悪ガキが好きな子にちょっかいを出すそれだったような気がする。

 そんな、『心くすぐる存在』だった。 



 直はもう言うまでもない。

 いつも近くにいてくれる。気付けばそこにいる。

 『そこにいるのがあたりまえの存在』だった。

 言葉少なだが、これ以上の表現はできないのだから仕方ない。

 直が俺の近くからいなくなることは考えられなかった。

 だから、最後は戦えない彼女を心配しつつも、一緒にいられて嬉しかった。



 生徒会の三人や、一年生の三人とも十種のお陰で知り合えたと言ってよさそうだ。十種に感謝しようとはさらさら思えないが、これは事実。



 冬美は、思いをストレートに表現する子だった。

 考えてみると、この人生まともに告白されたのは、彼女くらいだ。

 しかも、唇まで奪われた……これで好きにならなかったら男としておかしいだろう。せめてもう少し人気のないところでいつもアクションしてくれれば。

 けれどそんな波乱を起こしてくるのになぜか彼女と一緒にいると悪い気はしなかった。

 『心安らぐ存在』だった。



 乾は、未だによく分からない。

 よく分からないけど、一つだけ言えることは、あいつの自分は揺るぎない。常に我が道をゆく。だから人とぶつかることもあるが、それゆえにわかり合えることもある。心を裸にするっていうか。

 そこが好きだったんだろうな。

 『気取らず付き合える存在』だった。



 生駒先輩は……素直じゃないんだよな。

 人の心が見えてたせいもあると思うけど、かなり屈折してる。

 でも、だからこそ人のことを思いやるんだ、あの人は。

 俺にとっては『振り回されたくなる存在』だった。

 これも多分好きの一つの形なんだろう。



 菊理は、可愛い妹がいたらこんな感じとしか思えないな。

 『可愛がりたくなる存在』だった。

 市花が聞いたら怒りそうだな……でも、もう大丈夫か。



 松莉も同じ一年なのに、どうしてこう違うのか。

 でも、全部わかってた。彼女の思いがずっと兄に向いていたことは。

 同じく兄を演じた身として。

 社会科準備室で、あの時少しときめいたのは許して欲しい。

 『手を差し伸べたくなる存在』かな?

 ジョーさん、また会えるかな。

 今度こそ男同士、松莉の良さを語りあいたい!



 そして真理奈。

 最後まで謎だったけど、一緒に戦ってたせいか、他の女の子と同じくらい親しみを感じていた。何回繰り返していたのか。常に一生懸命な彼女のことを思うと胸が痛む。今回も……ごめん。

 でも思い出すのはあの笑顔だ。

 だからここまで、最期まで頑張れた気もする。

 『元気をくれる存在』だった。

 



 結局、最後は女の子のことばかりだったのか、俺の人生。

 できれば、また気がついたらあの下駄箱であってほしいけれど……無理かな……

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