第96話 お嬢様の真実4 出会い

 結局、その日は一日中体が元にもどらなかった。

 そのまま学校にいるわけにもいかなかったから、夜は家に帰ったんだ。


 帰り道の横断歩道。

 車が本当に怖かった。


 こっちは見えないわけだから、ひかれても文句は言えないっていうか。文句言いたいけど、言っても相手には聞こえないこの現実、どうしようもないよね。

 まあ、他の人と一緒に渡れば良いってわかったから、いいけど。


 その前に、そもそもひかれないのか……でも、ずっと透明じゃないかもしれないし、とにかくこの状況何とかなってほしい。




 家に帰ると、お母さんと、それから今のお父さんがリビングで深刻そうな顔してたんだ。


 当然、アタシが帰ってこないから。

 学校からは欠席の確認の連絡があったらしくて、この時は警察に連絡するかどうかって話あってた。


 アタシ、どうにかしたかったんだけど、どうすることもできないから、とりあえず自分の部屋に入った。

 秘蔵のクッキーを食べて一息つく。


 もう、この一日でかなり疲れていたからね。


 一応下着を変えてパジャマに着替えて寝たんだけど、お風呂にはいれないのがとてもいやだった。

 でも、透明になってるからか不思議なことに汗のにおいとかしないんだ。

 だから着替えたのは、単に気持ちの問題ってやつ。

 もちろん、心配させるといけないから、靴とか服は、見つからないように隠しておいた。


 次の日はすぐにやってきた。

 でも、同じだった。


 様子をうかがうと、今日は、両親ともに会社を休んで、アタシのことを、心あたりに確認してくれてる。

 もう、警察にも連絡したみたいだった。


 まったくアタシの足取りはつかめない。

 それはそうだ、透明なアタシはここにいるのだから。


 ただ、警察の人が来るとか話していたので、アタシは学校にいくことにした。

 他にいくあてもないしね。


 もしバレたら、アニメみたいに実験体にされるとかあるんじゃないかって思ったんだ。

 そう思ったら怖くなって、急いで着替えとかの荷物をかばんにまとめて家を出た。


 家を出たのが遅かったから、学校についたのは、お昼頃。

 何となく、屋上に行ってみた。


 そしたらあの子がいたの。


 今日は弁当箱に一つ残したウィンナーをじーっと見てるんだよね。

 そしてこう言うんだ。



『透明人間さん、透明人間さん、もしいるのなら私と友達になってください。ウィンナーはあげてもいいから……本当にいるのかな?』



 自分で祈って自分でツッコんでる……。

 我が身の現状を忘れて、アタシは大爆笑。

 っていっても聞こえないんだけどね。

 でもなんだか、この子なら、ってちょっと思ってしまった。


 彼女の目の前で、ウィンナーをひょいと手にとってそのまま食べてみた。

 驚いた顔してたなー。

 あちらにしてみれば、アタシが手に取った瞬間に、目の前にあるウィンナーが消えた訳だからね。


 しばらく目をぱちくりさせてたんだけど。

 やがて彼女はこう言ったんだ。


『これで、友達……だよね?』


 頷いたけど、見えないんだよなってアタシは困った。

 むこうも困ってた。



『そっか、透明だと頷いてもわからないんだ……自分の気持ちわかってもらえないのって、悲しいよね』


 そう言ってうつむくから、もう、どうしようも無いアタシはお昼休みが終わるまで、その子の隣に座ってるしかなかったな。



『いったい何から話したらいいのかな? 最近全然他の子と話してないから難しいな……そうそう昨日買ったライトノベルがね。主人公があの沖田総司なんだけど、とっても格好良いの……』


 自己紹介を飛ばして、いきなり読んでるライトノベルの感想から始まるから、さすがのアタシもどう反応していいのかわからなかったし。



 ひとしきり、その子がライトノベルの感想を述べ終わり、アタシが彼女の沖田総司についての想いを否が応でも理解できてしまった頃、お昼の授業の五分前の鐘が鳴った。


『あーもう時間、急がなきゃ。またね、透明人間さん』


 絶対にこっちのこと見えてないはずなのに、見えてるみたいに手を振るんだ。


 そして後ろ髪をひかれるように、何度もこちらを振り返りながら、扉の向こうに姿を消した。


 ……


 このときだったかな、透明になって初めて寂しさを感じたのって。

 考えてみると、透明になってから、話しかけられたの彼女が初めてだったからね。


 さて、どうするか。

 その日もポカポカ良い天気ではあったんだけど、何もすることができない。

 こうなったらもうわかるよね。

 気疲れに疲れで、そのまま寝ちゃった。



 ……



 起きたら、まだ日が高かった。

 時間を見ると午後三時くらい。

 丁度お昼寝って感じになった。


 うちの学校は、三時二十分に最後の授業が終わって、そこからホームルームで当番は掃除。

 だから、この時間は最後の授業がクライマックスに近づく時間。


 今ならまだ人もいないし、ちょっと見て回ろうとアタシは思った。

 もう家には戻れないから、学校での居場所を探さないと、って。


 学年棟の方は、行きづらいし、人も多いから、特別棟を見て回ろう。

 アタシは、かばんを屋上に隠すと、学校の中に侵入した。

 何かね、慣れてきてはいたんだけど、壁をすり抜けて入るのってそんな感じに思えたんだよ。


 特別棟には、理科の実験室、音楽室、視聴覚室、家庭科室といった、文字通り学年棟の教室ではできない授業が行われる教室、及びその授業に使う器具や薬品、資料が置かれた部屋がある。


 どこかにあるはずだ、アタシのパラダイスが。


 幸運なことに、この時間どの教室にも人影は無かった。

 しかし、まごまごしていたら、部活動などで人がきてしまう。

 アタシは急いで見て回ったんだ。


 化学実験室……微妙に薬品クサイし、ここで寝ていたら、例え確率的に低くても爆発が起こらないか心配になる。透明なまま死にたくない。水道と手作り石けんがあるから、洗濯するにはいいかも、くらいな。


 物理実験室……化学実験室に比べて、危険はなさそう。後ろの棚に入ってる、機械っぽいのが気になるけど、使い方がわからないと楽しめないな。生活する空間と言う意味ではここは無さそうだ。


 生物室……ここは入りもせずパス! 先生ごめん。でもアタシ知ってるんだ、隣の準備室、人体模型に、ホルマリンに漬けられた……、うん、夜は絶対に近づかないぞ!


 音楽室……ピアノがある! アタシ実は、お母さんに仕込まれて音楽得意だから、いつでもこれが触れるのはちょっと嬉しい。

 でも、確かここ、吹奏楽部がいつもいるんだよね。

 ……人がいないときの憩いの場所、かな。


 図書館……少ないけどライトノベルもおいてあるし、気が向いたら借りてみよう。


 視聴覚室……テレビがあるから、こっそり深夜に見させてもらうことにしよっと。


 コンピュータ室……パソコンでインターネットが使えるけど、スマートフォンがあれば困らないし、ゲームできるわけでもないから、使い勝手に悩むなあ。何か思いついたら来てみよう。


 家庭科室……うちの学校、調理実習の食材は家から持っていくのが普通だから、残念ながら、ここに食料は無い。でも、沸かしたお湯で、髪を洗ったり体を拭いたりできるし、インスタントラーメンがあれば、作れる。


 そうか、ご飯、考えないと。


 衣食住って言うよね。

 衣はかばんに詰めてきた。

 住はトイレがあるし、お風呂はお湯とタオルで何とかするし、寝るのはどこでも可能でいざとなれば保健室、娯楽はスマートフォンがあれば大丈夫。


 食、ご飯だけ、何もあてがない。


 手持ちのお菓子は、さっき起きた直後に食べ尽くした。

 この体なら、近くのスーパーで何でもとってこれはしそうだけど。

 ……、一線を超えちゃうのかな、アタシ。


 そんなことに悩みながら、歩いていると、入ったことのない部屋が目の前にあったんだ。



『社会科……準備室?』



 社会って歴史とか地理でしょ。

 今アタシの欲しているものに最も縁遠い部屋、それは分かっていたんだけど、何だか入ってみたくなったんだよね。

 なぜかは今でもわからない。


 部屋に入ると、真ん中に長机があって、左右に本がたくさん並べられた本棚。まあ、こんなものかなと思ったアタシの目に、机の上に置かれたものが止まったんだ。


『ポット……どうしてこんなところに?』


 よく見ると、本棚の一角にコーナーがつくられてて、そこに小さな缶がたくさん並んでるの。

 開けてみるとね、良い匂い。

 茶葉の缶だった。


 缶の隣には、ティーセットもあった。

 アタシは、自分でもガサツな方だと思うけど、そんなアタシでも何て言うのか、この一角、この世界は可愛い世界だなって感じた。


 不思議の国のアリスみたいな。


 もちろん、夜こっそり借りて、近くの家庭科室でお湯を沸かしてとかゲンキンなことも考えてたけどね。


 そう、そんな時だった。

 急に扉が開いたのは――

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