第86話 告白 1

「上杉菊理か。よく来たな。私は、北条波瑠という、よろしく。まあ、ミルクティーでも飲んでリラックスしてくれ。こんなところで申し訳ないが。味は保証する」


 波瑠は右隣から、菊理くくりの前にカップを置いた。


 さっき、木下先生が、社会科準備室に入って来たかと思うと、また出て行ったが、あの時波瑠に渡していたのは、牛乳だったらしい。


 菊理は、カップの中で揺蕩たゆたうベージュの水面を見て、少し考え込んでいたが、やがて気付いたように、波瑠に向き直り、尋ねる。



「あ、あなたが、北条先輩? 『当たりすぎる占い師』の……」


 この言葉に、表情が硬直するレベルで動きをとめた波瑠ではあったが、その一瞬で全てを諦めたらしく、ふっと笑うと、彼女の疑問に答えた。



「そうだな、そうとも言う。意地悪な言い方になってしまうかもしれないが、お前と同じ、七不思議だよ」


 自分が『屋上から飛び降りる女子生徒』であることを思い出し、複雑な気持ちになったのか、菊理は、波瑠から視線を外す。


 波瑠は、そんな彼女の様子を見守りながら、続ける。



「そして、お前と同じ、十種神宝とくさのかんだからの所有者でもある」


「十種神宝……?」


 このキーワードに、再び菊理は、波瑠の方に向き直った。

 気になるのだろう。



「神代より伝わる宝で、所有者となったものに力を与えてくれる代物だ。本人が望む、望まないに関わらずな」


 菊理の波瑠を見つめる顔は、とても真剣だった。

 きっと、思うところ、感じるところがあるのだ。



「思い当たるところがあるようだな。ちなみに、私の十種神宝は『沖津鏡おきつかがみ』、未来を予言することができる。ただし、一度見た未来は人の力では変えられない。それがどんな『絶望の時』であっても」


 手に持つ銀色の鏡を示しながら、波瑠は憎々しげに言う。


「まったく、神ならぬ身には持て余す呪いの力さ。お前もそう思わないか」


 菊理は、こくりと頷いた。



「そこにいる浅井から聞いていると思うが、上杉、お前が呪われたのは『生玉いくたま』だ。所有者の生命力、身体能力、知覚力、回復力を向上させる十種。本人が望むまいと、神の戦士に体を改造される十種」


 波瑠の話を聞く彼女は、唇を噛んでいた。



「私にお前の苦しみが全部わかるとは言わない。ただ、そうだな……十種の理不尽さは身にしみてるつもりだ。辛かっただろう」


 菊理は下を向いて、黙りこんだ。

 彼女の表情は髪の影に隠れているが、目の辺りから、滴が頬を伝い落ちてゆくのが、見えた。


 波瑠は、ハンカチをさし出すと、横から彼女の頭を、撫で続ける。


 しばらくすると、落ち着いたのか、菊理が顔をあげた。



「ありがとうございます。もう大丈夫です……先輩」


「お前は強いな。だけど無理をしてはダメだぞ。こう見えても私も一人で抱えられないところはある。他にも理由はあるが、だからこうして、仲間を集めているのかもしれない」


「仲間?」


 尋ねる菊理。

 波瑠は、少し考え込むと、対面にいる二人に確認する。



「……穴山、蒲生、いいか?」


「もちろんです」


「その子には、見られていますし、今更隠すものではありません」


 二人とも、間髪入れずに同意する。

 波瑠は笑顔でそれに応えた。



「ありがとう。では、上杉、こちらから見て左手に座っている彼女、穴山佐保理は、十種神宝『辺津鏡へつかがみ』の所有者だ。彼女は強く願うことで、自分のイメージしたものを創造するという能力を有している」


「え……す、凄い!」


「ああ、凄いんだ。今日のお前が貫けなかった壁や、浅井とお前をつなぎ止めていた鎖を創ったのは彼女の力だからな」


「あ、あれを創ったんですか?」


「え、あ、えっと、うん。そう、わ、わたしが創ったの、うん」



 何だか不思議な、日本語らしくない日本語。

 考えてみると、佐保理が尊敬の眼差しで人から見られるというのは初めての経験なのかもしれない。

 慣れない状況に、戸惑っているのだ。


 波瑠は状況を楽しみつつも、言葉を重ねる。



「ただし、辺津鏡の力は無意識でも発動される」


「それって……想定外に色々創ってしまう可能性があるということですか?」


 すぐにこの発想に至るとは。

 市花も言っていたが、やはり菊理は賢い。


「そうだ。だから穴山は常に思考を制御する必要にせまられている。気を抜いたら、とんでもないものが生まれてしまうかもしれない。彼女は常に己と戦っているんだ」


「そ、そんなことって……」


「ああ、大丈夫、大丈夫だよ。泣きたいときに泣いて、笑いたいときに笑ってれば、自分の中に溜まらないみたいだから、少しくらい気を抜いても、問題ないの」


「そんなものなんですか……」


「このコツは、北条先輩直伝なんだよ。私も、あなたと同じで、自分の力のこと、良く分かってなかったから、キョウケンの皆に教えてもらって、何とかなってる感じ。ひとりだったら、ダメになってたかも、ちょっと怖いな」


 経験者としての先輩である、佐保理の言葉には重みが感じられたようだ。菊理は何度も頷いて、彼女の話を聞いていた。



「穴山ありがとう。では、次は、こちらから見て右手にいる蒲生冬美。彼女は、十種神宝『蛇比礼おろちのひれ』の所有者だ。彼女は自身の気を高めることで、神獣大蛇に変化することができる。今日何をしていたかは、もう、いいよな」


 菊理は、大蛇のキーワードで全てを悟ったらしかった。

 すぐさま蒲生に向けて頭を下げる。



「あ……あの時はすみませんでした、蒲生先輩、その、ばけものだなんて言っちゃって……」


「気にしないでください。それが見たままなのですから、仕方ありません。私も、変身するのには、まだ抵抗があるのです。しかし、気が熟したら、勝手に変身してしまうこの身。それを避けるためには誰にも見られないところで、自分から変身するしかないのです」


「先輩……」



 虎も実はこの話を聞くのは初めてだった。

 根国湖で彼女がああしていた謎がようやくわかった。



「どうして私ばかりこんな目にあうのかと、私はこの身を呪っていました。ですが、外見が変わろうと、私は私です。変わらず見てくださる方もいるんですよ」


 蒲生は虎に向けて意味ありげにウインクする。

 虎は、何も言えずに、ただ頭を搔く。


 それを、菊理は、不思議そうに見ていたが、何となくわかったようで、この時も頷いた。



「だからでしょうか、変身する自分を受け入れることができて、何と呼ばれても、平気――と言える程ではないですけれど、少なくとも以前のように怖い私になることは無くなりました」


「自分を受け入れる……」


「頭で理解はできても、心を納得させるのは難しいことです。私の場合は、そうですね、好きな方ができたから、かもしれません。その方が、私を変わらず見てくださるのであれば、それで良いと」


 和やかに、虎の方を見ながらのこの一言で、蒲生と菊理以外の全員が凍りついた。


 天然蒲生は気付いていないのだろう、自分の言葉の特殊効果が。


 ……


 永遠が感じられる状況ではあったが、ここで希望となったのは、やはり蒲生以外唯一動ける状況にある菊理だった。



「好きな人……」


「べつに異性でなくとも構わないと思います。今日は、私の上で、浅井さんと仲がよろしかったようですが、二人はそういう関係ではないのですか?」


「!」


 天然の恐ろしさよ。

 何てことだ、市花がパソコン的な意味の方でフリーズしている。

 頭から湯気が見えるようだ。


 結果として、場に存在する全ての他のメンバーを抜きにして、二人の会話は続いてゆく。


「市花先輩は……似てるんです」


「似ている?」


「あたしの……その、大事な友達に……」


「その友達は?」


「そうですね、先輩方のお話も、いっぱい教えていただけましたし、あたしも少しお話してよろしいでしょうか?」

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