第179話 私の部屋だ
ドーン、という音と共にミシミシと家屋が揺れる。
地震だったら地面がとんでもないことになってそうなくらいの衝撃だ。
思わず両手で頭を覆いしゃがむ。
周りを見ると、佐保理と
「何が起きてるんだよっ!?」
「とうとう来たか……」
「そのようですね、北条先輩」
この二人、波瑠先輩と
「皆、すまないがお風呂は戦いが終わってからだ。遠山はここで待機。他の者は私についてきてくれ、まずは外の様子の確認だ」
「「「はいっ」」」
先導する先輩に、真理奈、佐保理と俺が続く。
直が後ろで心配そうにしているのがわかる。
直はもどかしいだろう。
自分の手では事態をどうにもできないのだから。
その分俺が頑張らなくては。
ふり向いて、俺が親指を立てたのに気がついたみたいで、微笑んで見送ってくれた。
なおも続く衝撃。
そして屋敷の階段を上り、四人で辿り着いたのは……『波瑠』と書かれた部屋の前。
「波瑠先輩、ここって波瑠先輩の……」
「ああ、私の部屋だ。何かあるのか?」
「ありません……」
あるわけないわけがない!
たとえ非常事態であっても、こういうときはゴクリと唾を飲み込んでしまうのが健全な男子たるもの。
しかし不安になる。
先輩の部屋が
ないない絶対に無い。波瑠先輩なんだぞ!
でも……多分歴史の本で本棚というか壁が埋まっているに一票。
「何してるんです、秋山先輩」
「ダーリンはやく、こっちこっち~」
複雑な男心を理解しない乙女達が部屋の中に勧誘してくる。
佐保理にぐいっと手を捕まれて、そのまま勢いで入ってしまう。
「こ、これは……」
他の女子が波瑠先輩を気にせず誘い入れた理由が、分かった気がした。
殺風景とは言ってはいけないが、極端に物が少ない部屋だった。
畳の部屋の片隅に、テーブル机と、座椅子。
教科書はテーブルの上に積まれていて、そこだけは高校生らしさがにじみ出ている。
あとは、姿見とセーラー服等の服が掛かっているのが見えるハンガーラックがあるのみ。あっちは、あまり見てはいけなそうだ。
波瑠先輩ならば、もう少し賞状や、思い出の写真等が飾られていても良さそうなものなのに、一切そういったものは無かった。
本棚が無いというのが一番の衝撃だ。
あの膨大な知識はまさか、全部波瑠先輩の頭の中にあるということなのか。
逆側に押し入れがある。
あの中に、先輩の秘密が隠されているのだろうか……いけない。
俺がこうしてひとり右往左往している間に、他の三人は窓際からカーテンの隙間をつくって、覗き込んでいる。
「どうなんですか?」
「見てみればわかる……」
波瑠先輩に促されて、覗き込む。
夜だというのによく見えた、いや夜だからこそか。
黄金に輝く、龍の姿が。
かとおもうと、口元に光を収束させこちらに放ってくる!
光線は、至近距離で何かによって弾かれたが、振動は伝わってきた。
「冬美……」
「蒲生の十種は十種の中でも火力最強だ。もともと神の軍勢を相手にすることを想定して創られているようだからな。ヤチはその火力で我々を殲滅することを考えたんだろう」
「同意します。北条先輩」
真理奈はあくまで冷静。
この状況では不遜というよりは、心強い。
「冬美さん……苦しいよね……」
佐保理はこんなときでも佐保理。安心してしまうほどに。
「そうだ。きっと辛いだろう。操られてこそいないが、私もヤチに、自分が不本意なことを強制されたことはある。あれは最悪の思い出だ」
波瑠先輩が憤っている。
十種の封印を解かされたことが、先輩の人生に深く根を降ろしているからだろう。
「今のところ、他には影は見えませんね、波瑠先輩」
「闇に紛れていると思われます。一撃で目的が達せられなかったので、今は私たちの出方を窺っているのでしょう」
「しかし、このままだと結界が破られる可能性がある。秋山、遠山……頼めるか」
「正直また冬美と戦うのは俺辛いです」
「ダーリン……」
「でも、冬美が辛いなら、開放してやらないと。佐保理、行くぞ」
「うん!」
佐保理は、極上の笑顔で頷いてくれた。
「ありがとう、二人とも。では、穴山例のものを」
「はい!」
返事も軽やかに、佐保理は手のひらに『
「我らを地に縛るものは無い。自由に飛翔する力を与えよっ」
「こ、これは……」
畳の上に二人分の靴が現れる。
白いスニーカーに、羽根が生えている?
「空飛ぶ靴だよ、ダーリン。別名、ヘルメスの
こんな時だというのに……中二全開。
でも満足そうにしている佐保理の戦意を挫くわけにはいかないので、とりあえずその頭を撫でておく。
何だか自分でも扱いが雑になってきている気がするが、きっと気のせい、気のせいだ。可愛いぞ、佐保理!
「わーい、ダーリンにほめられたー」
本人が喜んでるし、いいだろう。
「説明する必要は無いと思うが、今回は複数の十種が相手となる。何よりも機動性が重要だと言うことだ」
「これなら
「真理奈のアイデアか、よく考えてるんだな」
早速履かせてもらう。
不思議なほど足にフィットしてくる。
まるで裸足と変わらない。
「それはもう。けれど、油断はしないでください。特にヤチには気をつけて」
「操りか」
「私の経験から、相手の目をまっすぐ見てはいけないようなのですが、詳しいところは不明なんです」
「わかった、気をつけられるだけ気をつけてみる!」
「秋山、穴山、戦い方はお前達に任せるが、不利になったり、悩んだときは、すぐに結界の中に戻ってくるんだぞ。ここは私の家。お前達の、キョウケンのホームだからな」
「「了解です!」」
佐保理と声がハモったのに、お互い顔を見合わせて笑う。
「私の十種では見ていることしかできないとは思うが、私でも役に立ちそうだったらいつでも加勢に行く」
「波瑠先輩……先輩の合気道は凄いですけど、無理はしないでくださいよ」
波瑠先輩が見ていてくれる。
勝っても負けても、帰る場所がある。
それだけで戦える、と思った。
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