第142話 伊勢瑞姫4 校舎裏

「なーに、ユキオ。こんなとこ呼び出したりして」


 お昼休み、校舎の裏側。


 そこに呼び出された義美は、呼び出し主のクラスメート大原おおはら雪夫ゆきおに意図を問う。

 二人の他に周囲には人影は無い。


 ユキオ、と一見慣れ慣れしい呼び方なのには訳がある。

 彼と彼女は幼馴染なのだ。

 それも幼稚園からの。


 だから逆に不思議だったのだろう。

 そこまで気を使う存在ではないのに、机の中にわざわざ置き手紙をしてまでお昼休みにここに呼び出した彼の行動が。


 ちなみに義美は小さく、雪夫は背が高い。

 対照的な二人だ。

 共通点としては、両者とも細身なくらいか。

 もっとも、義美は小柄なので目立たないが。


「あ、あのさ、ヨシミ」


 雪夫は二人のときにしか呼ばない呼び捨てを使っていた。

 いつも学校では今川なのにとさらに不思議に思う義美。


 彼はそんな彼女の心を知ってか知らずか、突然彼女の両肩にその手を置く。


「な、なにさ、なんだよー、ユキオ」


 驚いてバタバタする義美。


「お、落ち着いてくれ、俺も悪いんだけど、その、別にお前を食べようとかじゃないから」


「当たり前だー。食べられたらお腹の中からハサミでジョキジョキして七匹の子ヤギになってやるー」


 無茶なことを言う義美。

 そのやや怒ったふくれっ面とでも言うべき顔を見て、雪夫はフフッと笑う。


「むー、なんで笑うのさ」


「悪い。いや、その、ヨシミのこういう天真爛漫なところが俺好きなんだなって思ったら何となく」


「……今何て言った?」


「……」


 思いがけず言ってしまった言葉に、真っ赤になる雪夫。

 確認するように言ってはしまったけれど、その顔で全部わかってしまった義美も真っ赤になる。


 沈黙。


「えーっとどうすればいいんだ?」


 自分から口を開いたのは流石男の子な雪夫ではあったが、その内容はちょっと情けないものだった。


 でも、それを聞いた義美はじっと彼の顔を見て言うのだ。


「オトコなら、言ったことの責任とるべし!」


 何という逆男前な発言。

 しかし、この言葉が雪夫の顔色を不安色から喜び色に変えたのは間違いない。


「いいのか?」


「うん……」


 彼女の威勢が良かったのは一瞬だけだった。

 多分、言いながら恥ずかしくなってしまったのだろう。


 雪夫は微笑みながら彼女の頭を撫でた。


「あーなんか彼女って感じじゃない」


 文句を言う義美。


「えー、彼氏ってこういう感じじゃねえの?」


「なんかさーハルコのなで方に似てる!」


晴子はるこって、みなもとの? それは許せないな……」


「えっ!?」


「俺のナデナデでなきゃダメな体にしてやるーそれそれ」


「こらー、わんこじゃないんだぞー」


 この台詞は、雪夫の興に入ったらしく、撫でる手にさらに力が込められたのを、被害者の彼女は知るよしもあるまい。


 ……


「という夢を見たのよ。はるちゃんどう思う?」


 そう、全部夢だったのだ。

 起きたときにわけがわからなくなった。

 なぜに義美と雪夫の夢を見たのだろう?


 こういうときは晴子だ。

 彼女は前にユングとかフロイトとか表紙に書いてある難しそうな夢分析の本を読んでいたし、そうでなくても賢い。

 知識の無いことでも、何か答えを見いだしてくれるに違いない。


 私と晴子は小学生からだから、義美と雪夫はもっと古い付き合いということになるが、小学校低学年までは私たちも雪夫と一緒に良く遊んでいたので知っている相手ではある。

 そうであるのも変な詮索をされず都合が良いと思った。


 というわけで、内容が内容なだけに、義美がいない隙を狙って話したのだが、意外なことに考え込んでしまっている。


 なぜそれがわかるかというと、付き合いが長いから。

 彼女は、答えに悩んだ時は沈黙することが多いのだ。


「ねえ、はるちゃん。私何か変なこと言った」


「いや、変なことは言ってない。言ってないんだけど……それ本当に夢に見たのよね?」


「うん」


「今ヨッシーいないじゃない。実は理由知ってる?」


「えっ? お手洗いじゃないの? その、長いな~っては思ってたけど」


「その顔は本当に知らないのね。まあそうか。……ちょっと顔貸しなさい」


 晴子が顔を近づけてくる。

 これは、晴子ひそひそモード?


 義美が、晴子がナイショ話をするモードだと以前命名していたが、今この場でなぜ?


「ヨッシー今まさにそのユキオに呼びだされて学校の裏に行ってるの」


「えええええええええええええ」


 あまりの意外さに大声を出してしまった。

 周りの注目が私に集まる。


 しまった、どうしようと動揺する私だったが、晴子が無言で周囲にぺこぺこ頭を下げて収めてくれた。

 何だか申し訳なくて、私も倣って頭を下げた。


「もー、ヨッシーじゃないんだから、変な反応しないでよ」


「いや、だってそれするよ、しちゃうよ普通」


「普通かどうかはともかく、落ち着いて、ミズ。確かに、夢に見たことが現実で起きているということと、実際今起きていることと、この二点により、驚きが倍以上になるのはわからないでもないけれど」


「そうだよ、驚きだよ。驚きしかないよ」


「ああもう、絶対にヨッシーの何かが伝染してるわね。これならミズにも事前に話しておけばよかった」


 晴子が頭をかき上げる。

 波打ち揺れる黒髪は彼女の苛立ちを以てしても、なお綺麗だった。


「仕方ないよ、今日私、先生からの頼まれ事があったりで、午前中は休み時間、本当余裕なかったから」


「運命の悪戯っていうものかしらね。代わりに夢で見てたって」


「あ! 私の相談もともとそっちだった……これって正夢っていうやつかな?」


「ヨッシーがユキオと仲が良いことをミズは知ってるし、校舎裏はそういうスポットだって有名だから、自然な夢じゃないかな。私も似たような夢は見たことあるし。面白くもない解釈でごめんね」


 冷静な分析。これで謝られるとこちらが申し訳なくなってしまう。


「ああっ、気にしないで。そうだよ、考えてみるとあの二人のことは前にはるちゃんと盛り上がったこともあったし、きっとその解釈であってるよ」


「ミズは本当に頭が柔らかくて助かるわ。こういう物言い、空気読んでないって怒る子が多いからね。私の言い方もいけないのかもしれないけれど」


 ため息をつく晴子。

 冷静で的確でズバリな発言が多い彼女だけれど、それが気にくわないという子はいるといえばいる。


 彼女の発言が正しいものであればなおさら。

 正しいことでも認めたくないということがこの世には多いから。


 この辺りは難しい。

 もし自分が頭の良い子に馬鹿だと言われたらどう思うか。

 つきつめるとこういうことだからだ。

 自覚していてもそれは嫌。


 もちろんそんなことは晴子は言わないけれど、勝手にそう思ってしまう子がいたら、彼女に良くない感情を抱くに違いない。


 私は幸い自分で自分のことを頭が良いとは思えないのでこの辺りはよくわかる。わかるが、今さしあたり必要なのは、きっと話題を変えることだろう。


「でも、意外」


「何が?」


「はるちゃんは、こういう時、ついていってよっちゃんのこと影から見守る系だと思ってた」


「私を何だと思ってるのよ?」


「えーっと、その、親代わり?」


「それならまだいいか……でもね、流石の私も親友の恋路を邪魔したりはしないわよ。それは、あなたでも同じだから覚えておいて、ミズ」


 私がこの言葉を聞いて嬉しくなってしまった時、丁度、教室の扉が開いた。

 そこには、赤い顔をした義美。


「ふむ、成就ね」


 晴子はあくまで冷静だったが、これを口にしたということは内心嬉しいのだと私はわかっていた。

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