第159話 武田松莉の思い出2

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今回やや食欲が削がれる内容があると考えます。

松莉の死体を操る能力に関する内容です。

大変恐れ入りますが、食事中、食事の直前直後は

避けてお読み願います。

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 遊園地では意外にも、二人乗の乗り物にジョー兄はチュー兄と乗り、私は女子二人に取り合いにされた。


 そして二人とも私を可愛い可愛いと撫でてくる。


 この展開は想定外だったが、逆に二人のジョー兄への気持ちをそれとなく探るのには良い機会と私は判断した。


 クレープが食べたいと主張し、北条波瑠と二人で一緒に買いにいく途中で、私は彼女に話しかける。


「ハルちゃん、何だかウチの兄がいつもお世話になってるみたいで……その、すみません」


「そんなことないのよ。キョウケンだとジョーの方が先輩だから、いろいろ教えてもらってるし」


 そう言ってニコリと笑う。


 この美人に対して、いろいろ教える兄。

 心に何かがトキメキが起きはしないだろうか?


 外見はどう考えても勝てる気はしない。

 話していると性格も悪くない。

 彼女は身も心も綺麗過ぎる。


松莉まつりちゃんは本当にジョーのことが好きなのね」


「えっ!?」


 一目でわかるくらい真っ赤になっていただろう。

 意表をつかれた私は、完全に崩れてしまった。


「チューよりもジョーの方見てたでしょ、だからそうかなって」


「……あははは、バレちゃいましたか」


 彼女の観察眼は鋭すぎる。

 変に演技しないほうが良いと私は判断したのだ。


「私応援する。お休みのお出かけには必ず一緒に連れてくるように、ジョーに言っておくわ」


 私の彼女への警戒心が揺らいだ一瞬だった。



 もうひとりの生駒徳子とは、スワンボートで二人きりになる機会を得た。


 しかし、私が別のボートでスピードを上げてはしゃぐジョー兄に気を取られているうちに、向こうから話しかけられてしまう。


「松莉ちゃんはジョーのこと好きなのね」


 見かけによらずこちらも鋭いタイプらしい。

 北条波瑠の時と同様に、私は隠さず牽制することにした。


「はい、私、ジョー兄のこと大好きです。今でも、その……お嫁さんになりたいって思ってたりします」


「ええ、そうなの!?」


 おや、驚いている。


「へ、変ですか?」


「ううん、ジョーみたいな優しいお兄ちゃんが好きっていうのは、わかる気がする」


 この言葉に私は彼女の真意を確認したくなった。


「ひょっとして、ノリちゃんも、ジョー兄のこと、好きだったりします?」


「そうね、同じ部活の仲間として、ね」


 答えるまでの間に、しばらく逡巡があったのを私は見逃さない。

 北条波瑠はわからないが、生駒徳子の方はジョー兄に対し、特別な感情を抱いている。


 私は帰ってから、兄に伝えた。

 兄は少し残念そうな顔をしていた。


 ……


 そして、秋に私は人生最大の悲劇を迎える。

 ジョー兄の死。


 高校の林間学校で、行方不明になり、発見されたときには崖下で事切れていたという。

 私が綺麗な花があったら写真撮ってきてね、と変なお願いをしたからだろうか。

 だとしたら、悔やんでも悔やみきれない。


 ショックの余りか、当時のこと、兄の死の前後のことはあまり良く覚えていない。すっぽり記憶から抜けている。

 お葬式で見た、血の気が無く動かない兄の姿が浮かぶくらいだ。


 気がつくと、両親が私を見る目も変わっていた。

 私に怯えている?

 食事以外は、倉庫を改装した離れでひとり隔離されたような生活。

 なぜかはわからない。

 けれど特に不満はなかった。

 ジョー兄がいなくなったことに比べれば、どうでもいいこと。


 …… 

 

 私は、兄の足跡を知りたかったので、兄の高校の文化祭に郷土史研究会の発表を見に行った。これは覚えている。


 兄のノートがそのまま掲示板に貼られていて、私はそれを見て涙した。北条波瑠なのか生駒徳子なのかはわからないが、あの時は、貼ってくれたことを心底感謝していた。


 だからだろう、この高校に入ったのは。

 私はジョー兄への思いは胸に秘めつつも、彼に恥じない妹であろうと、誓っていた。


 あの時までは――



 月に一度、私はジョー兄の墓にお花をあげにいっていた。

 これは自分の成長報告も兼ねていた。

 お墓の周りを掃除して、お供えにお菓子を置いて手をあわせる。

 その日もいつもどおりのはずだったのだが、お墓に来た私は、お供え物を置く手を止める。


 そこには、黒い石が置いてあった。

 誰が置いたのだろう。

 見た目は黒いのだが、太陽に透かすとガラスのようにうっすらと光がむこうに見える。

 私は、兄が私にくれた石のような気がして、そのままポケットにしまいこんだ。


 そして、いつもどおりにお菓子を置いて手をあわせると、いつもどおりにお祈りして、いつもどおりに家路についた。



 次の日、通学路の脇に私は見つけてしまった。

 動かない猫の姿を。


 車にはねられたのだろうか、一見外傷は見当たらないが、不自然な体勢であり、虫が止まっても反応が無い。

 もはやその体に生命が存在しないのは疑いの無いこと。


 道行く人は皆見ない振りをして通り過ぎる。

 死とは穢れ、朝から触れたくないのだろう。


 でも、私はそこから動けなくなった。

 死んだジョー兄のことを思い出したからだろうか?

 吸い寄せられるように、猫だったものに近づいた。


 私は猫に触れてみた。

 少し堅い気がする。

 不思議と不快感や恐れといった感情はなかった。


 ただ悲しかった。


 生きたかっただろうに……

 涙がひとしずく、ふたしずく、猫の頬の辺りにこぼれ落ちる。

 ぼんやりする視界。

 だからだと思う、気付くのが遅れたのは。


 いつのまにか黒い煙のようなもやもやが猫を覆っていた。

 どこか燃えているのかと左右を見渡すが、火元は見当たらず、熱も感じない。


 猫に感情移入していたのだろう、それでも必死に私は探した。

 そして理解した。


 ポケットの中、取り出した石からそれは発生していたのだ。

 熱くない、けれど、何だか怖い。

 それでも私は手のひらの上の石を捨てたりはできなかった。

 これは、ジョー兄からの贈り物だと思っていたから。


 やがて煙は薄れてゆき、私は胸をなで下ろす。

 猫の体も再び露わになった。

 ここで、私は気付く。驚きながら。


 猫が……動いてる?


 そう、私の目の前で猫は伸びをすると、まるで私など気にならないかのように、しっかりとした足取りで歩き出す。

 そして、あっという間に曲がり角の向こうに消えていった。


 私は呆然と見送ることしかできなかった。


 確かに死んでいたのだ。

 触ってみたら、体温は無く、堅かった。

 私の手はそのことを覚えている。


 ……不可解。


 そして次の日、私はそれ以上の不可解に遭遇する。

 また同じところに、あの猫がいた。

 また冷たくなって。 


 この時ふと私は思ったのだ。

 昨日のあれが私の力ならば、もう一度できるのではないかと。


 ポケットの中から黒い石を取り出す。

 念じるとやはりあの黒い煙のようなもやもやが湧き、猫を覆う。


 予想通りだった。


 猫はまたぴくんと伸びをすると、動き出す。

 私は喜びを隠しきれなかった。

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