第47話 再戦 弐

「くっ……まさか、後の先ですか」


 八握剣と彼女の竹刀が、つばと鍔を交錯させたまま動きを止める。

 そう、この状態を、つばぜり合い、という。


 これこそが、虎が、つや様、そしてともから授かった秘策。



――――――――――



「蒲生は開始数秒で勝負を決めると言う。打ち込まれる側としては脅威よの。だが、逆に、ここが、こちらとしても勝負どころと考える」


「どういうことだ、つや様?」


「妾が思うに、そなたは目が良い、それも恐ろしいほどにな。あの猪を倒した時の事を覚えているか? 少し前に、狐の化け物と戦ったという時も同じだったのではないか? 相手の動き、見えてはおらんかったかの」


 そういえば、確かに、自分は相手の動きを『見る』ことは得意なのかもしれない。いずれも、あやまたず敵を斬ることができていた。


 虎は、強く頷いた。


「その目を生かす。相手の動きを読め、そして相手がこちらに打ってくる前に機先を制して、飛び込み、やつの竹刀の動きを封じるのだ」


 高度な技ではあるのだろうが、自分はあの猪や狐の化け物は倒せているのだ。

 自信は無いが、やってみる価値はあるだろう。


「蒲生には、勝負の場における、つばぜり合いの経験はないであろうからな、成功すれば、少なくとも調子を崩すことくらいはできよう。相手の意表をつくこと。戦いにとってはそれが最も大事であるのだ」


 対蒲生対策会議の重要人物である、ともが、この言葉に反応する。


「相手の動きを見てから、相手より先に打ち込む、これぞ『後の先』。確かにできれば、蒲生の動きの選択肢は無くなる。あの子を倒す目も出るかもしれない。しかし、問題は……」


「そう、剣速である。まあ、これも実は心配せずともよい、八握剣は己の手も同然に扱える剣。この竹の刀とは比べるべくもあらぬであろう。反則かもしれぬが、そもそも経験も、体のキレも違いすぎるのだ。よかろ?」


 つや様は具にニヤリとしながら言う。

 具と話すうちに、どうやら彼女とウマがあうのを覚えたらしい。


「ここまでしておいて、ダメとはいえないかな」


「ふふ、そなたとは誠に気が合いそうであるな」


「そうだよ、だから、是非おいでませ、剣道部に」


「ま、まだそなたは妾のことを狙うておるのか!?」


「私、あきらめ、悪いからね。ワラワちゃん」



――――――――――



 開始直後、虎は武器を構えたまま、動かず蒲生の様子を見ていた。


 彼女はしばらくこちらの様子を窺っていたが、この状況に焦れたのか、突如間合いを詰めて打ち込んで来る。



 ともの言っていたとおりだった、剣道では、攻めないで時間稼ぎすることは反則なのだ。



 蒲生がそれを守らないことはない。

 癖等というレベルでは無く、体に剣道がしみこんでいるからだ。


 野球でも、ピッチャーが投げないままでいれば、ボークという反則になる。

 バスケットボールでも、決められた秒数内に行動しなければ反則と決められている行為は多い。


 虎もこのあたりのルールには納得ではあったため、相手がルールに忠実であることを悪用するのは躊躇われはしたのだ。


 しかし、今は自分の手の内にある佐保理の思いの結晶と、つや様のこの一言が、虎に決断させた。

 

「これは、蒲生も納得した上で行う、『真剣勝負』だ。智恵と力の全てを以て戦わぬのは、あやつに失礼だとは思わぬのか?」



 虎に襲いかかる蒲生の剣、その動きを予測し、虎は剣をその方向に差し出す。



 成功!



 彼女は絶句した。



「こ、この速さについて来られるなんて……」



 剣と剣とが互いのつばで接した状態での攻防、即ち、つばぜり合いは、具によれば、剣道のルールだと、本当は10秒経過で試合を止められるらしい。


 しかし、今回は『剣の勝負』として蒲生の了解をとっているため、面や胴などへの有効打以外での一本は取られず、つばぜり合いの反則もとられない。


 初手を受け止められたことの動揺もあるだろうが、その後の本来の試合ではありえない慣れないこの状況に、蒲生が戸惑っているのは剣の動きに現れているようだった。


 虎にも、彼女の剣の動きが読めるのだ。


 気のせいか、呼吸が荒いようにも見える。

 まさか、本当に体に何か抱えているのか?


 しかし、剣を振るう力には変わりがないようだ。

 相手は、格上、心配している余裕は無い。



 問題は、この状況からどうするか。



 つばぜり合いの状況で重要なのは、この状態であれば攻撃を仕掛けることができないことだと具は言っていた。


 だから、この状況が続けられれば、負ける事は無い。

 しかし、この状況では勝てもしない。


 ではどうするのかというと、当然ながら引いて攻撃の間合いで打つ。これを剣道では引き技というらしい。


 離れられては困るため、蒲生の動きを文字通り目で先読みし、彼女の意思を剣の感触からも感じ、退かば押し、押さば退く、彼女の間合いにならないように、文字通りゼロ距離で一進一退の攻防を続ける。



 練習の時につや様が教えてくれた。

 この均衡状態から勝利に繋げる方法は、二つ。



 自ら勢いを生み出し流れを作るか、相手の勢いを逆手にとるか



 そして、自分の間合いに持ち込み、打つ



 目的は、相手を崩すこと

 重要なのは相手の動きを見ること



 選択肢はここに限られるとはいえ、どう考えても、蒲生の方が上である。こうして、まだ互角に押し引きできているのは、初手が彼女に与えた動揺が大きいからだろう。彼女の呼吸は、まだ荒いようだ。



「蒲生の流れにしてはならぬ。そなたは自身で流れを作るのだ」



 そう、つや様は言った。


 つよい口調で言った。


 言い聞かせるように言った。


 ……


 だから虎にはもう考えることは無い。


 いや、考えることが無いのではない。



 迷いが無い、のだ。



 つばぜり合いを続ける中で、彼女が竹刀を若干押してきた後、バランスをとるため引き気味になるタイミングを見計らい、八握剣を強く押し出す。


 急な虎の方針変更に、彼女は戸惑いつつ、後退する。


 戦闘開始以来始めて、二人の距離が、離れる。


 この時、彼女は不思議に思ったのだろう、虎が思ったよりも少し遠くに距離をとっていたことに。彼女の、動きがやや鈍っている。



 だが、これでいいはずなのだ。



 虎は、剣を上段から振り下ろした。

 つや様と、何度も何度も練習したとおりに。


 これまでの経験から、彼女の計算では届くはずは無いと思っていたのではないだろうか。紙一重で躱せるはず、と。


 しかし、気がつけば彼女の面の上に、光る刀身があった。



「八握剣の長さは、決まってはおらぬ。持つ者の気合いで長さが変わるのだ。ゆえに、間合いを読まれようと関係ない。しかし、恐ろしいのは辺津鏡の、あの娘、ここまで再現できるとはの」


 嘯くつや様。



 そこまで器用ではない虎である。

 長さを自分の意思で変えるようなことは、まだできない。


 ただ、つや様に言われたようにしただけである。

 これは、意図的なものではない。単なる偶然。

 しかし、虎の勝利への執念が、この偶然を読んだのであれば、それは必然、と言って良いだろう。



「一本!」



 具の声が響き渡る。


 虎はあっけない幕引きに、まだ自分の勝利が信じられず、そのまま立ち尽くす。



「?」



 急に感じる違和感。

 何だろう。


 ふと目の前を見ると、あの蒲生が竹刀を床に落としたまま、うずくまって震えている。


「大丈夫か?」


 そう言って駆け寄ろうとする虎を、彼女は小手を振りつつ、弱々しい声で押しとどめる。


「ダメ……来ないで……、清姫が来る」


 ぼこり、と彼女の防具の一部が膨れ上がり、彼女の剣道着がまるで沸騰するお湯のように、そこ、ここで上下する。


「な、なんだよ、これ……」


 次の瞬間、恐ろしい音を立てて、防具が弾けとんだ。

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