第93話 お嬢様の真実1 会議は踊る

「久しぶりだな、波瑠」


「……」


 生徒会室に入ってきた男子生徒からの挨拶の言葉に対し、波瑠は生駒との言い争いをやめると、複雑そうな顔をしてそっぽを向いた。


 珍しいその反応に、キョウケンの女性陣は、どよめいている。


 身長は、波瑠より少し高い。

 短髪面長の整った顔立ちに、眼鏡がよく似合う。

 書類を生駒に渡すその所作も整っていて隙が無い。


 波瑠先輩を呼び捨てにしているということは、三年生。

 反応を見るに二人は知り合いなのだろう、それも浅くない。


 虎はなんとなく男としての引け目のようなものを感じたのだった。



「まだ、だめか……でも普段のお前が元気なら、俺はそれでいいと思っている」


「そっちこそ……もう、その、いいのか、松莉まつりちゃんのことは?」


「まつ……り? 何のことだ?」


「! ……いや、何でもない」


 口ごもる波瑠。

 二人の間に流れる空気が若干淀む。


 そこに書類を確認した生駒が割り込んだ。


ただし、持ってきてくれてありがとう。この会議は、細川さんと蒲生さんがいればいいから、今日は副会長のあなたはもういいわ。たまにはすずちゃんと遊んであげて。いつも終わるまで待っててくれるんでしょ」


「徳子!? いや、それはその……わかった。ありがとう」


 イケメン忠先輩は、最初は生駒の言葉に抵抗しようとしていたが、周囲の女子全員の興味ありげな視線をこの時初めて感じたらしく、大人しく引き下がり、その場にいた全員に向けて深々と頭を下げると、退室した。


 残された者達を沈黙が支配する。

 もっとも、渦中の二人を除いては皆興味ありげに、波瑠と生駒を見つめているのだが。

 

 しばらくして口火を切ったのはやはり波瑠だった。



「あれは……お前の仕業だな。徳子……どうしてチューにまで!」



 ドン!と机を叩く。

 先ほどの彼の会話によほどやりきれないものがあったのだろう。


 しかし、この口調からすると、波瑠先輩は先ほどの先輩と何かあるのは間違いない。



「仕方なかったのよ……あのままじゃ、チューが壊れてしまいかねなかったから……」



 うつむく生駒は珍しく弱々しい声でそれに応えていた。

 この言葉に、波瑠は何も言えなくなったらしい。

 ただ下を見て震えている。


 三人の間に何があったのか。

 ここまで来ると、興味よりも、何とかしてあげたくなる気持ちが上回るが、どうにも割り込めそうにない。


 またも、気まずい沈黙――



「会長、ハルっち、色々あるのは何となくわかるけど、そんな場合ではないのではないの?」


 やれやれというポーズをとりながら切り込んできたのは、黄色、いやいぬい



「は、ハルっち?」


 呼ばれた当人は、後輩にそう呼ばれたのが信じられないようだ。


「乾、その変なアダ名をつけるのダメだって言ってるでしょ」


 会長も、名前呼びに変わっているところに若干の動揺を感じる。


「だって、リズムが悪いんだもん。何かどっちの楽器も主張しすぎな感じ~。それだと演奏が成り立たないよ」


 周りのことなど気にせず得意分野の音楽の話になっているが、言わんとすることは素人の虎にもわかった。


 彼女のその気持ちは、二人にも通じたらしい。


「まさか、黄色に教わるとはな……感情的になりすぎたよ。すまなかった徳子」


 この言葉。波瑠はいつもの調子に戻ったようだ。


「言えないこと、言いたくないこと、言わなければならないこと。境の見えない私には難しいのよ……波瑠」


 これが彼女の生徒会長としての精一杯かもしれない。


 ともかく和解。周りはほっとする。

 しかし、それをもたらした当人は不満そうだった。


「だから黄色じゃない! 細川ほそかわいぬいって名前がある!」


「乾、だから人に変なアダ名を付けてるあなたがそれを言うのは……」


「いや、徳子、確かに私が悪い。名は人を縛る。たとえそれが人から呼ばれるものであろうとな。すまなかった、細川」


 虎は、この波瑠の言葉に、あの時、つや黄梅おうばいに教えられたいみなのことを思い出した。名前は神聖なもの、なのだと。



「黄色は、中国だと最上位の色だが、黄巾の乱なんていうのもあるし、冠位十二階だと下のほうだからな。それで呼ばれるのは嫌かもしれない」


 ……やはり波瑠の感覚は、人とちょっとでなく違っている。

 教養があるというか、ありすぎるというか。


 だが、これを受けた相手もまたひと味違っていたのだ。


「そんなことない。アタシは大好きだ、黄色。これは太陽の色だから、なんだか元気になるんだ。少なくとも……透明よりはいい……」


 最後のあたりで、ややうつむき加減になったのが気になる。

 蒲生は思うところがあったのか、そんな彼女の頭を横から撫でた。


「冬ちゃん! また子供扱いするー」


 不服そうに訴えた。


「ぬいが、可愛いからですよ。本当にあなたは太陽のような子。私には眩しすぎます」


 蒲生は構わず彼女をなで続けた。

 嫌がるような台詞を吐いたいぬいも満更では無いのか、なすに任せていた。



「では、本題に移ろうか、徳子」


「ええ、そうね。始めましょう、七不思議について我々がしてきたこと、それからこれからなすべきことの擦り合わせを……」


 自分が関係する話になる気配を感じたからか、菊理が震えている。

 市花がそっと彼女の肩に手をかける。

 それは仲睦まじい姉妹のようだった。


「もうわかっていると思うけれど、七不思議は、私たち生徒会が作り上げたものなの……」


 何者かが意図的に流布したのだという予感は薄々していたが、それでも驚きをもたらす内容ではあった。

 左右の佐保理、直は、顔を見るに同じ気持ちのようだ。

 波瑠先輩と市花は得心した表情。



「目的は、学校で起きた騒ぎを収束させるためよ。散々騒ぎを起こしてきたあなた達なら分かるはずよね」


 彼女の十種神宝『足玉たるたま』で騒ぎの記憶を失わせ、『元に戻す』のだが、記憶の細かい矛盾により、いびつに残ってしまうことがあるのだという。

 その辻褄合わせのための七不思議。

 納得させるための不思議。


 さすが心に触れ、操る十種の所有者。

 これについては、騒ぎを起こしてきた側としては、もはや感謝しかない。



「騒ぎについては原因が判明しているもの、判明していないものがあるの。判明していないものについては生徒会として調査を進めてきました。上杉さんのことは、その……ありがとう、波瑠」


「上杉の件は、浅井や他のキョウケンメンバーが頑張ってくれた。それに比べれば、私の力など無いも同じだよ、徳子」


「あなたは……自分についての評価は相変わらずなのね。でも、昔からそういうところ、嫌いではなかったわ。あなたの創り上げた、今のキョウケンが無ければ、彼女の心を救うことはできなかったでしょう。よかったわね、上杉さん」


「はい!」


 若干心配していたのだが、元気の良い菊理の声に全て払拭される。


「皆さん……本当にありがとうございました」


 立ち上がり、周りに向かって一礼。

 自然と皆の顔はほころぶ。



「心を操れない相手に私は無力。それを思い知る良い機会だった。と言ったらまた波瑠に怒られそうね」


「徳子……怒って欲しいのか?」


「怖い顔しないで。何人かいる、心を読めない操れない生徒が怪しいってわかってて、マークはしていたのに何もできなかった自分が許せない、ただそれだけ」


「そうか……お前は……ということは、まさか他にもいるのか!?」


 波瑠の言わんとすることは虎にもわかった。

 心を読めない操れないのは十種の所有者。

 すなわち、生駒はここにいる以外の所有者を把握しているのだ。



「その件は少し待ってほしいの……理由は今は話せない。でもね、きっとあなたが私でも同じことをすると思う、信じて、波瑠」


「お前がそう言うのなら、そうなんだろうな」


「だからその男っぽい話し方やめなさいよ」


「私もまだ、立ち直れていないんだ……許してほしい」

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