第186話 これで終わったと思って良いんだよな

「増えたな……」


「アタシ来るの遅かったかな。皆ごめん……」


 いぬいが御座敷を見渡して神妙な顔をしている。


 元々寝ている四人に加え、松莉まつり、波瑠先輩、生駒いこま先輩、なおの四人が加わり、今やそこには八人分の布団が並んでいる。


 今夜の戦いが如何に凄まじいものであるかを物語る様な惨状。

 さっきようやく参戦した乾としては、肩身の狭さを感じるのかもしれない。



 俺と乾と真理奈まりなの三人はというと、横によけてあるテーブルでお茶を啜ってようやく一息ついたところだ。


 波瑠先輩が気を利かせて冷蔵庫に冷やしておいてくれたらしい。

 先ほどの熱い戦いの後で、冷たい飲み物は体にしみ通る。


 もっとも俺だけは、コーラを拝借したが。

 でもこれは俺が悪いわけじゃない。と思いたい。

 女子二人にも勧めたけれど、夜に飲むと体重が増えるから糖分の入った飲み物は飲まないと言われた。


 乾までが拒否したのには驚いた。

 いや、この物言いは良くないか。

 見た目細いから、どちらかというと、気にしなくて良いのではという方だから勘違いしないでほしいぞ、乾。


 何か考えると顔に出るというから、我ながら変なことを考えてしまった。


 ともかく、封切ったばかりのコーラを喉に思いっきり流しつつ、これほど男に生まれてよかったと思ったことはなかった、のだが。


「これで終わったと思って良いんだよな」


「いいえ」


 俺の感無量な発言は真理奈にいきなり否定された。 

 一仕事終えたと思っていただけに、この一言で何だか疲れがどっと増した気がする。


「あの生駒先輩を操ってたヤチで最後だと思ってたんだけど、そうじゃないのか?」


「まだ『品物之比礼くさぐさのもののひれ』が残っています」


 すっかり忘れていた。

 今御座敷にいる十種の遣い手は九人。

 最後の十種『品物之比礼』の遣い手は今だ不明なまま。


「気になってたんだけど、マリリンって今まで何回も繰り返してるんだよな?」


「はい」


「なら誰が『品物之比礼』の所有者かとか分かるんじゃないのか?」


「実は、わからないんです……」


「はあ?」


 乾が信じられない、と言った顔。

 でも自分もこれは乾に同意する。


 真理奈が繰り返しているのは、一度や二度ではないだろう。

 その間に、『品物之比礼』の遣い手に会ったことが無いというのはどう考えてもおかしい。


「それが『品物之比礼』の効果によるものか、ヤチの力によるものかはわかりませんが、なぜかあの十種の所有者の記憶だけ毎回すっぽり抜けているんです」


「どういうことだよ、真理奈」


「私にもわかりません。わかっていたら最初から、該当人物を容赦なく血祭りにしています」


 物騒なことを言う。

 だが、その人物が原因で、繰り返すことになったのだろうから、言いたくなる気持ちもわからなくはない。


「まあ、そうだろうけどな……」


「手に書いとくとかそういうこと、できないのか?」


「乾、お前……頭良いな!」


「ふっふっふー、アタシを見直したか、とらきち」


「先輩方、盛り上がっておられるところ、大変申し訳ないのですが、私の時間遡行は魂だけが戻ってるみたいなので、そうもいかないんです」


「……まあ、そうだろうとは思ってた」


「俺の感動を返せよ、乾……」


 顔を見合わせて笑う。

 状況は予断を許さないが、それでも乾とこうして笑い合えるなら、少なくとも状況は良くなっているとは思える。


 たとえ、それがつかの間の休息であったとしても。


「何だか眠くなってきました……」


「真理奈は今日は一日中頑張ってたもんな。仮眠とれよ 何かあったらすぐ起こすぞ」


「いや、そういうわけには……」


 言いながら、ぐたりと机につっぷした。

 可愛いぞ、後輩。

 せめて、毛布を掛けといてやろう。


 おや、そういえばもうひとりの後輩の声もしない?


 逆側を見ると、やはりそうだった。

 犠牲者その二というべきか。


 乾の気持ち良さそうな顔。

 夢の中にもういるのではないだろうか。

 イメージ的に「むにゃむにゃ、とらきち、もう食べられない」とか言いそうではある……言わないな。

 言わない悪い子には、もれなく毛布をかけてやろう。いい子だ。



 ……これで起きているのは俺ひとりか……


 ちょっと心細くなる。

 その時――


「おや、おぬしだけなぜ眠りにおちぬ?」


「何ッ!」


 この声。

 この口調。

 嫌な予感がした。


 でも、声の方を向かないわけにはいかなかった。

 彼女は、いつの間にか、布団から起き上がり、立っていた。


 小柄で、どう見ても小学生にしか見えないおかっぱの彼女……



「市花……」


「また馬鹿モノに戻ってしまったのかおぬしは」


 そんなことわかってる。

 でも、この姿をしたら反射的に呼びかけてしまう。


 いや、そんなことを考えてる場合ではないと、『八握剣やつかのつるぎ』を構える。


 あれ……


 念を込める。


「何だよ、これ! どういうことだ」


 今まで出来ていたことが出来なくなっている。

 どんなに頑張っても剣の光が生成されず、単なる柄のみの剣ですらない代物。


「ククク、もうおぬし如きではどうにもならぬゆえ、見せてやろう」


 市花、いや市花の姿をしたヤチが両手を広げる。

 パサリと宙から布が降りて彼女がそれを身に纏う。


「これぞ、『品物之比礼くさぐさのもののひれ』!」


 彼女がそれを言ったか言わないかのうちに、部屋にいる皆それぞれの体から、十種神宝とくさのかんだからが現れ、そのままゆっくりと空中に浮遊する。


 『八握剣』も俺の手から離れた。

 取り返そうとして、気がつく。

 体が動かない……。


「馬鹿にはわからぬか? この娘の『品物之比礼』は全ての十種とくさを制御する十種なり」


 市花が十種の所有者だった……?

 あまりの衝撃に頭が真っ白になる。

 今までそんなそぶりは全くなかった。それなのに……。


 しかも、この口ぶりでは最後の十種『品物之比礼』は他の十種神宝をコントロールできるようだ。

 十種がヤチに全て奪われたとなれば、もはや、なすすべは無い……。


「そこでゆっくり見ておれ、十種の儀式をな」


 ヤチが手でぐるりと円を描くと、空間に亀裂が入る。

 そこから出てきたのは、氷?

 いや巨大な透明なガラスのような石、巨大な水晶なのか。

 そして、その中に眠るように目を瞑っている、白い和服の少女。


 あれは……


「直?」


 幼馴染みの顔だ。間違えるはずはない。

 しかし傍らを見ると、確かに直は布団に寝ている。


 直が二人。二人の直!?


「どういうことだよ!」


 聞いているのかいないのか。

 市花の姿のヤチは、水晶に眠る少女に近寄ると、愛おしそうに、その表面を撫でた。


「もう少し、今少しぞ。我、いや私よ……」


 そして、片手を掲げる。

 宙を舞う十種神宝、全てがそれに従うように彼女の周りに集まる。


「ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり」


 彼女の言う一言、一言に反応するかのように、十種が一つ一つ光りを発する。


「ふるべ ゆら……ぐお! が……」


 呪文が止まる。

 市花の顔が苦痛にゆがんでいた。


 俺と市花の間に立つ人影。

 剣を振った勢いでポニーテールが激しく揺れている。

 手に持つは『日月護身剣にちげつごしんのけん

 それが、市花の体を貫いていた。

 血の雫が畳にしたたり落ちる。


「な、直、いや、つや様か? ……え、でも、あああああああああ」


 言葉にならない。言葉にできない。

 市花を剣が……あの血の量……


「この瞬間を待っていた。浅井市花すまぬ。必ず十種で生き返らせるゆえ、許せ! こやつだけは許してはならぬ、絶対に目覚めさせてはならぬのだ」


 その目からはひとしずく、ふたしずく、透明な何かが流れ落ちている。

 だから、何も言えなかった……何という無力。


 剣が引き抜かれると、市花の体はそのまま崩れ落ちた。

 つや様は、剣を手に、立ち尽くしている。


「殿……これで……今度こそ仇を討てましたぞ……」


 急な展開、急すぎる展開に頭がついてゆかない。


 市花が最後の十種の所有者で、ヤチに操られ、儀式を行うところを、つや様に殺された……。


 殺された……。


 でも、つや様を誰が責められるだろうか。

 ヤチは世界を我が物にしようとする悪神。

 それを最後に身に宿した市花の不運。

 だからといって、それでも、心は納得できないのだ。


 おそらくつや様もそうだったのだろう。



 それが隙となる。

 隙を見せてはいけなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る