第180話 ここで待ってる

「うわあああ」


 先輩の部屋の窓から文字通り空に飛び出した俺と佐保理は、冬美の変化した龍の光線の洗礼を受けることになった。


 まともにあたったらひとたまりもない。

 運動神経においては不安の過ぎる佐保理を抱えて、なんとか回避する。


「ダーリン、ありがと」


「どういたしまして、しかし、これじゃ近づけないな」


 真理奈まりなの言葉を信じるなら、『八握剣やつかのつるぎ』でヤチの操りは解除できるはずなのだが、武道場とは比較にならない連射には逃げ回るしかない。


 よくよく見ると、あの時よりも、更に言えば、菊理くくりの時、佐保理暴走の時よりもその姿は大きい。

 大きいだけで無く、偉容を備えている。


 まさに龍。


 あれは冬美の成長を示しているのだろうか?

 思い起こすと、彼女が大蛇になる度に、大きくなっていた気がする。

 最終的な進化形があの姿なのかもしれない。


 味方であれば、心強く、嬉しく思うところなのだが、この状況とあっては素直に喜ぶことはできない。というか喜んでいる余裕は無い。


「守護者よ、今こそ出でよ、そして我を守らんことを……」


「佐保理?」


 抱えている佐保理がブツブツ言っている。

 彼女が何をしていたのかはすぐにわかった。



此度こたびは、格上か、さてもわらわ遣いのあらいことよ、あるじ殿』


 古風な台詞、近くで見ると毛並みの良い、大きな背中。

 敵として苦戦させられた思い出しか浮かばないが、今は味方となれば逆に頼もしい。



「なるほど、大狐か」


「それだけじゃないよ! ダーリン」



『天の怒りをここに……流星矢』


 赤い鎧の武者が矢を天に放つ。

 矢はある天に達すると、分裂し、黄金の龍に降り注ぐ。

 さすがに無傷ではないのだろう、龍が身を悶えている。



『ここは式神を、おとりといたしましょう。そして灯りを燈します』


 あっという間に、平安貴族のような衣装を来た人影が宙を覆いつくす。

 鬼火が無数に宙を舞い、辺りの様子が照らし出される。



 他には、身の丈二メートルは優に超えそうな鬼のような男。

 槍を自分の手足のように振り回す鎧武者。


 それと、ダンダラ羽織の若武者に、白い着物を着た二刀流の武士。

 


『やっぱりこうでなくちゃな、ソウジ』


『守護者としての本懐、今こそ果たすとき』


 台詞と共に剣を抜き、龍に向かって行く。



「総攻撃かよ。佐保理、容赦無いな」


「ダーリン、多分そんなに長くはもたないから、皆が的になってくれている間に急いで」


「えっ……」


 話している間に、龍の光線で、槍使いと、鬼の姿がかき消えた。


「何だと……」


「冬美さん、あの時より強くなってるの」


 創造物とはいえ、自分の分身たる戦士達を戦わせた彼女だからこそ、分かることなのだろう。

 冬美はもはや大蛇ではない、龍に昇格しているのだ。


「私、足手まといだから、ここにいる、ここで待ってる。だから行ってダーリン。冬美さんのところに」


 そう言うと、佐保理は再び鏡を取り出した。


「勇者を守る力を、ここに……」


 現れたのは……丸い金属板……いや盾だ。

 真ん中に、髪の毛が蛇の女性の意匠が見て取れる。


「この盾は『アイギス』。ギリシア神話の英雄ペルセウスが、女神アテナから授かった最強の盾だよ……それから……『楯無たてなし』!」


 俺の体がいきなり何かに覆われる……これは……鎧?

 あの赤い鎧武者の鎧に似ている和風の武者鎧。

 見た目は重厚なのに、軽すぎて動きやすいのに違和感があるけれどこれは佐保理クオリティというものか。


 洋風の楯に、和風の鎧。

 それに、よくよく考えるとSF映画に出てきそうな外観の八握剣。

 傍目から見たら不格好かもしれないけれど、きっとロールプレイングゲームの最強装備だってこんな感じだ。

 最強装備なんだから文句ないだろう。


「楯無は、楯がいらないほど堅固な鎧。ごめんね、私がしてあげられるのはこのくらい。これでもそんなに持たないかもだけど……」


「わかってる。お前の気持ちは無駄にしない、佐保理」


 俺が頷くと、佐保理は叫んだ。


「皆、ごめん、絶対に勝たなきゃだから、ダーリンを守って!」


 戦闘中なのに、影は一様に頷いていた。



「よし、そうと決まれば! ヘルメスのシューズ最大加速!」


 俺は一気に加速し、龍に接近する、冬美との距離を詰める。

 光線が至近距離を通過するが気にせず進む。


 もう目の前に、彼女がいる。

 無駄になるとは思いつつも、俺は呼びかけずにはいられなかった。


「やめろ、冬美!」


『ふん、八握剣やつかのつるぎが来たか』


「お前、冬美じゃないな、ヤチか!」


『ほう、我のことを知っておるのか。それは生かしてはおけぬな』


 その言葉と共に、龍の首の横あたりからボコボコと複数何かが生えてきた……。


 あれは……頭……。


 気がつくと俺は、今や八つの頭に見つめられていた。

 これは、まずい!


『消えよ……』


 全力で回避する俺。

 俺が先ほどまでいた辺りの式神が多数消し飛ぶ。


八岐大蛇ヤマタノオロチかよ!」


 恐ろしいことに、頭同士の連携は完璧らしく、至近距離にとりついていても器用に光線を撃ってくる。


 その度に佐保理の式神が、勇者達が消えて行く。

 宮本武蔵も、沖田総司も俺を庇うと、笑って消滅していった。

 大狐の姿も、もう無いみたいだ。


 しかし、離れる訳にはいかない。

 離れたら、全ての頭で四方から同時に撃ってくるだろう。


 とにかく回避を続けていたが、どんなに頑張っても注意力の限界とはあるものだ。


『これで仕舞いよ』


 数度、光線を受け止め、跳ね返したアイギスがとうとう消滅する。

 それに慌てて、遠ざかろうとしたのがマズかった。


 八つの目の焦点が俺に合わさる。

 せめてと八握剣を構えたが、意味をなさなかった。


 体が四方から光線にさらされた。

 さすがの楯無も形を止められず、ぼろぼろと崩れてゆく。


 そして、そのまま地面に背中から叩きつけられた。

 衝撃。

 楯無のお陰か、ヘルメスのシューズ反重力アンチグラビティか、一瞬息が止まるくらいで済んだ。

 だが、八握剣を杖に立ち上がった俺は絶望を感じる。


 再び、八つの首が光を収束させているのが見える。

 そして、それは

 俺に向けて

 放たれた――


「ダーリン!」


 動けなかった。

 目の前に人影が来たとわかっても。

 それが、佐保理だと知っていても。


 ……彼女は俺の代わりに、光線を受けた。

 楯を持っていて、羽衣みたいな防具を身につけていたが、そんなのこんなにされては関係なかった。


 そして、光線が止むと、その場に崩れ落ちる。



「さ、佐保理ぃいいいいいいいいいいいいいい」



 俺は駆け寄って彼女をなんとか抱き留めた。



「ダー……リン、だい……じょうぶ? よか……った」


「どうしてだよ。お前、待ってるって言ったじゃ無いかよ」


「ごめん……ね。ダー……リンが……あぶなか……ったから、き……ちゃった」


 佐保理は、そこまで言うと、俺の手の中で意識を失った。

 それとともに周りの式神達が一斉に姿を消す。


『是は如何に? ……なんと、最も厄介な『辺津鏡へつかがみ』の神子を討てたか。これは望外であるぞ』


「……さない」


『何か言うたか? 剣の男。貴様だけではもうこの龍の娘には勝てまい。降伏せよ。我は寛容なる神。ここまでの無礼は咎めぬ。その剣を我によこし、どこへなりと消えるが良い』


「許さないって言ったんだよ!」


 俺は激高する。

 体中、全身で吠える。

 こいつは、こいつだけは許せない。


『世迷い言を。何をどう許さぬのだ。』


「知れたことだ。斬る!」


『無駄なことを。ではお前を塵芥に返して剣だけもらおうかの』


 俺は龍の目の前で剣を構えた。

 そして剣に心を注ぎ込む


「『八握剣やつかのつるぎ』、俺の心にこたえてくれえええええええええええ」


『な、何!?』


 神にこの一言を言わせたことを誇るべきだろうか。

 いやそんなことはどうでもいい。


 だが、驚くのも無理もない。

 俺の剣は、天に向けての光の奔流と化し、今や、先が見えないほどの長さ、太さになっていた。


「消えちまえ、このクソ野郎おおおおおおおおおおおおおおお!」


 そして、この台詞とともに振り下ろす。

 天からの光の濁流が、龍を襲う。


 俺自身ですら、その光に目をあけていられない程だった。


 ……


 視界が戻ったとき。

 目の前にはもう龍の姿は無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る