第141話 伊勢瑞姫3 封印

 はぐれると危ないからというので、小学生二人も含めて全員で奥に向かう。

 

「これって石?」


 再奥部、入り口から照らしてもわからなかったであろう場所に、それはあった。


 真ん中に文字通り石が立てられており、その周りに、腰掛けるのに丁度良いくらいの大きさの石が一、二……十程並んでいる。


「こういうの、イギリスとかにある……何だっけ? はるちゃん」


「ストーン・サークルね」


「ハルコ~ストーン・サークルて何?」


「石が円状に並べられてる、古代の遺跡よ。お墓とか宗教儀式に使われる場所とか言われてるの。日本でも秋田県に多くあるって社会の先生言ってなかった?」


「お墓~幽霊いるのここ?」


 義美はブルブル震えているらしい。

 懐中電灯の光があっちこっちにいってるから。


 彼女は晴子の話を途中までしか聞いていなかったようだ。

 でもわかる。

 ここ暗いし、お墓だって言われたら嫌でも連想してしまう。


「お墓かどうかは発掘してみないとわからないわよ。それよりも、石の上に乗ってるの、何だろ?」


 よくよく見ると円状に並べられているそれぞれの石の上に、四角いものが乗っている。


 照らして見てみると、石でできた箱のようだ。

 蓋が紐でとじられていて、四方に札のようなものが貼ってある。

 

「ねねね、開けてみていい?」


 義美の声が弾んでいる。

 さっきまで騒いでいたあの恐怖はどこにいってしまったのだろう。


「ちょっと待って。何が入っているかわからないし。ひょっとするとまた仕掛けが動くかもしれないし、って、ああああ」


 晴子は、この時も忘れていたのだ。

 彼女が悩んでいるうちに、義美が気にせず触れてしまうであろう事を。


 義美はもう既に箱に触れていた。

 しかし、今回も何も起きなかった。


「あれー動かないな。これ固まってるみたい」


 箱を持ち上げようとしているが石から離れないらしい。

 ホッとする私と晴子。


「慎重よ慎重。どうしてヨッシーはいつも私が何か言う前にしちゃうの!?」


「だって待てないんだもん。ハルコお話長いしさ」


「待ちなさいよ」


「待てないよ」


 言い合いが続いている。

 手持ち無沙汰になった私は、箱を見てみたくなった。

 義美が触っても何も起きなかったのだから大丈夫だろう。


 確かに四角い。

 大きさは、上から見て教科書よりも少し大きいくらい、高さはその短い辺くらいかな。

 何だか数学の授業みたいだと思いながら、私は観察をつづける。


 よく見ると蓋の上に何か文字が書いてある。


「沖……鏡? 真ん中の字がよく見えないや」


 そして、私は紐に触ったのだ、初めてその箱に触れたのだ。


 すると急にまたあの目映いばかりの光の本流が箱から湧き出してきた。

 箱自体も光輝いている。


 あわてて箱から手を離す。

 見回すと、他の九つの箱も紫、赤、青、黄、白など、それぞれ別の色の光を発していた。


 そして、真ん中の石も最初は穴から吹き出すように光が漏れていたが、やがて表面の何かがぼろぼろ崩れ落ちるにつれて、光の塊のようなものが見えてきた。


「ちょ、ちょっと今度は何したの? あれ……」


「ミズキーまぶしいよ、えっ……」


 しゃべりかけていた晴子が、急にふらつくと、ぺたんと尻餅をつき、そのまま横に倒れた。

 義美もひざをついたあと、同様に横に転がる。


「はるちゃん? よっちゃん?」


 二人に呼びかけるが返事がない。

 一体何が起きたというのか?


 耳を近づけると、二人とも呼吸はしている。

 とても穏やかで、気を失っているというよりは眠っているようだ。

 とりあえず、命の危険はなさそうで安心する。


 はっと気がついて小学生二人の方を見ると、おかっぱの子が倒れていて、おさげの子が呼びかけながら彼女の体を揺さぶっている。

 おかっぱの子も晴子達と同じ状態のようだ。


『ほほう、二人も神子みこがおったか、我が目覚めるも道理』


 どこからか声。

 脳に直接響いている?


 周りを見回すが、それらしい人影はいない。


『ふん、目の前におるというのに、おぬしの目は節穴か』


 言われて気がついた。

 目の前、十の石の真ん中の石。

 石の表面が剥がれ、全面から放たれるその輝きを良く目を凝らして見ると、そこには、白い着物を纏った女の子がいた。


 水晶のような、透明な石の中で目を瞑り、祈るように手を重ねた状態でいる。


 漏れる輝きは彼女の纏うオーラだった。


「あなた……何者?」


『我に名を問うとは恐れを知らぬ娘よ。無礼にも程があるが、我は今目覚めることが出来て機嫌が良い、許す』


 彼女の外見から、年は自分よりも上くらいだと思いはするのだが、紡ぎ出される言葉に不思議な威圧感を感じ、何も言えなくなった。


『静かになったか。存外躾が行き届いておるな。安心せい、娘よ。我はおぬしを取って食ったりはせぬゆえ』


 女の子の台詞とは思えない。

 ひょっとして妖怪なのだろうか?

 だとすると彼女を刺激しないほうがよさそうだ。


 唯一安心できるのは、彼女があの水晶の中から動けそうに無いこと。こうして頭に直接聞こえる声で会話しているが、本体は微動だにしていない。

 だが油断はできない。実は動けるのかもしれないのだから。


 こういうときに頼りになる晴子も、元気づけてくれる義美も今はいない。一人で頑張らなければ。

 もうひとりのおさげの子は私が守る。


 私は額に汗を浮かべながら、ますます慎重になる。


『おぬしが呪われたは沖津鏡おきつかがみか』


 ふいに、あの箱が中に浮き、左右に震えると、紐がするすると解け、蓋と箱が地面にカランとおちる。


 空中に何かが浮かんでいる。

 光を反射して銀色に輝くそれは、小さな円盤?


 それは、ゆっくりと私の方に飛んできて、丁度目の前の空中で停止した。


『そして、そちらの娘は、品物之比礼くさぐさのもののひれよの』


 私の時と同じように別の箱が開き、あの小学生の女の子に向かって、箱の中身が飛んで行く。

 こちらは、薄い緑色の厚さも薄い布。

 ふわふわ浮かんで漂い、彼女の目の前で止まる。


神子みこ達よ、受けとるがよい』


 おずおずと手にとる。

 何となく、触ったら電気ショックみたいになるのではとか考えていたが、そんなことはなく、胸をなで下ろす。


 手の中にあるのは、小さな円盤だった。

 表面が光っている。

 鏡と言う割には、自分の顔は映らないけれど。

 この円盤の名前だと割り切ることにした。


 チラリと見ると、おさげの女の子の方は首の後ろに回して両肩に緑の布を掛けていた。あの布はスカーフみたいなものなのだろうか。

 比礼、家に帰ったら調べてみようと思う。


 でも、割り切れないことがあった私は、着物の彼女に聞いてみることにした。精一杯丁寧な言葉を選んで。


「私が神子みこって、どういうことですか?」


『よかろう、神子とは十種神宝とくさのかんだからに呪われしもの』


「呪われるのっ?」


 思わず叫んでしまい、失敗した、と相手の様子を窺う。

 私の狼狽は彼女にとっては面白かったらしく、くすりと笑う音の後にこう言われた。


『うむ、呪われることで神子は力を得る』


「どんな……力……なの?」


 思ったよりもフレンドリーそうな妖怪少女に、丁寧語が面倒になった私は、あきらめて普通の言葉できいてみる。


『その時代の神子により変わることがあるゆえ、何であるか断定はできぬ。直にわかろう』


「能力は秘密な、魔法少女みたいなものってことなのね」


 私はこの少女の妖怪に力を与えられたらしい。

 となるとやはり頭に浮かぶのは、アニメの魔法少女。


『魔法少女? 魔法とは何ぞ?』


「魔法っていうのは、動物や大人に変身できたり、空を飛べたり、望むことを実現できるって感じ。その力をもつのが魔法少女よ」


『似てはおるが、十種神宝は神の力の断片を有する。些細な人の願望を叶えるごときではないぞ』


「それは楽しみかも。あ、えーっと、あなたのこと、何て呼んだらいいの?」


『ふむ、ならばヤチと呼ぶが良い』


 思ったよりも素直に教えてくれた。

 最初は怖い印象だったけれど、こうしていろいろ教えてくれるし、実は優しいのかも知れない。


『さて、では、神子どもよ。いずれ来る日まで、さらばだ』


「えっ、ヤチどういうこと、これからも一緒にいていろいろ教えてくれるんじゃ無いの?」


 ヤチのことを魔法少女の妖精のように考えていた私は動揺する。


『そうはゆかぬ。まだ我の体の準備ができておらぬからな。安心せい、十種を預けるのであるから分け御霊みたまとして近くにはおる』


「ぜんぜんわかんないよ!」


 叫ぶ私に、もう彼女は答えなかった。

 強烈な眠気のようなものが私の全身を支配する。

 それに身を任せるしか、なかったのだ。


 この時の私の記憶はここまで。

 気がつくと、元のバンガローの中だった。

 ヤチの言ったとおり、他の二人は洞窟に行ったことも全く覚えていなかった。

 そして、あの小学生二人には二度と会うことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る