第178話 真心は対面でないとダメな派だ

「さて、一息ついたところで、確認したいことがある」


 波瑠先輩の意味深な一言。

 それは、テレビに夢中だった佐保理が、こちらに顔を向けてくるほどの意味深さだった。


「悩ましいのはお風呂をどうするかだ」


「そ、それは、ダーリンと誰が入るかってことですか……ちなみに、ダーリンどこで寝るのかなーっていうのも私気になってます!」


「さ、佐保理……」


 どうしろというのだろう。

 なおから突き刺さる視線がとても痛い、痛すぎる。

 何も悪いことしてないのに。

 いつも市花いちかが言うみたいに、日頃の行いが悪いんだろうか。


「ほほう、ウチのお風呂は結構広い。二人くらいは余裕で一緒に入れる。ちなみに穴山は、秋山と入りたいのか?」


 す、ストレート。

 直からの視線はもはや突き刺さるというレベルではないのですが。

 何だこの拷問は。


「誰も一緒に入らないなら……ダーリン寂しいかもしれないですし」


 ポッて真っ赤になるな、なるんじゃない。

 直は既に俺の横腹の肉をひねりに掛かってきてるんだぞ、痛いんだぞ!

 ちょっと待ってください、直さん。


「これは、私も参加したほうが盛り上がりますか? 遠山先輩」


「命が惜しければ、参加しないことをお勧めするわ、小木曽おぎそさん」


 不穏な会話。横の女子二人の間でも何か起きてる。


 和を乱すんじゃ無い。

 和が乱れてるぞ佐保理。


「そうか、残念ながらそれ以前の問題なんだが、お風呂の件と布団の件は一考しておく。数えてみたら来客用が微妙に足りなくてな。秋山の寝床を寝袋にするか、ここのソファにするか、ちょっと悩んでいたんだ」


「そこは悩まなくていいです……っていうか、それ以前って何ですか?」


「お前達、今回ここに来た目的を忘れないでくれ」


「お泊まり会です」


「合宿……ですよね?」


 佐保理らしい佐保理はいいとして、直もちょっと怪しい。


「そうだな、そうだったな……籠城戦だ!! さっきの秋山と私の会話をお前達は何も聞いてなかったのか!?」


「難しいお話だったので、不器用さんの私はいいかなって思っちゃってました」


 不器用関係ないだろ、佐保理。


「私は戦いには参加できないので、それもあったかもしれません。ごめんなさい」


 直は悪くないと思う……まあ、これで波瑠先輩に誠意は見せられたはずだ。


「わかった。こちらも言い方が悪かったのは認めよう。問題はそもそもお風呂に入っている余裕があるのかということだ」


「そうか、お風呂に入ってる間に敵が攻めてきたら」


「ダーリンと私が戦えない!」


 ……佐保理。静かにしてような。


「こほん、まあ、そういうわけだ。だから入っても大丈夫そうかそろそろ確認しようと思ってな」


「確認する方法……あるんですか?」


「わかりました、先輩の『沖津鏡おきつかがみ』の探知能力を使うんですね」


「『沖津鏡』か……」


 佐保理の発言に、波瑠先輩が考え込んでいる。

 珍しい。


「波瑠先輩、忘れてたんですか?」


「いや、そうじゃない。『沖津鏡』の十種探知は絶対予言の力を応用したものでな、いわゆる予知なんだ。得られる情報も曖昧な場所のイメージくらいだ。だから、今この時に十種がどの位置にあるかとかはわからない。それに、私自身が結構消耗するのがな。今日はこの後のことを考えると、使わないのを許して欲しい」


 使いづらい、というか、今回の目的にはそぐわないというのが正しいか。

 『八握剣やつかのつるぎ』の後、これまであまり有効活用されてなかった理由が良くわかった。

 出現する場所が、学校だとわかったところで、どうしようもない。


「じゃあ、どうするんです?」


「単純だ……電話をかけよう」


「はい!?」


「電話をかけるんだよ。徳子のりこ蒲生がもう、上杉、松莉まつりの四人に」


「……波瑠先輩、それ真面目に言ってます?」


「私は冗談を言うのが嫌いだと、初めて会った時、お前に言ったはずだぞ。全員電話に普通に出たら、お風呂に入っても問題無いことになる! お風呂には入りたいだろう、皆」


 きっぱりと、それはもうきっぱりと言われてしまった。

 この論理を覆すことは自分にはできない。


「それは……そうですけど」


「よし、秋山、お前には細川宛に電話する使命を与えよう」


「それ、先輩が、生駒先輩に電話したくないからですよね?」


「何とでも言うが良い。私は真心は対面でないとダメな派だ」


「はいはい、わかりましたよ。掛けます。えーっと、直か佐保理、いぬいの電話番号わかるか?」


「あー徳子の番号なら、電話のところに『ノリ』って張ってあるのがそうだぞ」


「……わかりました」


 波瑠先輩がツッコミ待ちなのかがわからなくなって、こんな態度を取るしかなかった。


 番号が書いてある紙が色あせているところを見ると、これはまだあのジョーさんもチューさんもいた頃のキョウケン時代のものだろうか?

 だとすると……波瑠先輩はジョーさんだけじゃなく、生駒先輩のこともずっと変わらず好きだった、嫌えなかった、信じたかったということだ。


 ……


 もし生駒先輩がいたら、無理矢理変わって貰おう。

 そんなことを考えつつ、電話したのだが――


『ただいま留守にしております。ピーッという発信音の後に、メッセージをどうぞ……ピーッ……』


「ダメ……みたいです……」


「そうか、穴山か遠山、念のため、細川の携帯にもかけてみてくれ」


「あーじゃあ、いぬちゃんには私かけます。ついでにもう一度ちゃんと謝ろっと」


「頼んだぞ穴山、では蒲生は……」


「北条先輩、蒲生さんの番号なら私がわかります」


「では頼んだ遠山。上杉は……秋山が知ってるはずか」


「ああ、はい、わかります。俺かけますよ」


 しかし、この一言がまた波乱を呼ぶのだった。


「上杉さんて、菊理くくりちゃんだよね! ダーリン……実は小さい子がいいの? 市花ちゃんと楽しそうにやりとりいつもしてるから、そうなのかなって私は何となく思っちゃってたんだけどね……」


 お前はそんなことを考えていたのか佐保理!


「犯罪よ、犯罪。えーっと、年下の女の子に手を出すのは何罪だっけ? 刑法よね? あーもう、こんなときにいっちゃんがいたら!」


 どうしても犯罪者にしたいのか、直……


 お願いですから市花だけは召喚しないでください。

 真実ではなくても、菊理がらみだと真面目に存在を消滅させられてしまうかもしれません。


 ……ここは抵抗するしかない!


「いやまて、ちょっと待て! 無実だ、無実! 二人で一緒にパターゴルフしたくらいだよ。それ以上は全くしていない。することは考えていない!」


「「一緒に……パターゴルフ……」」


「わかったよ、これ終わったら皆でいこう、皆で、菊理もつれていけば俺の無実もはれるだろう!」


 もうこう言うしかなかった。


「お前達……頼むから電話はしてくれ。ちなみに松莉のケータイも繋がらなかった」


 空しく肩をすくめる波瑠先輩。

 我に返って電話をする後輩達。

 しかし、誰一人として電話に出なかった。

 市花も含めて。


 そして、全員でその事実を共有したとき、招かれざる客がやってきたのだ。

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