第181話 向こう向いてて

「秋山、無事かっ!?」


 波瑠先輩の声。

 ふり向くと、真理奈まりな、それにバスタオルを手にしたなおもいた。


 息を切らしているところを見ると、この様子を見て、すぐに来てくれたのだろう。


「俺は大丈夫ですけど、佐保理が……」


「今は他にいないみたいだ。今のうちに家の中に二人を」



 直がバスタオルで冬美の体裁を整えると、俺が佐保理を、先輩が冬美をおんぶして運ぶ。

 真理奈は周囲の警戒、直は扉の開け閉めなど周辺の気遣い担当。


 とりあえず、問題無く再び家の中に戻ることができた。

 そして、二人をお座敷の布団に寝かせることもできた。

 できたのだが――



「すみません。佐保理がやられたの、俺のせいです」


 目の前の動かない佐保理の姿を見ていると、自分の中にこみ上げてくる物がある。どうして自分はあの時動けなかったのか、と。


「秋山、自分を責めるな。お前は精一杯やっている」


「そうですよ、秋山先輩。先輩でなければ、『八握剣やつかのつるぎ』の力を最大限まで引き出して、黄金龍の蒲生がもう先輩を操るヤチを倒すことはできなかったと思います」


「で、でも……佐保理は、佐保理が!」


「とーら、そんなに慌てない。いっちゃんの真似して、ちょっとだけ脈とか見てみたけど、心音もしっかりしてるし、気を失ってるだけだと思う。ちなみに蒲生がもうさんもそんな感じ」


「そ、そうか……ありがとな直」


 直のおかげで、精神的に一息つけた。

 まだまだ、人間できていないと思い知らされる。

 直は本当に気配りというものを心得てる。


「よしよし、安心したら、向こう向いてて、このままじゃ蒲生さんが可哀相でしょ」


 ついでに耳を塞げ、目も塞げ、息はしてもいいけどしなくてもいいと無茶なことを言われるも、雰囲気的に逆らえなかったので、大人しく従う。


 多分これは、直なりに俺を元気づけようとして言っているのだ。


 肩を叩かれて目を開け、両手を耳から離してふり向くと、蒲生は寝かせられたままだったが、布団からのぞく部分で、彼女を浴衣に着替えさせたことがわかった。


「波瑠先輩の家って何でもあるんですね」


「来客用の浴衣のことか? おばあちゃんが交友範囲広かったからな、結構泊まりに来る人が多かったんだよ。だから浴衣も布団もそれなりにあるんだ」


「浴衣っていいですね。俺男だからかもですけど、普段と違う格好って感じで、ドキドキします」


「こらこら、とら、無防備な状態の蒲生さんに色目つかったら許さないからね」


「人聞きの悪いことゆーなよ、直。た、たしかに一瞬うなじに目が言ったのは認める、認めるが断じてやましいことは考えてない」


「それ、明らかに考えてるじゃない」


「こらこらお前達、ここで騒ぐのはやめろ。二人をゆっくり寝かせてやるんだ」


「「ごめんなさい」」


 久々のハモりに、二人で顔を見合わせる。

 そして笑う。


 忘れていた。

 自分にとってのキョウケンは、これだ。こんな感じだ。

 どうして懐かしく思うんだろう。思ってしまうんだろう。


 キョウケンに自分が入ったばかりのときは先輩と市花に振り回される感じで何が何だかよく分からないままだった。


 でも、あの山にみんなで『八握剣やつかのつるぎ』を取りにいった時は既に楽しかった記憶がある。まだ、部に入る前だったというのに。

 じゃあ、最初から楽しかったってことだ。


 それから佐保理のためにみんなで心を一つにして頑張った。

 あの階段での佐保理の涙まみれの笑顔は忘れようとしても忘れられない。

 キョウケンの皆と一緒なら誰かを幸せにすることができる、みんなで幸せになれる、って強く思えた一瞬だった。


 冬美の時は、俺のために皆一丸となってサポートしてくれた。

 波瑠先輩の本当の想いが分かったあの時、真のキョウケンメンバーになれた気がしたんだ。


 ゴールンウィークにワンダフルランドに行ったことはきっと一生忘れない。キョウケン女子全員の魅力再発見なイベントだった。

 休みがあけてからの生駒先輩によるキョウケン崩壊は辛かったけど、終わった後は逆に皆の団結が高まったと思う。


 だから、菊理くくりも終わりのない自殺から救えた。

 市花がいたからこそというのはあるけど、キョウケン全員がそれぞれの役割をキッチリ果たしていた。おっと、冬美の協力も忘れてはいけないな。


 やはり、佐保理の暴走から松莉まつりの狂騒まで、息つく暇が無かったのが原因か。

 そもそも最近キョウケンの部室に人が少なく、キョウケンらしくなかった。


 あの輝かしい日々を取り戻したい。

 この戦いを終わらせれば……戻るのだろうか。

 戻ると思って戦うしかない……のか。

 あれ、そもそも……


「波瑠先輩、ちょっといいですか?」


「秋山、どうしたんだ? 急に」


「俺、冬美を操っていたヤチを倒したと思ってるんですが……前聞いたお話だと、あれで終わりじゃないってことですか?」


「頑張ってくれたところ言いづらいが、そうだ。お前が倒したのはヤチの分身たる分け御霊みたま。ヤチは自由に分け御霊をつくることができるらしいから、他の十種の神子にも憑いていると考える」


「ということは、最大で、生駒いこま先輩、菊理、松莉、いぬいともう一人であと五人ですか」


「そう、なるな……」


「何かあるんですか?」


 意味深な口ごもりに、理由を聞いてみたくなった。


「いや、気にするな、浅井も数えるか悩んだだけだ。だが、あいつはそもそも十種が無い。だから、わざわざ手間をかける可能性はないだろう。あるとしても人質とかな」


「やめてください。市花を人質にされたら、俺多分、『八握剣やつかのつるぎ』渡せって言われたら渡しちゃいますよ」


「こらこら、と言いたいところだが、私がお前でもそうしてしまいそうに思える。ヤチも一応神だからそんな姑息な手段は使わないと思いたいものだ」


 先輩がそこまで言ったときだった。


 電話のベルの音がけたたましく鳴り響く。


「誰だこんな時間にウチに掛けてくるのは。すまない、ちょっと出てくる」


「どうぞ」



 少したってから、床板を激しくきしませる音がして、勢いよく襖が開いた。


「波瑠先輩?」


「秋山、遠山、小木曽おぎそ、一緒に来てくれ」


「来てくれってどこにです?」


「外だ、外……どうやら上杉に、浅井が人質に取られた」


 自分の口に出した言葉をこれほど後悔したことは無い。

 まさか言ったことが本当になるなんて……。


 とりいそぎ、八握剣を懐に、波瑠先輩に続いて外にでる。

 玄関を出てすぐに、見慣れた小柄な女子の姿があった。

 彼女は左脇に、もう一回り小柄な短髪の少女を抱えている。


 腰のところで抱えられている少女の頭はぐったりして動かない。



「市花を離せ、菊理ッ!」


「馬鹿のように我が取り憑いた人間の名前をいつも連呼するのは、おぬしが馬鹿だからか?」


 見た目は菊理。どう見ても菊理。そんな彼女の口から彼女の声で全く彼女らしくない辛辣な言葉が発せられた。


「くっ……」


「全く学習がないのう。他の我は降伏をおぬしに促しておったが、我はおぬしなどいらぬぞ」


「黙っていればッ」


 懐の八握剣の柄を握りしめたところで波瑠先輩に片手で制された。

 先輩の指示とあらば、大人しくひくしかない。



「お前は相手にするな、秋山。……久しぶりだなヤチ」


 まるで旧知の友人に会うかのような、波瑠先輩の言葉。



「その『沖津鏡おきつかがみ』……おぬしが瑞姫みずきであったか」


 意外なことに菊理、いやヤチも同じ雰囲気だった。

 しかし、次の波瑠先輩の言葉で、互いの立場は明確となる。



「そうだ、お前に全てを奪われた、伊勢いせ瑞姫みずきだ」


 波瑠先輩の表情に宿るのは明らかにヤチへの憎しみ。


 しかし……伊勢瑞姫?

 この雰囲気から、波瑠先輩の本当の名前のようだけれど、どういうことなのだろう?

 謎が謎を呼ぶ中、二人の会話は進んでゆく。

 間に疑問を挟むことなど許されぬがごとく。



「魂そのものが変わっておる。どうやったのかは知らぬが、我が感知できなかったことに納得がいったわ」


「お前には二度と会いたくなかったからな」


「嫌われたものよの」


「そう思うんだったら来ないで欲しかったんだが」


「ならば我に十種を差し出せば良いだけのこと」


「一応条件を聞こう」


「何度も同じことを言わせるでない。おぬしらの持つ十種を全て我に差し出せ、それ以外にあるか」

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