第95話 お嬢様の真実3 透明人間

 この会長の家が今はアタシの家だから、前の家ってことになるのかな。


 そう、アタシは前の家で、お母さんと二人で住んでたんだ。

 お母さんと……。


 アタシのお母さん、美人さんなんだよ。

 アタシもその血をひいてるから美人なはずだ、絶対。

 これは間違いない。


 若いときにアタシを産んでるから、まだ三十代なんだ。


 でも、そのせいかいろいろあるらしくって、アタシが物心ついてから、アタシがお父さんと呼んだ人は、片手ではすまないの。


 いろんな人がいた。


 優しかったり、怒りっぽかったり、イケメンだったり、オジサンだったり……。


 でも共通してたのは、なんかどのお父さんもアタシによそよそしいんだ。

 目つきが気に入らないって直接殴ったり、あからさまに無視する人はわかりやすいほうで、優しいお父さんは、アタシのことは全く見ないで、ただ優しさをぶつけてくる感じだった。


 それが、アタシにはとても気持ち悪かった。

 

 父の日の作文を皆で書いたときに、初めて知ったんだよ。

 友達のお父さんと何か違うって。

 みんなのお父さんはひとり。

 わたしのお父さんは……たくさん?


 だからアタシはお父さんって良く分からない。


 きっと一生そうなんだと思う。


 でも、お母さんが幸せならいいやって、思ってたんだ。

 お母さんがお父さんだと言えば、その人がアタシのお父さんだって。


 高校に入った頃だったかな。

 その頃、また新しいお父さんに変わったんだよ。

 でもちょっと状況がいつもと違ってて……。


 しばらくして突然言われたんだ。

 そのお父さんとの子供ができたって、お母さんに。

 この時のアタシは、弟か妹ができるんだって、ちょっと嬉しかった。


 お父さん、とても優しい人なんだけど、これまでのお父さんと違ってて、しっかりアタシを見てくれる感じだったんだよね。


 何でそう思ったのかは……最初は学校のテストの点数見せたときだったかな。


 今までだと、怒るだけのお父さんが多かったんだけど、今回のお父さんは、怒った後に、つきっきりで勉強を見てくれたんだ。


 教え方も、何だかよくわからない凄さがあって、アタシにどうしてその答えにしたのか聞いてきて、アタシの説明から、アタシのわからないことを見抜いて教えてくれるっていうか。


 すとんって落ちてくる感じ?

 上手く言えないけどパズルのピースがハマるっていうのかな、そんな感じ。


 ただ、わかったつもりで終わったのではないことは、その次のテストで自覚できたんだ。点数、倍になってた……学年順位、上から数えた方がはやいなんて……。


 この凄いお父さん、もともとお母さんと小学校の同級生だったみたいでね。お母さん本当に幸せそうだった。


 旅行も好きで、時々二人で色んなところに行ってた。

 一人でお留守番するアタシに、お守りとか、彫刻とか変わったお土産をいつもくれるから、毎回それが楽しみだったんだよ。


 一番大事にしてたのは薄い黄色のスカーフかな。

 つけてみるとなんとも言えないアニメのヒロイン感。

 もうアタシのことわかってるなって、思ったんだよね。


 そんなある日に、おトイレに行きたくなって目が覚めて、夜だったからそーっと廊下を歩いてたんだけど、お父さんとお母さんまだ起きてたみたいで、二人の部屋から声が聞こえたんだ。



『うちの母親がどうしても籍を入れるのに反対で……娘がいる人と一緒になるのは反対だとか、全く古い考えだけど、ごめん、説得するから、もう少し待って欲しい』


『今お腹にいる子は……』


『わかってる、でもこればっかりは、ごめん』



 籍っていうのは、本当の家族になるのに必要なものだって、昔お母さんから聞いてたアタシは、自分が二人の邪魔者なんだって、この時わかっちゃったんだよね。


 おトイレを済ませてベッドに横になってから、なかなか眠れなくて、『アタシなんかこの世から消えちゃったほうがいいのかな』ってそんなこと考えてた。


 誤解しないでほしいのは、アタシはお母さんと、このお父さんのこと、どっちも好きだからそう思った。それは間違いない。



 そして、その次の日、目が覚めたとき、いつもよりも遅い時間だったから、アタシあわてて起きたんだよ。

 これは朝ご飯抜きだなって思いながら、扉を開けようとして気付いた。


 もう、分かると思うけど、扉をね、手がすり抜けるんだよ。

 びっくりしたアタシは、もしかして、って鏡を見てさらにびっくりぎょうてんするんだ。

 何もそこに映ってなかったからね……。


 自分の体を見ると、しっかりパジャマ姿の自分が見える。

 でも、鏡には映らない……あれ?

 

 ここで気がついたんだ。

 自分が床に立てているということは少なくとも床はすり抜けられてないって。

 ひょっとすると、自分の常識や意思の持ち方で、すり抜けできるできないがあるのかなって。


 試してみた。パジャマを脱ぐ、すると、鏡にパジャマが映るようになった。次は、念を込めつつ制服に触る。触ることができた。着てみるといつもどおりだったんだけど、やっぱり鏡を見ると消えてる。


 次は、通れる通れるって念じながら壁をそっと触って、抵抗がないのを確認して通ってみた。もう慣れちゃったけど、あの時は不思議で時間を忘れて何度も部屋の中と廊下とを行き来してた。


 謎は全て解けた、と思いはしたんだけど、逆に困ったんだよね。

 お母さんがアタシを起こさなかった理由がわかっちゃったから。

 ベッドにいないように見えたんだろうな。


 アタシ見えなくなったみたい、って言っても信じてもらえるかどうか。

 無理だよね。


 だからアタシはトイレをすませると、とりあえずそのまま外に出ることにした。

 ダイニングからの匂いに負けそうだったけど我慢したんだよ。



 それは、とっても不思議な世界だった。

 初めてのアタシにとっては、ね。


 誰もアタシに気がつかない。

 歩道を歩いてる人の正面で手を振ってもそのまま真っ直ぐこっちに歩いてきて、文字通りアタシの体を通り過ぎてく。

 試しに人の近くで大声出してみたんだけど声も聞こえないみたい。


 するっと壁を通れるから、入れない建物は無い。

 でも、やっぱり他のおうちっていうのは気がひけるから、試したのはショッピングモールでなんだけど。結局気まずいから、すぐに出ちゃったんだ。

 あー、アタシ泥棒に向いてない、って思った。


 そんなこんなで学校まで来たんだけど。

 考えてみると、教室に入れても、これでは出席はとってもらえないし、悩むわけ。


 誰も気づいてくれないのでは、どうしようもない。

 早々にあきらめて、教室を出て、特別棟の屋上に行ったんだ。

 あそこ日当たりいいからね。


 女子的には紫外線がちょっと心配だけど、お日様の光にあたってると、力が充填できる感じがして。

 そしたら、元に戻らないかなって。

 鞄を枕にごろんて寝っ転がってみた。


 で、いつもどおり、気がついたら寝てたらしくて……音で気付いたんだよね。


 誰かが屋上の扉を開けた音。


 その子は首だけだして、恐る恐るって感じで左右を見回して、誰もいないのを確認すると、そっと扉を広げて入ってきた。


 リボンの色で同じ学年だってわかった。

 ふんわりしたボリュームのある髪で、そばかすがちょっと目立つ子だった。



『よーし、今日は風の精霊も落ち着いてる』



 よく分からない台詞を言って、誰にともなく勝ち誇っているみたいだった。


 手に持ってるのはお弁当。

 そうか、お昼だったのかって、アタシそれで気付いたんだ。


 その子は学年棟の方からは見えない絶妙なポイントで、鼻歌を歌いながらお弁当を広げると、食べ始めた。


 ぎゅるうううううう。

 そう、鳴ったのはアタシのお腹。

 朝、抜いてたから、匂いだけでお腹がすいちゃった。


 ハッとしたけど、目の前の子は全く気にしてなかった。

 ふと思って、その子の真ん前に座ってみたけど、気付く様子はない。

 相変わらず片手でスマートフォンの画面を見ながら、もくもくとお弁当を食べてる。どうやら占いサイトに夢中らしい。


 何だか悔しくなっちゃったのと、お腹すいたのとで、その子がスマートフォンの画面をしばらく凝視してるときに、そっとウィンナーをいただいちゃった。


 そしたら、箸でお弁当箱を何度もつついてるの、その子。

 ようやくウィンナーがないのに気付いて。おかしな顔してた。

 最後はこんなこと言ってたかな。


『もしかして透明人間? でも、私も透明人間みたいなものかな……もしいるのなら、仲間になれたら、いいのにな』

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