第188話 そして、小木曽真理奈は道を探す

「あ、あれ私――」


 意識が徐々にはっきりしてくる。

 そしてハッとして首を上げ、周りを見回す。


 体から毛布が落ちた。

 これは秋山先輩が掛けてくれたのだろうか?

 まだ少しぼーっとする頭で御座敷を見回すと、女子の先輩方と松莉まつりが、部屋の片隅に集まっている。


 胸騒ぎがして駆け寄ると、布団に二人が寝かせられていた。

 秋山先輩と、菊理くくり……


「なんだ、小木曽おぎそ起きたのか。もう少し寝ててもいいんだぞ。疲れているだろう?」


 北条先輩が私に優しい声を掛けてくれる。

 目元を真っ赤にしたままで……



「いえ、大丈夫です……」


「あ、秋山は、さ、最後まで頑張っていたそうだ……だがヤチは復活して、どこかに行ってしまった……」


 そこまで言うと、先輩はハンカチで顔を覆う。

 すすり泣く声。



「秋山君らしいというか。体を張って私たちを守ってくれたのね、波瑠」


 生駒いこま先輩が北条先輩の体を横から抱いてあやしている。

 二人が仲良くするところ、見てはみたかった。

 でも、こんな場面を私は望んでいない……。


 生駒先輩の声、いつもどおりだけど、やっぱり、そこに籠っている何かを感じてしまう。

 微妙に震えている背中。

 彼女は自分だけでもと、波瑠先輩を支えるために強がっている。そう思う。



「私の服が血だらけになっていたのは秋山くんの血だったのでしょうか……何も覚えていないのが悲しすぎます……秋山くんだけでなく菊理までこんなになるなんて」


 しゃくりあげているのは浅井先輩。

 彼女はずっと蚊帳の外だったから、いきなりのこの状況はきつすぎるだろう。



「ダーリンが死んじゃった……菊理ちゃんも……」


 穴山先輩のこの一言が、現実を私に強く認識させる。

 他は皆この言葉を言うのを避けていたのだろう。

 現実だと思いたくは無くて。


 けれど、穴山先輩にその感覚が無いわけではないと思う。

 変なことを考えてしまうのは、きっと私も悲しいからだ。


 もう何度目になるだろうか、秋山先輩の死を見るのは。

 最初は涙が止まらなかったが、何度も繰り返して、涙が枯れてしまったのか、ここ数回はぼーっとしているだけ、全く私の方こそ感覚が麻痺している。


 他はと見ると、蒲生がもう先輩はタオルで顔を覆ったまま動かず、松莉まつりは御座敷の隅っこで体育座りをしたまま、布団の上の二人をじっと見ている。



「皆すまぬ……わらわがもう少し、上手く立ち回っておれば……」


 つや様が座ったまま秋山先輩の顔を優しく撫でながら、呟く。

 雫が数滴、顔に落ちて、慌てて手元のタオルで拭いている。


 これは、大切な幼馴染を失った遠山先輩の涙でもある、と私は思った。



「つや……」


「つや様……」


 三年生の先輩二人も、彼女の台詞に込められた無念を思い、名前を呼ぶことしか、今はできない。



此度こたびも大切な人を妾は守れなんだ、共に行くこともできなかった……なれど残された者には残された者の役割があり、それを果たさねばならぬのだったな、黄梅おうばい……」


 タオルで数回顔をぬぐうと、彼女は立ち上がり、全員を見回す。


 そして言った。


「これで、ヤチは蘇った。十種神宝とくさのかんだからで元々の力を取り戻したとなると、人間である我々に打つ手はない」


「そ、そんな、何とかならないんですか?」


 これは穴山先輩。


「今のヤチは、分け御霊みたまでなく神そのもの。しかも、元々この世界の主たる神。十種を失った我々の力では敵わぬ」


「つや。そろそろ教えてくれないかしら。あのヤチはどういう神なの?」


 生駒先輩がつや様に尋ねる。

 つや様は少し考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「そなたたちは、国津神くにつかみと言う言葉を知っておるか?」


「国津神?」


 生駒先輩が顔に疑問符を浮かべる。

 何でも知ってるような先輩ではあるけれど、実はこういった内容は余り詳しくないのだ。


「日本の土着の神様の一族です……神話では高天原たかまがはらという、天の国から来た天津神あまつかみに敗北し……この国を天津神に譲ったと言われています」


 この手のお話は本来北条先輩の独壇場なのだけれど、今は無理そうなためか、浅井先輩が説明してくれた。

 その浅井先輩の声も、かなり震えてはいるけれど。


「なるほど、征服された神様ということね。それで、つや、ヤチは国津神ってことなの?」


「うむ、ヤチとは漢字で八千のほこと書いてヤチホコノカミの略称。国津神の最高神、オオクニヌシの別名よ」


「さ、最高神……」


 穴山先輩が絶句する。

 彼女は神話についての造詣は深いから、つや様が伝えようとしたことを悟ったのだろう。


 最高神とは、すなわち最強の神。

 その昔、アマテラス率いる天津神が総力をあげた戦いの末、下した相手。


 ロールプレイングゲームでは無いのだ。

 神というのは次元の違う相手。神だから勝つことができた。

 人がレベルを上げて勝てる相手ではない。


 頼みの綱が十種神宝であったとはいえ、今はヤチによって使われ、再び使用可能となるのは四百年後。

 そもそも、あそこまで戦えたのは、ヤチが完全体ではなかったからだ……そう、完全体ではなかったから。


 一同を覆う空気が重い。

 多分私と同じようなことを皆考えているのだろう。

 その時だった――



「お待たせー、持ってきたぞー、マリリン」



 場違いな明るい声が響く。

 もちろん細川先輩だ。


「どこに行っていたのです? 細川さん。大変申し訳ないのですが、今はあまり皆そういう雰囲気ではありませんので……」


 浅井先輩が窘めるように言うが、細川先輩は気にせず私の近くまで来ると、私にそれを手渡す。


「ほれ、『道返玉ちかへしのたま』イッチョあがり~」


「あ、ありがとうございます、細川先輩」


 『道返玉』は私の手の上で、虹色に輝く。


「うん、リンク回復しました。大丈夫みたいです。これならいけます」


「あれ、これって……もしかして、そういうこと!?」


 隣から穴山先輩の驚きの声。


「はい、そういうことですよ。オリジナルの方です」


「えーっと、申し訳ないけれど、どういうことなのか、説明してもらえないかしら」


 生駒先輩の言葉は、今話していた三人以外の言葉を代弁したものらしい。

 北条先輩と蒲生先輩はタオルから顔を上げ、つや様に浅井先輩、松莉までもがこちらを窺っている。


「お話ししましょう」


 前置きは大切だ。

 何度目か分からない程説明しているからか、自分の説明も上手になったものだと思う。


 それから話した。


 あの屋上で、時間を止めて、穴山先輩に、『辺津鏡へつかがみ』で『道返玉』のコピーを作って貰ったこと。


 ヤチに探知されないように、オリジナルを細川先輩に学校近くの神社、ヤチ以外の神の加護のある場所に隠して貰ったこと。


 この家ではコピーで戦っていたこと。


「コピーはオリジナルと同じ効果があるの? 十種として」


 これは生駒先輩からの質問。


「『辺津鏡』でのコピーは『魂遷たまうつし』と言って、分け御霊をつくるのに近いものです。ある程度は、十種の力を発揮することは可能です。私の『道返玉』の場合は時間を止めることは可能ですが、数回が限度になります」


「なるほど……基本は同じだから儀式にも使えたというわけね」


「はい、ただし儀式の効果はオリジナルよりも下がります。あとは性能の高いコピーにするとなると『辺津鏡』の力を多く使ってしまうので、今回、最初の戦いで、穴山先輩の召喚した守護者が弱かったのはおそらくこのせいです」


「全部の十種をコピーすればって考えたのだけれど、一つがやっと、ということね」


「そのとおりです、生駒先輩」


「では、これから道を返すのか……君は」


 北条先輩が喉の奥から絞り出すような声で、私に聞いてきた。


「はい、『道返玉』は、私を含め全員の道を戻す力。抵抗はおありかも知れませんが、やらせてください」


「そうか、『沖津鏡』で確定した未来が見えなかったのは、ヤチに消されたのでは無く、君の十種のせいだったんだな」


「先輩を欺いてしまったこと、それについては申し訳なく思います」


「いや、いいさ、君のこれからのことを考えると、逆に申し訳なくなるくらいだ」


「ありがとうございます」


「そうか、そなたの力は真理まり姫と同じモノであったか」


 つや様が感慨深そうな声をあげる。


「真理姫?」


「妾の時代の、『道返玉』の遣い手よ。そなたに似た意思の強い女子であった」


「つや様の時代の私……ですね」


「うむ、彼女によると妾達も一度全滅し、『道返玉』でやり直しておるとのことであったが……あれは遣い手以外にはわからぬからな。そなたも辛かろうて」


「あの……こんなタイミングでお伺いするのもどうかと思いますが、やはりつや様の時代の十種は、ヤチを封印するために使われたのですか?」


「そなたたちも味わったと思うが、かの神を滅することは不可能。誠に神話に謳われるとおりの、不滅、不死の神よ。ゆえに、妾がにえとなり、封印した次第」


「そのお話、聞かせて頂くことはできますか? 私たちが、ヤチを倒す手がかりがそこにあるのではと思うんです。復活したヤチが世界を滅ぼすのは数日かかるはずですので、道はそれまでに返しますから、余裕はあります」


「ほほ、そなたは肝の座った女子よの。よかろう、十種とくさの乙女の力は、魂は受け継がれるのかもしれぬ。もしそうならば、これはそなたたちの前世の話。心して聞くがよいぞ」


 もったいぶった調子のつや様。

 秋山先輩の死に自暴自棄になりかけていたようだったが、この態度で逆に安心する。


 開き直りが大切だ。

 道を返す前に少しでも次の道を過たぬようにするための。


 私という繰り返す運命を課せられた少女の物語はまだ続くのだから。






*――*――*――*――*――*

カースドテンシード 第一部

『予言と呪いと十人の異能乙女』編

               完

*――*――*――*――*――*



※ここまでお読みくださった皆様、

 本当にありがとうございます。

 第二部『偽書ひめでん』編以降は

 また、そのうち……

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カースドテンシード ~予言と呪いと十人の異能乙女 英知ケイ @hkey

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