第92話 天使も一緒

「きっと首をつっこんでくるとは、思っていたのよね」


 生徒会長、生駒いこま徳子のりこが目の前で深いため息をつく。



「そうだと思っていたなら、蒲生がもう経由で伝えるとかすればいいだろう。何でしてくれないんだ、徳子」


 波瑠はるは不満を露わにしている。

 やはり生駒相手だと、どうしてもこうなってしまうらしい。



「だって、話を聞いたら絶対に波瑠はさらにその先に踏み込むでしょ。本当にお節介なんだから」


「結局同じことになるなら、一緒だろう。私は教えてほしかった」


「そうじゃなくてね。ああ、もう、何て言えばいいのよ」


 思い通りにならない未来を見てしまう十種『沖津鏡おきつかがみ』。

 思い通りに相手の心を変えてしまう十種『足玉たるたま』。


 だからなのだろうか。


 すれ違い。

 平行線。


 互いへの思いは同じ。

 見ているものも、考えていることも方向は全く同じ。


 なのに、どうしてこうなってしまうのか。

 もどかしすぎる。


 おそらく、この思いは、渦中の二人以外の、この生徒会室にいる、全ての者の共通見解ではないだろうか。


 しかし、それぞれの組織のトップ同士なので止められない。

 そうでない者もいるにはいるが、相手がの女子二人では……間に入り込めはしない。



 ぐるりと周りを見渡す。



 生徒会室は、部活の部長会議等の会議が行われることもあるからか、社会科準備室よりも遙かに広い部屋が割り当てられている。


 現在十名近い人数がいるが、まだ余裕が感じられるのだから、確かに広い。

 七不思議の調査の件で、わざわざこちらに呼ばれた理由がわかった。


 部屋の中には、生徒会が三名、キョウケンが五名、それに関係者として菊理くくり

 

 この生徒会室には、特に会長用の席などは無く、生徒会長の生駒は、ロの字型に並べられた机の黒板側一番端の席に座っている。

 虎達から向かって一番左。


 書記の蒲生がもうと、会計のいぬいは、生駒から席ひとつ空けて、その右側に順にならんでいるのだが、二人の態度が対照的なのが全く面白い。


 蒲生は静かに二人のなりゆきを見守っている。

 微笑みを絶やさずに。


 全く人間ができている。

 剣道という道を極めていただけはある。


 大蛇変化の『蛇比礼おろちのひれ』を以てしても彼女の心は、もう変わらない。


 そんなことを考えながらじっと彼女の方を見ていたら、こちらに気付いて意味ありげな視線を向けてきた。

 

 なんとなく、あの、キョウケン部室での彼女の真っ直ぐな台詞を思い出し下を向いてしまう。

 彼女はあれから特に回答を待っている風ではないが、やはり意識せざるを得ない。


 対して、もう一方のいぬいは、今日もトレードマークの黄色のパーカーを制服の上に纏い、そこに鎮座している。

 いるのだが、明らかに暇を持て余し不満そうな顔で窓の外を眺めている。机の上に肘をついており、姿勢も良くない。


 先ほどは、あくびをし始めていたから、蒲生に注意されていた。


 あの繊細なピアノを弾いていたのが彼女だというのが未だに信じられない。だが、芸術家肌というのはこのように気分屋であるのかもしれない、と何となく納得する。


 彼女が生徒会会計だというのは、まだ納得できないが。

 蒲生によると、こういう会議は苦手らしいから、十種で消えないだけ、まだマシなのだろう。



 生徒会以外は、生駒の近くから、波瑠、市花いちか菊理くくり、曲がって、佐保理さおり、虎、なお。ロの字の窓側は誰も座っていない。


 やはり、この場合最も気になるのは、菊理。

 親友、八重の失踪の真相は未だに明らかになっていない。

 あやさんの家から帰るときも終始無言だった。


 彼女は、陸上部に所属していることから、波瑠先輩は無理にキョウケンに誘わなかった。

 もちろん、彼女がもう自殺を試みることはないであろう確信があるからではある。


 かといって完全に疎遠になったわけでもなく、彼女はお昼にキョウケンに遊びに来るようになった。


 いつも、市花の隣に座り、市花節をニコニコしながら聞いている。

 いつしか、そこは彼女の定位置になっていた。


 彼女が自分からはあまり話さないのは、周りが全員自分よりも高学年であるがゆえの遠慮だと思われるが、これが本来の彼女の姿なのかもしれない。


 あの夜まで荒ぶっていたのは、十種の呪いのせいなのだろう。

 所有者の肉体を、神の戦士と化す十種『生玉いくたま』。

 文字通り、あらゆる生命力の向上をもたらす。


 そのため、実は、彼女は毎日かなり苦労して生活しているらしい。


 人並はずれた力は、人並を想定して設計されている世の中では困りもの。

 少しでも力の加減を間違えると大変なことになる。


 病院で、ドアノブを壊してしまったり、水道の蛇口をもいでしまった時点で彼女はそれに気がつき、自身の一挙手一投足に細心の注意を払うようになったという。


 退院後も、ずっとそれは続く。

 陸上部を始めたのは体の調節に良いからだというのだ。

 折角健康な体を取り戻したというのに、皮肉にして悲しすぎる結末。


 さらに、学校は人間関係というものが加わる。

 彼女は、佐保理とはまた違った意味で、感情を制御しなければならなかった。

 もし、カッとなって相手に手をかけてしまったら、相手の命を奪ってしまう可能性がある。


 攻撃性の無い人間などいない。

 彼女は自分を押し殺し、自分は最低な人間だと言い聞かせることで、それを回避する。


 幸運なことに、周囲はそんな彼女を、謙虚で周りのために尽くす人間であると、とらえてくれた。

 ゆえに、彼女を攻撃するものがあれば、周りに必ず代わりとなって反撃してくれる人間がいたのだ。


 だから、彼女は、中学を無事卒業でき、高校に進学することができた。

 普通の人間として、このまま生きていこう、八重やえの分まで、と思っていた。

 八重に再会するまでは……。


 そして、行く宛ての無い攻撃性は彼女自身を蝕んだ。

 悲しい、悲しすぎる。


 事件前とは口調が変わっていることから、何らかの変化があったには違いないが、いまだに八重は彼女の心に影を落としているのも間違いない。


 市花は彼女を八重の呪縛から解放するために、十種の謎を解くことを宣言していた。

 残りの三つの十種、おそらくそこに、謎を解く鍵があるのだ。


 菊理が、そんな市花に八重の面影を見ているのは、不思議な巡り合わせという他無い。もっともその巡り合わせが、キョウケンを動かし、彼女を救ったのは間違いないだろう。



 実はその菊理救出大作戦の最大の功労者とも言えるのがロの字の角を曲がって菊理の近くに座っている佐保理。


 イメージしたものを生成する十種『辺津鏡へつかがみ』は彼女を創造神に変える。

 武道場での蒲生との戦い、生駒率いる全校生徒との戦い、そして菊理の件、いずれも彼女無しには事態の収拾は難しかった。


 一見何でもありのようなその能力は、しかし、彼女の自制心によるところが多く、彼女は常に無意識に力を発現することのないようにしているのだという。

 あの屈託のない笑顔の裏には、数え切れない涙があるのかもしれない。


 そんな彼女に、自分は何をしてあげられるのだろう?


 闇を払い、邪を砕く剣『十種剣とつかのつるぎ』は確かにあの時、裏庭で彼女の暴走を止めることに貢献した。今後も、もし彼女が暴走することがあれば、それを止めることはできるかもしれない。

 しかし、それは根本的な解決でないのだ。


 そもそもが、十種を集めるのは、自分の生き返りのためだった。

 だがこうなると、それは彼女達の呪いを解くことにも繋がる。

 必ず成し遂げなければならないと思う。


 切り出すタイミングが見いだせず、生徒会の三人と菊理には言い出せていないが、そろそろ、自分の思いを伝え、彼女達の同意を得たい。


 もっとも、それにあたり一つだけ懸念はある。

 だから迂闊に言えないでいる。

 分かりそうなのは、つや様だ。彼女に確認したい。


 つや様はあれから現れていない。

 何をしているのだろう。

 どこにいるのだろう。


 右にいる直の顔を見る。

 波瑠と徳子の争いを心配そうに見守る目は、明らかに直のものだ。

 幼馴染に犠牲を強いるようで申し訳ないが、こうしている間にも、つや様が彼女に降臨することを望む自分がいた。


 そんなこちらの視線に気付いた直は、ポニーテールをはためかせ、ニコリと――笑った。

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