第46話 再戦 壱
「まさか、貴方ともう一度戦うことになるとは、思いませんでした」
武道場――
蒲生は虎を正面から見据えていた。
今日も真っ直ぐな彼女の瞳。
しかし、唇から紡がれる言葉の内容にも関わらず、不思議なことに、彼女のその瞳にも、口調にも非難めいたものは感じられない。
「俺も、君に勝負をうけて貰えるとは思わなかったよ」
自分の中にある若干の後ろめたさに、彼女の視線を受け止めきれず、虎の側が視線をやや外す。
少し離れたところにいるキョウケン女性陣の姿が目に入る。
佐保理が心配そうな顔をしている。
そうだ、彼女をこれ以上不安にさせてはいけない。
虎は、蒲生の側に向き直った。
「この剣の柄が借り物であったと言うのは、正直、賭けた貴方の神経を疑います」
右手に握る八握剣を突き出しながら、彼女は語る。
相変わらず静かな物腰ではあるものの、微かに震える右手から思いが伝わってくる。
「ごめん……」
「ですが、あの時は私も熱くなっていました。そもそも、けしかけたのは私でしたね。それに、何より北畠部長の推薦もありますし」
ちらりと横を見る蒲生。
具が微笑みでそれに返すと、彼女は頭を下げる。
今日は具が審判を務めてくれるのだ。
今回の再戦は、全くこの剣道部部長のお陰と言って良い。
「部長は、いい加減に試合を組む方ではありません。いつも私の気持ちを組んでくださいます。貴方にはそれだけのものがあるのでしょう。あれから短期間ではありますが『男子三日会わざれば』という諺もあります。貴方の成長、見せていただきます」
そこまで言うと彼女は、具の方に歩いて行き、八握剣を渡した。
この所作の一つ一つをとっても、本当に綺麗なのだ、彼女は。
そして、佐保理の言い方ではないが、格好良い、とも今は思う。
しかし、この美しさの裏側には、謎の『清姫』がある。
この清廉な魂をもつ彼女をして、頑なに見える存在と化す何か。
可能であれば、それを――
「俺もそのつもりだ」
戻ってきて、竹刀を手にする蒲生に、虎は宣言する。
「楽しみにしています。ところで、そろそろ竹刀を持っていただけませんか」
「ああ、そうだ。俺はこれを使う」
虎は、得物を懐から取り出す。
「それは……」
あの冷静な蒲生が、見た瞬間顔色を変え、思わず具の方にふり向いた。
彼女が驚くのも無理はない。
先ほど自分が手にしていたものと、全く同じものが目の前に示されたのだから。
――――――――――
「間合いの理解が足りぬ。自身の一足一刀の間合いを体にたたき込むのだ」
立ち会いの修行は、苛烈を極めた。
相手がいる、それだけで、これまでやってきた素振りとは全く別物だった。
相手に近づき、剣を振って、その体に当てる。
単純な言葉で言えば、おそらくこれだけなのだが、そこに至るまでに、距離を詰めるまでの駆け引きがあり、接近してからも躱されないように打つという、ここでも駆け引き。
タオル綱引きの時ですら、蒲生に勝てる気がしなかったのがようやく理解できた。剣道は、この駆け引きが恐ろしいほどに要求されるスポーツなのだ。
さらに、具によると、竹刀が防具の面・銅・小手に当たったとしても、当たり方でまた判定があるという。当たっても気を抜いてはいけないらしい。
当たらなければ、なおさらであり、虎は、つや様によくこう言われた。
「そなたは、一撃打った後に、次を意識して動いておらぬ」
この言葉を最初に聞いたとき、また具は妙に感心していた。
「剣道で重要な心得の一つ、『残心』だ。やっぱりあの子、剣道部に欲しいよ。もらえない、波瑠。半分だけでいいから」
人身売買?
さしものつや様も、この声が聞こえたときは、若干気をとられたようで、あやうく虎に面をとられるところだった。
「それは無理な相談だな、
「その前に『半分』につっこみをいれよと申すに」
つぶやく、つや様は、腹いせに、虎の胴に一撃食らわせた。
喰らわせた後は、いつも「いまのはどうであった?」と聞き、何が悪かったのかを虎自身に考えさせて言わせ、その後に、自分自身の見解を述べる。
よくわかったな、次からはそこに気をつけるのだぞ、と褒められることもあれば、違う、今のはそなたが動いたのでは無い、妾がわざと隙を作り動かしたのだ、などと解説してくれることもあった。
このように、キョウケン女子と具に見守られながらの、虎の修行は続いた。
そして立ち合うこと二十数回。
今のは不用意に距離を詰めすぎたか、と竹刀を持ったまま反省する虎が、珍しくつや様から何も言われないのに気づき、顔を上げる。
彼女は、悩ましげな顔。
「そなたは、
わかっていたのだ、彼女は。
自覚はしていたが、虎としてはどうしようもなかった。
相手が直の体を借りたつや様だからではない。
蒲生とのタオル綱引きでの勝負の時も同じだったからだ。
せめて、相手が不浄なる物でなければ傷つけない、八握剣があれば別であるが、その剣は、そもそも今、相手の手の内にあるのだ。
「蒲生と申す娘、格上の相手である。全力で打ち込まねば、勝てるものも勝てぬ。しかし、そなたの性格では、そもそもが無理であろうの。どうしたものか」
つや様が顔を曇らせる。
他の女性陣も同様に無口になったこの時、ひとりだけ、微笑みを浮かべている人物がいた。
「秋山のへっぴり腰はそれが原因だったのか。ならば解決方法は一つだな」
「北条先輩? 何かダーリンが勝てる策があるんですか?」
「お前だよ、穴山」
「わ、私?」
突然の指名に、驚く佐保理。
「うむ、これはお前にしかできない。ちょっと、ついてこい」
そう言うと、波瑠は佐保理を伴い、武道場の扉から一旦外に出て行った。そして、しばらくして戻ってきた。
佐保理の表情が、心なしか明るくなっているように思える。
「さあ、見せてやれ、お前の魂の結晶をな」
波瑠が、彼女の肩を後ろから優しく押す。
「は、はい。ダーリン、こ、これ……使って!」
差し出されたのは、奪われた八握剣と寸分違わぬ形をした剣の柄であった。
「え? こ、これどうしたんだよ?」
「私が……作ったの」
そうか、彼女の辺津鏡の力はイメージしたものを作る力のようだから、こんなこともできてしまうのか。
「もちろん完全なものではない。だが、誰よりもお前の剣を見た穴山だ。再現度はかなりのものだと思うぞ。さあ、握ってみろ」
柄を握り、意思を込める。
……
最初はおぼろげではあったが、次第に収束し、白く輝く刀身が現れる。
振ってみた感じも違和感が無い。
これならば、戦える!
――――――――――
「これが嘘偽り無く本当の俺の剣だ。使い慣れたもので戦わせて欲しいんだが、いいだろうか?」
この訴え方は、波瑠に言われたとおりであるのだが、どうやら成功したようだった。
流石は心の機微に詳しい恋愛相談の匠。
「いいでしょう、私が使うのも同様に、使い慣れた私の竹刀。ならば公平ですね」
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