第140話 伊勢瑞姫2 洞窟

 懐中電灯をつけて慎重に慎重に一歩一歩進んでいた私たちは拍子抜けすることになる。

 洞窟は、すぐに行き止まりになっていた。


 拾った木の棒で叩いたり、削ったりして正面の壁の様子を調べていた晴子はるこが断言する。


「これ、崩れて行き止まりになったとかじゃなさそうね。普通に壁みたい。この洞窟ここまで掘ってやめちゃったのかな? こんなに浅いし、いったい何の目的でつくったのか謎ね」


 冷静だよ、冷静すぎる分析だよ。

 よし、そろそろ帰りどきだ。危険が無くて本当によかった。


 そんなことを考えながらもうひとりを見ると、こちらはまだ忙しそうだった。


「うーん、どこかに鍵穴があるんだよね、きっと」


 晴子の言葉なんて彼女の耳には入っていないのだろう。

 目の前の壁に扉があることを全く疑っていない


「あれ? なんだろこれ?」


「え? 何かあったの」


 本当に何か見つけると思っていなかった私たちは全員集合。

 義美よしみが懐中電灯で照らす壁を見る。


「ふっふっふー凄いだろ凄いだろー褒めよ称えよ」


「ここだけ、石の壁みたいなのがむき出しになってるわね」


「ちょっと、ハルコ、スルーしないでよ」


「はいはい、ちょっと待ってなさい、すぐに調べるから」


 完全に保護者と子供の会話。

 おっといけない、私も何か手伝わないとだ。


「はるちゃんの懐中電灯持っておくね」


「ありがと、両手が使えるの助かる」


 私の懐中電灯は小学生二人組に渡していて、晴子と義美は自分のをそれぞれ持っていた。

 これは、晴子は当然調査上の必要があるため、義美は自分が持ちたいタイプ、私はどちらでもいいタイプ、という状況の必然だった。


「あたしもあたしも」


 意味なく照らしたがる義美。


「ヨッシーは大人しくしておくのが仕事!」


 しゅんとする義美。

 きっと捨てられた仔犬のような顔をしているに違いない。

 暗闇なのが惜しい、惜しすぎる。


「うーん、ただの石なのかな?」


「はるちゃん今端っこで何か光らなかった?」


 懐中電灯を持っている自分だけが反射して見えたのだろうか。

 晴子に一言断り、光ったと思われる場所を照らしてみる。


「何これ? 大きな水晶」


 手にもってみた。

 一瞬ガラスかと思ったが違うようだ。

 真ん中に穴が開いていて、ぐにゃりと曲がった形。

 社会科の授業で出てきた昔の日本の宝石みたいな形をしている。


 そのまま晴子に渡して見せると彼女も頷いてくれた。


「そうね、勾玉まがたまみたいね」


「ねーねー」


「何よ、ヨッシー今大事なところなんだから」


「ぶー、ここに穴が開いてたから、その石と大きさ近いし関係あるかなって思ったんだけどな」


「「えっ!?」」


 壁のところを指さす。

 照らすとそこにも石の壁が露出しており、彼女の言う、勾玉に大きさの近いくぼみがあった。穴とはこれのことだろう。


「ヨッシー、何でもっと早く言わないの」


「えー言おうとしたのにーハルコが相手してくれなかったじゃん」


「あははは、本当によっちゃんはこういうの見つけるの得意だね」


「ミズ、それだけは同意するわ」


「ふははは、褒めよ、称えよ」


「褒めはしないけど、はいはい」


 綺麗な方の手で、晴子が義美を撫でた。

 暗くてよく見えないが、きっと赤くなってるはず。だって静かだから。


 そういえば、と、小学生二人を見る。

 片隅で二人よりそって大人しくしてくれている。あの二人も仲が良いみたいだ。

 懐中電灯は晴子に言われたとおり、上向きに持ってくれている。

 晴子がこうした方が空間全体が明るくなるとか言っていた。

 気持ち……そうかもしれない。


「さて、と。でははめてみようかしら。悩ましいわね。危険かも知れないから私独り残るべきか、いざというときのためにもうひとりくらいにいてもらうか……って、えっ、ちょっと、ヨッシー!?」


 思慮が深い人間というのは時として思慮が浅い人間の心がわからないんだよ、とかお父さんが、お酒クサイ息をはきながらいっていたのを思い出した。あの時は、仕事で何かあったのかな?


 よく考える子はよく考えない子の気持ちが分からないという意味であれば、この状況にまさにぴったりな気がする。


 晴子が考え込んでいる間に、義美が、勾玉をさっきのくぼみにはめ込んでいた。勝ち誇ったようにポーズまでとって。


 しかし――


「何も起こらないわね」


 静寂。

 義美の動きに狼狽していた晴子は瞬時に冷静さを取り戻していた。


「何で何も起きないんだよー」


 義美は不満そう。


「もういいよね、はるちゃん、外しちゃっていい?」


「あ、ええ、お願いするわ、ミズ。元に戻しておくのがいいと思う」


 私がやると言い出したのは、懐中電灯だけ持ってる自分の立ち位置に疎外感のようなものを僅かに感じていて、自分ももうちょっと二人と関わりたいとかそんな気持ちだったと思う。


 私は、勾玉に触れた――



 その時、勾玉から急に光が溢れた。



 懐中電灯なんて比べものにならない。

 洞窟全体を照らすくらいの光。



 そして洞窟が激しく揺れる。



 ゴゴゴゴゴゴという大きな音。

 目の前の壁が……崩れる!?



「ヨッシー、ミズ、あと二人もこっちに」



 揺れる中全員を叱咤し、入り口に向けて走らせる晴子。

 全員が彼女に無言で従った。

 しかし、入り口に辿り着く前に、揺れはおさまる。



 再び訪れる静寂に、全員が足を止める。



「大丈夫そうだよ、もう一度奥行ってみよーよ」


「こらこらヨッシー待ちなさい、まだ油断できないわよ」


 しかし、あまりに義美がだだをこねたのと、確かに、最初と同じくらいに、静かにはなっているので、異変を感じたらすぐに全速力で入り口に走ることを示し合わせて、もう一度奥に向かうことになった。


「ねえ、はるちゃん。ここに壁あったよね? さっき」


「え、ええ……」


 さっきまであった行き止まりの壁は既に存在しなかった。

 あれだけあった堅い石のような壁はどこにいってしまったのだろうか。

 懐中電灯で先を照らしてみると、壁が無くなったその向こうには広い空間が広がっているようだった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいってばヨッシー」


 再び止める晴子の声。相手は止まるわけのない義美。

 でも、何とか首ねっこを捕まえることに成功する。


「何度もその手は食わないわ」


「苦しいよ、ハルコ~」


「行きたいのはわかったし、すぐそこまでみたいだから、入るわよ。でも危険そうだったらさっきも言ったようにすぐに入り口まで走る。いい?」


 暗くてよく見えなくはあるけれど、あの小学生の二人を含め、全員無言で頷いていたのは間違いない。


 私たちは、さっきまで壁があったその向こうへ足を踏み出す。


「うーん広い、広いけど、結局行き止まり?」


 懐中電灯で確認する限りでは学校の体育館ぐらいの空間のよう。

 山の中をくりぬいて、と考えると、凄い所なのだろうが、行き止まりということは探検の終了を意味する。


 私と晴子は、空間の入り口のところで、ほっとして、もう帰ろう今度こそ、という雰囲気になっていたが、残りの一人はどうやらこの状況でも積極的に探索していたらしい。


「ねーねー、奥の方に何かあるよーきてー」


 嫌な予感がした。

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