第48話 思い

「波瑠先輩、その、いろいろと、ありがとうございます」


 武道場での練習が終わり、二年の女子達が連れだって更衣室に向かって姿を消した後、虎は波瑠を呼び止めて礼を言った。


 具も武道場の戸締まり等の確認があるからと、今ここにはいない。

 彼にとっては絶好のタイミングだった。


「これもキョウケンとしての活動だ。礼を言われる筋合いは無いぞ、秋山。それに私も私なりに楽しんでいる」



 具は凄いだろう。私の誇りだ。


 つや様は、言うまでもないな、うん。


 遠山は不参加だが、あいつがいてこその今日の稽古だ。

 私になんかよりも、彼女に後で十分礼を言っておけ。


 穴山の頑張りも忘れてはいけないぞ。


 私たちは見ているだけだったからな、実は、浅井が、お前の様子を見ながら場を盛り上げてくれていたんだ。

 まるで、コメンテーターのようだった。

 あれが才能というものだな。 



 全員を集めたのは、他ならぬ彼女の功績であるはずなのに、波瑠の言葉には、自分が無く、周りの女性陣への思いに溢れていた。


 虎は、彼女のその素敵な笑顔に、申し訳ない気持ちになった。


「いえ、その、俺、実は勝手に落ち込んでて。十種の本当の持ち主じゃないから、先輩に何も教えてもらえないんだって、思ってしまっていたんです」


「なるほどな、あの日、お前の顔色が悪かったのは、蒲生に敗北したことだけが原因ではなかったのか」


 彼女は見ていたのだ。見ていてくれたのだ。


「これは、私に責任があるな。お前にそんな思いを抱かせてしまったこと、本当にすまないと思う」


 波瑠のこの言葉に、虎は自分の方がさらに申し訳なくなり、焦る。


「い、いえ、そんな。お、俺のほうこそ……」


「ただ、これだけは覚えておいて欲しい。十種に呪われたものは辛いんだ。だからどうしても、なんとかしてやらねばと思ってしまう」


「辛い?」


「私のことはもう嫌と言うほど知っているだろう。沖津鏡が私に与えたのは、確定した未来を予知できる力。一旦見てしまった確定した未来を私はどうすることもできない。神ではないからな」


「神では無い……?」


 虎には、この話を聞いただけでは、当たり前のように思える彼女のこの言葉の意味がわからなかった。


 それが彼女には伝わってしまったようで、続けてこう言われた。


「十種神宝はもともと神が使用することを想定して作られている。本来は素晴らしい力を与える宝なのかもしれないが、神ならぬ身には過ぎた代物だ。正にオーバースペック。だから、力は制御できず、溢れて、持ち主にとっては呪いとなる。私が自分の予言の結果に常に苦しまされているようにな」


「じゃ、じゃあ、佐保理も同じなんですか?」


「そうだ。もうあいつは、願ったり、祈ったりはできない」


「どういうことです?」


 佐保理の辺津鏡の力を波瑠ほどによく分かっていない虎は、この時もただただ、その言葉の意図を尋ねることしかできなかった。


 波瑠はそんな虎に、佐保理の力を説明する必要を感じたようだ。


「辺津鏡が穴山に与えたのは、願い、祈ったものを作り出す力。しかも、作り出したものは、穴山の頭の中にあるもの、そのものだから、彼女の中での常識・意味が付与されている分、現実では無いような強い力を持つ、あの化け狐や、幕末の英雄モドキのようにな」


 ようやく虎にも、彼女の力の恐ろしさが実感できた。


 実物よりも、力・能力が上周る可能性のあるものをイメージで作り出すことができるとは。


 湖のほとりの戦いで、マングースが蛇に圧倒的優勢だったのは、彼女が付与したイメージによるところが大きいのだ。


 イメージだから、やろうと思えば何でも作れてしまうのだろう。

 もっとも、あの時の戦いで倒れたことから、何がしかの限界はあるように思えるが。

 その特性から、心身の消耗が激しそうな力であるのは間違いない。


 しかし、なぜ、願ったり、祈ったりしてはいけないのだろう?

 上手く使いこなせれば、これほど便利で有用な力はないと思われるのに。


「波瑠先輩、願ったり、祈ったりして、力を使っても構わないんじゃないですか? 人助けのために使うとかであれば」


 まだ納得できていない虎に、波瑠はため息をつく。


「思い出せ、秋山。化け狐の時、穴山本人はそれが自分の作ったものだと気づいていたか?」


「まったく気づいていなかったと思いますが……」


「そう、気づいていなかった。ということは、あの力は、無意識で、本人が意図していなくとも、作り出せてしまう力だとわかる。これがどれほど恐ろしいことかお前にわかるか?」


 ため息の理由は、佐保理を尾行した日に、一度このことを聞いていたからだ。

 ここで虎は、ようやく彼女の言いたいことがわかった。



「佐保理が意図せず、人に害を成すものが生み出される可能性がある、ということですか」


「そのとおり。それを防ぐためには、思考にブレーキをかけるしかないが、それは難しい。全て意識するというのは、それこそ神の所業だ。だから、私はあいつに言ってしまった。もう願うな、祈るな、必要な時以外は深く考えるな、それを常に心に刻め、感情的になった時こそ、思い出せと……それがどんなに辛いことなのか、自分でも知っているのにな。ひどい女だろう、私は」


「……」


 思い当たることがあった。


 蒲生といるときは特に顕著だが、佐保理は急に泣き出す等、情緒不安定なことが多い。

 あれは、思考や感情を普段抑えこんでいるからに違いない。

 むしろ、よく発狂してしまわないものだと、思わずにいられない。


「でも、そうしなければ、いつかきっと、多くの人を巻き込み、穴山にとっても不本意なことになる未来がやってくる。私はそれだけは嫌なんだ。別に私が嫌われようが一向に構わない。これは私のわがままだからな」


 波瑠は寂しそうに笑った。


「こんなこと、分かって貰えなくて当然ではあるが、穴山が、快く受け入れてくれたのが唯一の救いだった」


 佐保理はきっと、あの笑顔のまま、全てを受け入れたのだろう。


 やりきれない。


 やりきれないが、この怒りのような何かは一体どこにぶつければよいのか。



「今日お前が使っていた八握剣のコピーを作り出した時は、あいつ嬉しそうだったぞ。さすがに、あのレベルの代物を作り出すのは、ほねらしくて、疲れ切っていたがな。何でも、あの裏庭での戦いで力つきるちょっと前の状態くらいだと言っていたほどだ」


 八握剣のコピー、いや自分にとっては真八握剣だ。

 これは、真の意味で、佐保理の魂の結晶なのだと改めて思い、感ずる。


 そういえば、本物も十種。

 自分はとくに呪いを感じたことはないが、もしかすると――


「では、八握剣は、つや様も同じなんですか?」


「そうだな。これは、つや様自身から聞いた話なんだが、あの剣を持つものは、本人の望む望まぬに関わらず、怨霊や魔物、怪異との戦いを強いられる。当然だ、他に戦えるものはいないからな。やれるのは自分しかいない。しかも、八握剣の的となるものは、向こうからやってくる、と。これが呪いではなくて何だというのだ」


 ここで、彼女は優しい顔になった。


「だから、つや様はお前に感謝していると思う。お前が代わりを務めてくれるのだからな。これは、呪いへの反撃だ」


 そう言ってもらえると、嬉しい。


 これまで剣を振るってきた意味もあるというものだ。


 『向こうからやってくる』というのが気になりはするが、彼女のためであれば、戦える。


 しかし、剣か、やはり今このキーワードで浮かぶのは、剣道部の彼女。


「蒲生の、『清姫』も同じなんでしょうか?」


「聞いた話だけではわからないが、彼女のその『清姫』が十種ならば、人の身には呪いとなるのはかわらないだろう。お前の協力要請を拒み続けていることから考えるに、人の目に見えるレベルでわかってしまう何かがあるんだろうな」

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